【第三話】アベルト・バーレン③
「ユウカが知らなかったというのはあまり参考にしない方がいい。普通の人間は大抵が知っている話だ。その辺りを、予め理解しておいてくれたまえ」
「………………」
恭司はまたしても黙ってしまう。
ずいぶん勿体つけるなと感じた。
ここまで前置きを挟んでいるのは、おそらく慎重とは別物だろうと思う。
アベルトの話す様子から察するに、まだ話すこと自体に迷いを感じているのかもしれない。
恭司からすれば迷われる理由も不明だが、ここは急がせることもないだろう。
相手の感情を逆撫でしてしまうのは最悪だ。
恭司は辛抱強く待ち続けた。
そして、
長い前置きが終わると、アベルトはフゥと息を吐き出す。
決心がついたようだ。
「…………この国ではね、三谷君。とある伝承が、ずっと昔から語り継がれているんだ」
アベルトの話はようやく始まった。
恭司はゴクリと喉を鳴らす。
「語り始めたのはこの国の初代国王だ。かつて、まだこの大陸内に国が3つもあった頃…………その3つの国を統一した王が、後の子孫のために語り始めたとされている。初代国王は、後の世に必ず現れる災厄として、その伝承を残したんだ」
アベルトの口どりは酷く重かった。
やはりまだ話すことに躊躇いがあるのだろう。
スピードは遅い。
だが、
決意をしたからか、遅くともその話が途切れることはなかった。
アベルトの話は続く。
「かつてのその時代は…………国が3つあったその頃は、正しく戦国の世だったそうだ。三国の間で幾度となく戦争が繰り広げられ、安全な地など世界中のどこにもなかったらしい。今の平和な世とは大違いだ」
「………………」
「そして、そんな中で、当時の初代国王は初の大陸統一を達成し、3つの国を全て一つにしたんだ。それはとても凄いことだ。未だかつて、そんなことをなし得た人間は誰一人としていない。さらに昔を辿っても、それが初めてのことだろう」
「………………」
「しかし…………その結果の代償は、非常に、とてもとても大きくて巨大で、とんでもないものだったそうだ。その3国は、歴史上3国だった最後の日…………互いに統一することを目的に、未だかつてない三つ巴の大合戦を行ったとされている」
「………………」
「それは凄まじい規模だったそうだ。死亡者数は到底計り知れず、合戦によって世界全体の人口はそのことごとくが死に絶えたらしい。自然や文化遺産といった貴重な資源もその時に犠牲となり、その合戦で3つの国は、もはや3つとも全てが共倒れするほどの被害を出したということだ。最終的に、国として成り立つほどの人口を残した国は、一つもなかったらしい」
「………………」
「…………初代国王は、その日のことを悪夢と呼んでいる。まぁ当然だろうな。伝承によると、その日、世界には国王を含めて数百人程度しか生きていなかったということらしいから、悪夢と呼ぶ気持ちも分かるというものだ。私が国王の立場なら、決して耐えることはできなかっただろう」
「………………」
「国王曰く、その戦争によって地形は見るも明らかに変わり果て…………空からは隕石が降り注ぎ、竜巻が乱発して、火山が幾度となく噴火したそうだ。まるでファンタジー小説みたいな話だろう?それが本当だとすれば、とてもじゃないがそれは人の生きられるような世界ではない。世界はその時、正しく悪夢そのものだったんだ」
「………………」
「そして、その悪夢は単に戦争をしただけで起きたことでもなかった。むしろ…………戦争だけならそれよりはもっとマシな被害で済んでいたそうだ。悪夢は、戦争がほとんど終わり切っていた頃に、『二人の人間』の戦いによって、作り出されたものだったらしい」
「…………え?たった二人…………ですか?」
恭司の質問に、アベルトは再び頷いた。
「あくまで伝承だから、私もそれほど信じているわけでもないがね…………。ただ、伝承によれば、それはその人間たちの、"技"によって引き起こされたのだそうだ。その二人の人間は、大戦最後の時になって、雌雄を決するべく戦っていたらしい。それらの被害は、単にその二人の戦いによって巻き添えを食らったに過ぎないそうだ。要は、とばっちりだな」
「………………」
「過去を遡っても、ここまで傍迷惑な戦いなど存在しないだろうな…………。その二人の力は、あまりにも強すぎていた。ただ存在するだけで世界を脅かしてしまうくらい、危険極まりなさ過ぎた。例えその二人のどちらが勝とうとも、全体で数百人しかいない世界ではあっという間に滅亡の道を辿ってしまう。だから、初代国王は決意したんだそうだ。世界を守るために、その時唯一残された手段ーー。時空間魔法を、実行することを」
「…………時空間魔法?」
恭司の問いに、アベルトはまたしても頷いた。
「そうだ。対象者を次元ごと移動させてしまう…………。人力で行える、最も超常的な魔法にして、世界最高峰の超高等魔法だ」
アベルトは無感情を装ってそう話した。
表情はそうは動いてないが、どこか言葉に苦々しさを感じる。
何かあるのかもしれない。
だが、
恭司の関心は別にあった。
「次元ごと、移動させてしまう…………」
恭司はユウカから、自分が空から降ってきたと言っていたことを思い出していた。
言われたのはたった一度で、しかもそれをメインに話したわけでもなく、完全についでのような情報だったが、恭司は言われたら思い出す程度にはしっかりと覚えていた。
あの時はてっきり冗談や言葉の綾かと思って流していたが、この話を踏まえると、もしかしたらそうではないのかもしれない。
本当にそうだったとすれば、ユウカが何故そんな大事なことに今まで触れてこなかったのかが新たに謎となるが、それは後で聞き出せばいい。
今の恭司は既に別のことを考えている。
自分が空から降ってきた可能性があって、アベルトがわざわざ一対一で話を持ち出し、そんな技術が存在するという事実。
そして、
この話の流れ…………。
恭司は生唾をゴクリと飲み込む。
もしかしたら、そうなのかもしれない。
もしかしたら、そういうことなのかもしれない。
だとすれば色々と合点もいく。
ここに来た段階で何故自分が重傷だったのかも、この世界に関わる記憶が不自然なほどに何もないこともーー。
そして、
アベルトがこれほど慎重になっている理由もーー。
全て辻褄が合ってしまう。
そう、
その時空間魔法…………
もしかしたら、
当時その技術を行使された二人の人間のうちの一人は、
この自分なのかもしれない。
「…………顔色が悪いね。何か思う所でもあったのかな?」
恭司が思考に耽っていると、アベルトから唐突に質問が飛んできた。
いきなりのことだったが、恭司は慌てずに首を横に振る。
「…………いえ、何も。ここまでの話を頭の中でまとめていただけです」
嘘をついた。
意味があるかは分からない。
だが、
簡単に認めることは危険だと感じた。
アベルトにとっても、そして、自分にとっても、
それはまだ、
証拠のない話だ。
「…………そうか。まぁ、いきなりこんな話をされても正直困るだろうなと思っていたよ。しかしね、三谷君。君に思う所があろうとなかろうと、私にはあったから、私はこの話をしたのだよ」
アベルトは相変わらずの慎重なスタンスで話を進めていく。
中途半端な状態で終わらすつもりは決してないと、その表情は語っていた。
「何を…………思うことがあったというのですか?」
恭司は生唾をゴクリと飲み干す。
緊張感が部屋を覆い、喉が渇いてきた。
追い詰められている。
そう思った。
アベルトは、恭司と同じような顔をして、
一息飲み込む。
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