妹のお仕事

朝影諒太あさかげりょうた


 都内T区にそびえ立つ大きなビル。どうしようもないくらい警視庁だ。僕と理愛りあはそのビルの正面玄関の辺りで刑事をしているらしいお姉さんを待っている。そろそろ約束の時間だから間も無く来ると思う。

 それにしても、まさか僕が警視庁に来ることになるとは……いや、時間の問題だったかな。むしろ殺人事件に遭遇そうぐうしまくってるのに、今までお邪魔しないで済んでいるのが奇跡。うん。きっとそうだ。


「なぜ顔芸をしてる?」


 理愛に純粋無垢な少女のような顔でツッこまれてしまった。口を開かないでずっと動かないで居たら、ただの幼げな美人なのに残念だ。非常に残念だ。


「また変なこと考えてるだろ? 私をオカズにしていいから捜査はちゃんとやれよ」


「理愛は無理、理愛は無理」

 

「またまたー。嘘はつか……」


 僕の真顔を見て、真実であると察したようだ。分かってくれて嬉しいよ。

「なぜだ? こんな美人なかなか居ないはずだろ。私を見てオカズにしない男など存在しないのに……ハ! まさかホモ!? そうか、そういうことだったのか!」などと独りごちている。やっぱりあんまり分かってくれてないね。僕は悲しいよ。

 

 閑話休題エロはおいといて


 とても気になる、というか心配なことがある。


「あのさ」


「なんだ? 私はホモも嫌いじゃないぞ」


 うん。ホモから離れてほしい。それじゃないから。


「理愛のお姉さんってどんなヤバイ奴なの?」


 常識的に考えて理愛の姉がまともなわけがない。どんなキワモノが現れるか不安でならない。

 理愛の顔がわずかにくもる。

 やっぱりヤバイ奴なんだ。嫌だなぁ。理愛だけでキャパオーバー寸前だよ。


「お姉ちゃんを一言で言うとド淫──!?」


「いらっしゃい~」


 警視庁の入り口から優しげな雰囲気の女性が現れた。彼女が理愛のお姉さん──十七夜月かのう偲愛しあさんかな。見た目はおっとり美人って感じ。

 でも理愛の例がある。僕は学んだんだ。油断はしない……!


「……き、来たぞ。事件は任せておけ」


 理愛の様子がおかしい。いつもおかしいけど、おかしさの方向性が違う。このままではお笑いコンビバンド解散のピンチ(?)だ。


「? 理愛ちゃん、どうしたの~?」


 偲愛さんも不思議がっている。


「な、なんでもないぞ。それより私のワトソン君を紹介しよう。諒太だ」


「はじめまして。朝影諒太です」


 目が合った偲愛さんが、ペロリと唇を舐める。なんか理愛に似てる気が……。

 否応なしに警戒心が大きくなる。

 しかし、僕の内心に反し、偲愛さんは穏やかな表情だ。


「……は~い。朝影ワトソン諒太さんですね~。十七夜月偲愛です~。早速、本部に行きましょう~」

 

 僕の名前がおかしなことになってる……。


「おう! サクッと解決してやる!」


「あらあら、仕方のない子ですね~(──?)」


「!?」


 なんだろう。理愛が静かになった。何かが姉妹の間で交わされた……のだろうか? よく分からない。











「妊婦連続惨殺事件捜査本部」と記された紙が入り口に貼られた大きな部屋の片隅で、偲愛さんと事件についてお話し中だ。

 大体のアウトラインは分かった。けど、犯人は分からない。僕って推理とか苦手だしね。


「──以上です~。事件について理解できましたか~?」


「大体は分かりましたよ」


「……」

 

 ただ、問題は偲愛さんだ。


「あの……」


「なぁに~?」


「近くないですか?」


 僕の隣に座ってるんだけど、なんか近くて違和感が凄い。たまに居るけどさ、距離感がおかしい子って。偲愛さんもそのたぐいなのかな。


「そんなことないですよ~。それより、事件はどう思います~?」


 鉄壁のスルースキルだ。僕も対抗してスルーしよう。


「……あれじゃないですか。切り裂きジャックの模ほ──」


「私のワトソン君にちょっかいを掛けるのはやめろ!」


 理愛の辞書にスルーの文字は無いのか? せめて「触らぬ神にたたりなし」くらいは登録しておいてほしい。


「理愛ちゃん~、急にどうしたの~? (──)」


 なぜか雪国を幻視した。東北には行ったことないのに……。


「ぐ、り、諒太! 騙されたらいけないぞ!」


「どういうこと?」


「ちっ」


 偲愛さんから舌打ちが聞こえたような……?

