第7話 見た目で判断されるって嫌だよな。

 偶然達成してしまった依頼の手続きも終わり、 とりあえず俺たちはギルドを後にした。

 それから俺はお礼も兼ねて、二人を食事に誘ったんだ。

 いくら大金とはいえ、あぶく銭。

 二人が助けてくれて、ギルドを教えてくれなければ、キングリザードはそのまま捨ててたはずだからな。


「とりあえず。何か美味しいものを食べようか。なんでもいいよ。普段食べられないようなものでも」

「……あの、私あの店に」

「うん。前から一度行ってみたかったって、クレーリア姉ちゃん言ってたもんね」

「馬鹿っ……」


 そこはギルドから三ブロックほど離れた場所にある、見た目から高級なレストランって感じの店だった。


 中に入るとここの支配人なのか、 俺くらいの男性が出迎えてくれるんだが。

 少々、こちらを疑うような、値踏みをするような顔をしてる。


「三名なんですけど、いいですか?」

「いらっしゃいませ。申し上げにくいのですが、よろしいのですか?」


 俺が声をかけてから『いらっしゃいませ』はないよなぁ。

 よろしいのですか……?

 あぁ、そういうことか。

 やっぱりな。

 値段が高いってのと、ドレスコードでもあるんだろう。

 俺が払えるか心配なんだろうな。

 俺の経験上、身なりとその人が釣り合わないこともある。

 ラフな格好をしていても、鞄はしっかりとしたものを持ってたりする人も少なくないからな。

 俺、鞄っていっても、腰にあるポーチだけだし。

 それに黒っぽい地味な服着てるからかもね。

 それにしても、人を見た目で判断する店は、ちょっとマイナスかな。

 クレーリアちゃんが入ってみたいって言わなかったら敬遠してるところだよ。


 あ、そういや、シルヴェッティさんがカード見せたらお得なことがあるとか言ってたっけ。

 ポーチからカードを取り出す。

 知らない店だし、こちらが丁寧に対応すれば悪いことにはならないだろう。


「少々お伺いします。これを提示すると、ある程度考慮していただけると探検者ギルドで聞いたのですが」


 カードを提示したとき、その男性の表情が変わった。


「高位の探検者の方でしたか。余計な詮索をして申し訳ございませんでした。三名様でよろしいでしょうか?」

「いえ。大丈夫です。はい、三名でお願いします」

「では、ご案内いたします。こちらへどうぞ」

「いいみたいだね。入ろうか」


 なんつぅ現金な。

 あっさりと手のひら返してきたわ。

 なんだかなぁ……。

 ギルドがどれだけしっかりとした組織かと、納得してしまうわな。

 個人商店なんて、こんなものか……。


 一番奥の落ち着いた雰囲気のある席に、俺たちは案内された。


「こちらへどうぞ。別の物がご注文を伺いにまいります。少々お待ちくださいませ」


 その男性は会釈をすると戻っていく。


「ふぅ。こんなことだろうと思ったよ。すまないね」

「あの、ソウジロウさん」

「どうしたの? クレーリアさん」

「今の感じですと、私たちだけでは、その。入れないかもしれなかった。ということですよね?」

「あぁ。中にはそういう店もあるかもれない。でも気にすることではないと思うよ。今度は君たちだけで来ても、きっと入れてくれるだろうから」


 俺はちょっと悪めの笑顔でそう応える。


「すげぇ。すげぇよ。おっさんなのに」


 おっさんいうなし。


「そういえば。俺が三十八歳だって言ったとき、二人とも驚いていたよね?」

「うん。俺てっきり、もっと若いと思ってたんだよね」

「こら。そう思うならもっと丁寧な言葉遣いをしなさいっ」

「ごめんよ。クレーリア姉ちゃん……」

「あははは。気にしなくていいよ」

「すみません。ほんと、この子ったら……。あの、私今、十六歳で、この子、十五歳なんです」

「ありゃま。俺も二人はもう少し上かと思ってましたね」

「その、ありがとうございます」


 ありゃ?

 クレーリア、ちゃんでいいか。

 頬を少し赤くして俯いてしまったよ。

 もしかしたら悪いこと言ったかな?

