第3話 ループ

 追放された次の日夜。

 《エスペランサ》が魔王に敗れて壊滅したと知らせが入った。


 俺たちが泊まる宿屋の一室に、ラノの狂ったような笑い声が響き渡る。瞳には、笑いすぎたためか涙が滲んでいた。


「あははっ! ざまぁっ‼」


 まあ確かにざまぁだとは思うけど、俺は正直、複雑な気持ちだ。一応、今まで世話になってたわけだし。

  

 その時、転移の魔法陣が床に浮かび上がった。


 突然のことに言葉を失う俺たちの前に現れたのは、ボロボロの姿で力なく立つニスタだった。


 血走った瞳は挙動不審に動き、手には長剣を握られている。


 彼は俺たちの姿を見つけると、ニヤリと笑った。


「アルト、ラノ……戻って来てくれよ。皆死んじまって、もうお前らしかいねぇんだよ……」


「じ、自業自得じゃない! 今更あんたに戻ってこいって言われても、知ったこっちゃないわ!」


「そうか……」


 次の瞬間、ニスタの肌の色が紫に変わった。瞳は白目をむき、半開きになった唇から涎が垂れている。


 明らかに、様子がおかしい。 

 ラノの瞳が見開かれる。


「狂人化の呪い⁉ きっと魔王にやられたんだわ! このままだと、自我を無くして周囲の人間を襲うわ!」


「俺に逆らう奴は、死ねぇっ‼」


 ニスタが吠えた。

 その表情に、人間らしさは欠片も残されていない。


(狂人化の呪いにかかると、体のリミッターが外れ、通常以上の力を発揮するのか⁉)


 ありえないスピードで間合いをつめられ、長剣の切っ先が俺に向けられた。


(殺られる!)


 死を覚悟した時、目の前でラノが倒れた。


 トドメとばかりに、俺を庇った彼女の胸にニスタの刃が突き立てられる。

 辺り一面に血飛沫が噴出し、俺の顔と部屋を赤く染めていく。


 状況を理解した瞬間、俺は叫びながらニスタの首を刎ねていた。


 ラノの手が俺へと伸ばされる。

 慌てて駆け寄りその手を取った。


 手遅れなのは、一目瞭然だった。


「いやだ……ラノ……ラノぉぉっ‼」


 俺を唯一味方してくれた、そして想いを寄せていた女性が死ぬ。その事実が認められなくて、血が噴き出る傷口を両手で押さえた。


 分かってる。

 こんなことしても無駄だって。


 理性がそう呟き、感情が否定の涙を流す。


「……ある……と」


 血の海に沈みながらラノが微笑むと、温かいものがこの体を満たした。


 次の瞬間、俺の意識は真っ白になり――

 

「……ると、アルト! お前、聞いているのか⁉」


 少し苛立ったような男の声に、ぼんやりとしていた俺の視線が定まった。

 目の前の椅子にはニスタが、そして10人の仲間たちがいる。


 握った手から、ぬるっとした感触が伝わった。


 この場面には見覚えがある。


(俺の追放会議……か?)


 ラノが文句を言い、神聖魔法で俺を含めた皆の体を清めた。


 さっきと同じ展開に、血の気が引き、全身の肌が粟立つ。

 

(まさか……時間が巻き戻ったのか?)


 体を確認すると、確かにあの時と同じ状態。


 ありえないが、それを頭から否定することは出来なかった。何故なら、死んだはずのラノが、今ここにいるからだ。


 もし同じ展開を繰り返すなら、きっと彼女はニスタに殺される。

 血まみれになって死んだ彼女の姿を思い出し、俺はニスタを睨みつけながら、心を決めた。


 ラノを必ず守る、と――

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