 理愛がキッと気合いを入れた顔で口を開く。


「お姉ちゃんはショタコンのドS淫乱女だ。小学3年生を逆レイプしたいくせに、捕まりたくないから童顔の諒太で妥協して性欲を解消しようとしてるんだ!」


 いや、まぁ、性癖はともかく、態度はめちゃくちゃ露骨だからなんとなく察してはいたけどさ。


「……でも美人だし、巨乳だし、いいかなって」


 なんちゃって。


「まぁ!」


 嬉しそうな偲愛さんに、ぷんぷんの理愛。面白いね。


「ばかぁ! お姉ちゃんはパイパ○とバイアグラを強要したあげくに、拘束してずーーっとしぼり取り続けるんだぞ! ○ンコが血だらけになってもやめてくれないんだ! その証拠にお姉ちゃんとヤった男は皆、次の日には離れていく。ついでに泌尿器科ひにょうきかにも行く! だからお姉ちゃんはそんなにセックスが巧くないし、もうおばさんだし、私の方が絶対いいからぁ!」


 息継ぎ無しでお疲れ様である。

 それにしても滑舌と声量が素晴らしい。当然、周りの刑事さんにもしっかりと届いている。


「まさか」


「やっぱり」


「結婚したい」


 ざわざわしてる。今の隙に無くパイプ椅子をずらし、偲愛さんから距離を取っておこう。不快深い意味は無い。ただし偲愛さんは普通に気づいた。


「誤解です~。もう理愛ちゃん、変なこと言わないの~! (──!?)」


「ぐっ」


 この姉妹はテレパシーでも使えるのかな? というか、警視庁まで来て、こんなことしてる場合じゃない。話を戻そう。


「事件の話をしません?」


「「……そうだな(ですね~)」」


「仲良いね」


「「……」」










 改めて事件の情報を整理しても、僕の考えは特に変わらなかった(理愛は何やら「繋がり」がどうの、「アリバイ」がなんたらと質問していたが)。


「やっぱり切り裂きジャックの模倣犯に見えます。精神に異常を抱えた人の犯行だと思いますよ」


 偲愛さんが頷く。


「模倣犯かは分かりませんけれど、警察でも犯人像は同じです~。闇の深い人の犯行です~」


 だよね。常識的に考えて、そういう人じゃないとこんな殺し方しないよね。


「理愛はどうおも……なんでそんなに微妙な顔してるの?」


「なぜかって? そんなの決まってる!」


 はぁ。今度は何を言い出すんだろ?


「そんな奴が犯人だとエロい妄想がはかどらないからだよ!」


 犯人の推理に私情が混入しすぎである。名探偵を自称するなら、捜査で発見した事実をもとに合理的な範囲内の推理をすべきだと思う。


「……捗んなくていいんじゃない?」


 理愛がわなわなと震え出す。小さいから小動物感が増すね。


「ばかぁぁ!! 私からエロい妄想を取ったら、リンゴの無いアップルパイみたいなものだ! ただのパイじゃないか! そんなの私は嫌だ!」


「でも理愛、おっぱい・・無いじゃん」


 偲愛さんが吹き出す。

 

「ばかぁぁ!? それはいいんだよ! 感度が良ければ大丈夫なんだ! 乳首だけですぐイケるから問題無い! 分かったかぁぁあ!?」


「ごめんごめん。分かったよ」


 結局、どういう犯人なら満足なんだろ? 


「理愛はどんな人が犯人だと思うの?」


 理愛がコロっとエロい顔になる。今さっきまでプンプンしてたのに凄い変化だ。かなり情緒不安定だと思う。大変だね。

 長テーブルに置かれた被害者の写真を手に取った理愛がイヤらしく笑う。


「被害者を見て何か気づかないか?」


 なんか既視感が……。


「もしかして美人だからなんたらかんたらってこと?」


「うむ。諒太も大分、分かってきたじゃないか」


 遺憾である。理愛に毒されてきたということだ。まことに遺憾である。


「でも、今度は子どもは関係なさそうだよ?」


「違う違う」


 お? まさか自分の歪んだ性欲を満たすためだけに捜査対象を決めたわけではなかった……?


「私たちは被害者の男遍歴おとこへんれきを調べるぞ。美人だからいろいろ使えるネタ・・・・・が出てくるはずだ。うへへへへへ……」


 一瞬でも期待した僕が馬鹿だった。


「へへへじゅる」


 丁度いいから逮捕されればいいのに。












 車を運転し、桧山司ひやまつかささんの旧友のお家に向かう。普通にレンタカーで。

 免許は大学1年生の時に取ったから運転自体はできるけど、ほとんどペーパードライバーだ。だから乗ってる人は快適ではないと思う。

 というか、前から思ってたんだけどさ。


「理愛ってレズなの?」

 

 助手席で無修正エロ動画(寝取りもの)を見ている理愛が答える。


「何を言ってるんだ? 違うに決まってるだろ」


 本当かなぁ。


「じゃあなんで美人をオカズにするの?」


「はぁ~。やれやれだよ、ワトソン君」


 凄くイラっと来る。


「いいか? 私は、美人がいろんなシチュエーションでセックスするのを見たり、妄想したりするのが好きなんだ。別に女のオ○ンコが好きなわけじゃない。普通にオ○ン○ンが好きだ」


「ふーん」


「どうしてか分かるか?」


「全然」


 分かるわけがない。


「美人には感情移入できるからだよ。私もスーパーな美人だから、すぐに妄想のキャストを私に替えることも可能だ。素晴らしいだろ?」


「……」


「どうした? ウィンカー出さずに曲がるのは危ないぞ?」


 あ、やば。ミスった。気をつけよっと。

 

 ちなみに、出会ってすぐのころに探偵をやってる理由を訊いたら、「ミステリーはチラリズムがエロくて好きだから」って返ってきた。もうなんていうか、行動の全てがエロいことに繋がっている。ここまでぶれないと逆に凄い。全然尊敬できないけど。


 助手席からはアレな感じの瑞々みずみずしい(?)音が聞こえ続けている。


「ふんふん。寝取りと見せかけた逆レイプものもいいな」


 なにそれ、ちょっと面白そう。


 あ、着いた。


 









 理愛の参戦から3日。

 この3日間、大学が無い時は被害者の男性関係を調べまくった。途中、「なぜ僕はこんなことをしているのか」という哲学的命題にぶち当たった。僕は哲学科じゃないのに、おかしな話だ。


つかささんの不倫以外は何も無いね」


 桧山司ひやまつかささんと江藤侑里えとうゆりさんの過去(男性関係限定)で調べても何も出てこなかった。せいぜい、それぞれの初体験の年齢が分かったくらいだ。理愛は大して喜んでいないようだった。

 

 次は、侑里さんの実家のご近所さんのとこだ。あんまり期待できないと思うけど、まぁ、警察の常識的な捜査でどん詰まりなんだからこういう変化球もたまにはいいでしょ……みたいな感じで自分を納得させる。


「うーむ、昼ドラ展開が無いとはどういうことだ……?」


 いやいやいや、そんなには無いって。あるとこにはドラマ以上のヤバイのがひょっこり落ちてるけど、簡単には見つかんないでしょ。

 

 目的地に到着した。


「着いたよ。これで駄目なら捜査方針を変えた方がいいんじゃない?」


「む~」


 このワンカットだけなら可愛いんだけどなぁ。









 実家のご近所さんのお家に訪問したら、お婆さんが出てきた。


「こんにちは。僕たちは江藤侑里さん、旧姓なら中川侑里さんの事件について、警察の依頼を受けて調べている者です。今、お時間よろしいでしょうか?」


「あーはいはい。暇だし、構わないよ」


「ありがとうございます」


 ちなみに理愛は静かにしてる。

 理愛は偉そうな態度でオブラートを一切使わない。そのせいでお相手の気分を害してしまい、上手くいかないことがあった。当たり前だね。そんなわけで、基本的には僕が話す形に落ち着いたんだよね。


「江藤侑里さんの男性関係について何か知っていますか?」


「は?……男性関係つったか?」


「はい。男性関係です」


 多少、怪訝な顔をしてるけど、答えてくれるようだ。


「何処にでもいるだよ。あたしが知ってるのは学生のころだけだけど、普通に男の子と一緒に歩いてたり、遊んだりしてたみたいだよ」


「そうなのですね」


 他の証言と変わらないね。理愛がびみょーにつまらなそうにしてる。

 うーん、でも確かになんの収穫も無いとなぁ。理愛じゃないけど、つまらないよね。少し別方向を攻めてみよう。


「それでは、男性関係じゃなくてもいいので、侑里さんについて何か気になることはありませんか?」


 お婆さんの顔がわずかに変わる。これは楽しい感じ? 変なの。


「……実はずっと納得できていないことが1つあるのよ」

 

 声を少し潜めている。井戸端会議でよく使われてそうなスキルだ。僕も真似しよう。ミラー効果狙いだ。


「なんですか? どんなことでも歓迎ですよ」


 要するに、好意や親近感を持つ相手の動作を真似してしまう人間の習性を利用して、わざと真似をすることで逆に好意や親近感を持たせようってこと。上手くいくとは限らないおまじないみたいなものだけどね。


「侑里ちゃんのお父さんが、ストーブの一酸化炭素中毒で死んじゃったやつだよ」


 !? 初耳なんだけど? 


 理愛も驚いてる。

 黙して続きを促す。


「侑里ちゃんのお父さんは不眠症でね、昔から長いこと睡眠薬を飲んでたんだ。本人からも『ストーブには特に気をつけて眠るようにしている』と聞いたことがある。それなのにストーブを点けたままで薬を飲んで眠るなんておかしいと思わないかい?」


「確かに不自然ですね」


 単なるミスの可能性も普通にあるけど追従しておく。


「そうだろう? 警察は他殺を立証する事実が無いってことで、よくある不幸な事故と考えたみたいだけど、あたしゃ何かあるんじゃないかって思ってるよ」


「その何かに心当たりは?」


 しかし饒舌じょうぜつだったお婆さんが口ごもり、ややあってから口を開く。


「……無い」


「え」


「それはあたしにも分からないんだよ」


「そうですか……」


「なんだい? 文句でもあるの──」


「有益な情報だ! これは凄いネタだぞ! ありがとう、助かったよ! 最初はエロのネタにならないれ草だと落胆したけど、意外とやるじゃないか!」


 うわぁ。なんで余計なことを上から目線で付け加えるのか。

 理愛の枯れ草発言を理解したお婆さんが微妙な顔をする。


「失礼なガキだね」


「ガキではな、むぐ」


 素早く理愛の口をふさぐ。


「はいはい理愛はイイコにしててね」


 何かに得心とくしんがいったようなおもむきのお婆さん。


「……あんた、苦労してそうだね」


 !?

 分かってくれるんですね。絶対にいい人だ。間違いない。


「分かりますか」


「むー! むー!」


「分かるさ。まだ若いんだから早まるのはオススメしないよ」


 大きく頷く。


「肝に銘じておきます」


「!? むー!」


 理愛が無駄な抵抗をしているけど、身体能力がポンコツすぎて痛くも痒くもない。ふふん。あ、こら、舐めるな。










 お婆さんのお家を後にし、コンビニでトイレ休憩を挟みつつ、昼食に良さそうなお店を探して車を走らせる。ゆっくり休みながら食べられるとこがいいらしい。


「ねぇ」


「なんだ? ペロペロされてムラムラしてきたのか?」


 僕のスルースキルは急成長中だ。


「怪しい事故が有益な情報ってどういうこと?」


「うむ。今ある情報だけでは確定はできないが、1つの可能性に気づいたんだ」


 勿体もったいぶった言い方しないで早く結論を教えてほしい。


「ストーブによる一酸化炭素中毒が事故でなかったとしたら、消去法では自殺か他殺になる。話を聞くに、遺書や自殺の動機は無かったようだからそっちの可能性は低いだろう」


「じゃあ他殺だって言いたいの?」


 その推測を否定はできないけど、肯定する根拠もほとんど無い。肯定する証拠が無いってことは、少なくとも刑事裁判では真実と認定され得る事実とは認められない。

 要は、その程度の信頼性しか無い推測ってことだ。 

 

「可能性はあると思う」


 お婆さんの話では、事故当時、自宅に居たのは父親と姉妹2人──侑里さんと未来さんだったとのことだ。つまり、どちらかが犯人と言いたいのかな?


「犯人は?」


 しかし、これには答えずに今回の事件について話し始める。


「第二の事件被害者、江藤侑里は人から怨まれるような人物ではなく、『怨恨により殺されたとは考えられないです~』とお姉ちゃんは言っていた」


「だねー」


「それに、金品を奪われたようにも見えないから強盗殺人でもない。死亡したことで旦那に保険金が入る予定だが、そこまでして金を求める理由も無さそうだし、生命保険の掛け方にもおかしな所は無い。大体、保険金殺人はバレやすいうえに刑が重くなるから、少しでも頭の回る奴なら他の手段を選ぶはずだ」


 うーん?


「何が言いたいの?」


「つまりだ、通り魔的な猟奇殺人であると判断するのが妥当だからこそ、私たちは別の可能性を探すんだよ」


「なんでさ? 妥当な推測を積み重ねることが名推理じゃないの?」

 

 理愛が鼻で笑う。


「現実を見ろ。警察が1ヶ月もそのやり方で捜査して結果を出せていない。それなら、そもそも前提が間違っている可能性に目を向けるべきだ」


「じゃあ何が正しいの?」


「早漏でもいいが話は最後まで聞け。今回の事件は通り魔的殺人ではなく、怨恨等の人間関係由来の感情によるものと一旦仮定する。その場合、大きな問題がある。第二の事件被害者に怨み等の殺害動機を持つ者が居ないことだ。ここで侑里の父親の事故が関係してくる。仮にだ、事故に偽装した他殺だとすると、情況的には姉妹のどちらか又は両方が犯人と考えられる」


 まぁそれは確かに。


「……1つの可能性にすぎないが、仮に姉妹が共犯だとすると互いに致命的な弱みを握られていることになる。あるいは積極的な共犯でなくても、父親殺害の事実を知りながらどちらかが黙認しているパターンもある。その場合、余計に致命的な弱みを一方的に握られていると言える」


 あー、なんとなく言いたいことが分かった。


「要するに、妹の中川未来さんが侑里さんを口封じに殺したのかもって言いたいのね」


「ああ。あり得なくはないだろう?」


 そうだけどさ。可能性の話をし出すとキリがないんじゃない? まぁ僕らは気楽な部外者だから、そういう方針でもいいかな、とも思うけどね。

 ん? 待てよ。


「それじゃあ、第一の事件はなんなのさ? 人間関係──不倫関係で動機がありそうな旦那さんや不倫相手にはアリバイがあったじゃん。同じ殺し方ってのも気になるし」


「安心しろ。それについても推理はある」


 そんなのあるんだ。僕には分からないけど。


「第一の事件を被害者の不倫絡みの殺人と見た場合、疑わしいのは、諒太の言う通り、旦那である桧山陽平ひやまようへいと不倫相手の笹川圭一ささがわけいいちになる」


 だよね。他に人間関係で動機を持ってそうな人は居なかったみたいだし。


「うん。でもアリバイが完璧ってことは違うんじゃないの?」


「ふふふ。諒太はミステリーなんて読まないから知らないかもしれないが、今回の事件の場合、そこを解決できる有名すぎる手段があるんだよ。当初からこの可能性を少しだけ疑っていたが、『動機』と『繋がり』という重要なピースが欠けていたから、あまり期待していなかったんだ。だが、一応は『動機』を仮定することができた」


「へー。その手段とは?」


「交換殺人。伝統的かつ王道的アリバイトリックだ」


 そんなのあるんだ。でもそこまで知名度が高いと「トリック」として成立するのかなぁ?


「交換殺人ってなんなの?」


「やっぱりそこから説明しなきゃいけないよな……」


「そりゃ、分からないし」


「めんどくさいな」とぼやいてから理愛が続ける。


「そうだな、例えば『処女厨君』は知り合いの『クソビッチちゃん』を殺したくて、『巨乳フェチ君』は知り合いの『ちっぱいちゃん』を殺したいとしよう」


 例えの内容には絶対突っ込まないぞ。


「『クソビッチちゃん』が殺されると『処女厨君』が疑われる。『ちっぱいちゃん』が殺されると『巨乳フェチ君』が疑われる。なぜなら明白かつ合理的な動機があるからだ。アリバイが無いと大分ヤバい」


 明白かつ合理的な動機とは一体なんなのか?


「そこで『処女厨君』と『巨乳フェチ君』が共犯関係になり、お互いの殺したい女を共犯者に殺してもらう。この際、動機のある奴はアリバイをしっかり用意し、疑われないようにする。そして、動機が無く、知り合いでもない実行犯はなかなか捜査線上に上がらない。これで共犯の2人は疑われるリスクを抑えつつ、性癖に反する悪に天誅を下すことができる。言わば、共犯によるアリバイトリック。これが交換殺人だ」

 

 つまり『処女厨君』が『ちっぱいちゃん』を殺し、『巨乳フェチ君』が『クソビッチちゃん』を殺す。そして『ちっぱいちゃん』殺害時には『巨乳フェチ君』がアリバイを用意し、『クソビッチちゃん』殺害時には『処女厨君』がアリバイを用意する。

 こんな感じか。ちょっと思ったんだけど、これって、ちっぱいちゃんが処女でクソビッチちゃんが巨乳なら全て丸く収まったような……?


「理解できたか?」


 すんごい偉そうだ。


「分かったけど、理愛みたいなちっぱいのクソビッチが殺されると、色んな人を疑わなきゃいけないから大変だね」


「……」


 うっわ、珍し。理愛が屁理屈や下ネタで反論してこない。


「……事件関係者のアリバイを覚えているか?」


 !? まさか理愛がスルースキルを発揮するとは……。

 あまりの衝撃に絶句してしまう。


「やっぱり諒太は覚えてないか。お姉ちゃんのおっぱいしか見てなかったもんな。クソが」


 言葉を失っていたせいで、理愛に(一部)勘違いされてしまったようだ。


「僕は理愛しか見てないよ」


 なんちゃって。


「! ななな何を言うか! 変なことを言うな!」


 なにそれ。おもしろ。


「……アリバイだよね。あんまり覚えてないけど」


僕の言葉が耳に入っていないのか、「今日下着バラバラなんだぞちょっとアレじゃないかでもヤれる時にヤっておきたいし……」などとブツブツ言っている。何を考えてるんだか。


「理愛さん理愛さん、事件の話をして。事件の」


「……ハ! はかったな、諒太!」


「はいはい。で、アリバイがどうしたの?」


「むー、仕方ないな、はぁ……」


 そんなため息つかなくても。

 しかし理愛の雰囲気が変わる。切り替えたようだ。


「交換殺人ならば、2つの事件のうち、片方にだけアリバイがある人間が1人ずつ存在することになる」


 それはそうだろうね。


「今回の事件関係者で条件に当てはまる人間は4人居る。まず第一の事件にだけアリバイがあるのが桧山陽平と笹川圭一。第二の事件にだけアリバイがあるのが中川未来と三浦さゆり。交換殺人が可能な組み合わせは『桧山陽平と中川未来』『桧山陽平と三浦さゆり』『笹川圭一と中川未来』『笹川圭一と三浦さゆり』の4パターン。このうち、動機が想定できない三浦さゆりを抜かすと中川未来が確定する」


「じゃあ僕らは中川未来さんを重点的に調べればいいんだね」


 ……待てよ。でもそんなに有名なトリックなら警察も当然疑ったんじゃないか?


「警察はなんで交換殺人として捜査しないの?」


「『今言った4人に繋がりを見いだせなかった点』『第二の事件被害者に対して殺害の動機を持つ人間が居ない点』及び『殺害方法の猟奇性』の3つを重視したからだ。さっきお姉ちゃんに電話で確認した」


 あー、コンビニの時ね。


「交換殺人は共犯だ。つまり『繋がり(接点)』が無いと成立しない。しかし4人の接点は皆無。知人を当たっても、携帯会社や通話アプリの提供会社に履歴を見せてもらっても、一切の『繋がり』が無かったそうだ。これが一番大きい」


「なるほど。それで警察は交換殺人の可能性を否定したのね」


「ああ。加えて、動機が無いのも交換殺人にはあまり馴染なじまない。中川未来の動機についても伝えたが、言ってしまえば妄想レベルだ。お姉ちゃんにも『それだけでは警察は動けないです~』と言われたよ」


 あらら。どんまい。というか、さっきから偲愛さんの真似上手いね。


「さらに殺害方法の異質さが精神異常者による連続猟奇殺人との印象を与えている。これも警察が交換殺人を否定する理由だ。しかし交換殺人を誤魔化すためのフェイクと解釈することもできる」


 うーん、理解はしたけど、結局僕らは警察が見つけられなかった『繋がり』を見つけて、犯行の証拠をゲットしなきゃいけないってことでしょ? それってかなり難しいんじゃないかな。 


「で、具体的にはどうするの?」


 いい感じのお店も見つかんないし。


「ふふふ。本当はどっかでご飯休憩をして、それから行くつもりだったが、丁度良さそうなお店が無いなら仕方がない。うへへへ……」


 理愛の声にエロい感じが混ざり出す。これは良くない兆候だ。


「なんか嫌な予感が……」


「今からラブホに行くぞ!」


「なんでさ!」

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