 若い子ってよくわからないんだよな。

 お客さんとしてならある程度予想できるんだけど。


 すると、年若い給仕の女性がこちらへやってきた。


「いらっしゃいませ。前、失礼いたしますね」


 グラスを置いて、冷たい水を入れてくれる。


「こちらがメニューになります。ご注文がお決まりになりましたら、お呼びくださいね」

「あ、それなんですけど。この店のおすすめをお願いします。あと、食後には二人分のデザートを」


 俺が『デザートを』といったとき、クレーリアちゃんが笑顔になったのに気づいた。

 やっぱりね、予想当たった。

 ジェラル君は美味しいものが食べられるというだけで、最初から嬉しそうだったし。


「かしこまりました。では、しばらくお待ちくださいませ」


 綺麗に会釈をしてくれるな、この人。

 うん、合格。

 ……って、何俺仕事目線で見てるんだか。


「あの、ソウジロウさん」

「どうしたのかな? んっと、クレーリアちゃん。でいいかな?」

「はい。その方が気を使わななくてすみます。あの、よく私がここのデザートが目的だと思ったのですか?」


 あぁ、そういうことね。

 なんとなくだけど、仕事柄わかるんだよ。


「俺はね、接客の仕事を以前してたんですよ」

「あの、私たちにそのような丁寧な言葉を……」

「あぁ、つい。習慣でね。んっと。俺ね、有名な宿の副支配人をしてたんだ。それでお客さんの様子を感じ取ることができた。っていうのかな。ジェラル君ならいざしらず、クレーリアちゃんがここのような店に入りたい。っていうなら、きっとデザートが有名なんじゃないかと思ってね」


 『どうかな?』という笑顔を向ける。

 クレーリアちゃんは驚いたような顔をしてるな。

 慣れるとなんとなく感じ取れるようになるんだよね。

 それも十年以上やっていれば、お客さんの表情で何を言いたいかある程度推測できたりするもんだ。


「はい。なるほど。そういうことだったんですね。先ほどの男性への対応も」

「あぁ。結構そういう店、俺がいたところでもあったからね。まぁ、そういう店はあまり長続きしないもんだよ」

「よくわからないけど。おっさんだからなのかな? すげぇや」


 だからおっさんいうなし。


 有名旅館の女将さん。

 俺のことを実の息子のように可愛がってくれたっけ。

 あの人くらいになると、一流ホテルのコンシェルジュ以上に感覚が鋭いんだよ。

 俺も接客ともてなしのいろはを教わったもんだ。

 『人をよく観察しなさい』って言われたな。

 だから俺は、人を見る目は確かな方だ。

 この子たちのこともなんとなくわかる。

 日本じゃないからといって、そういうのは変わらないんだな。


 おすすめを頼んだら、やはりコース料理のような感じで出てきた。

 最初は緑豆のスープ。

 何かの出汁と、牛乳かな。

 うん。

 それなりに美味しいね。

 よかったよ。

 この世界でも味覚は変わらないってことがね。

 こっちに来て、最初の味が最悪だったからな……。


「美味しい、です……」

「うん。うまいっ」

「こらっ」

「ごめん……」

「いいからいいから。楽しく食べた方が余計に美味しく感じるものだからさ」


 前菜のようなものが出て。

 メインは肉料理。

 これも何の肉かわからないけど、じっくりと煮込んで柔らかくなってるな。

 うん。

 これもそれなりに美味い。


 パンも香ばしく、ちょっと固めだけどまずまずかな。

 俺の顎って、本気にならないとあぁはならないんだな。

 普通に咀嚼できて助かったわ。


 最後にデザートが出てきて。

 俺はお茶を飲んでいた。

 甘いものはあまり得意じゃないんだよね。

 和菓子とかならいけるんだけど。


「──んーっ」


 クレーリアちゃん。

 蕩けそうな表情をしてるな。


「ここの、この。キイチゴのムース。食べてみたかったんです。ほんのり甘酸っぱくて、とてもなめらかで。もうたまらないです」

「うまい。うまい」


 男の子はそんなもんだな。

 美味いと、美味くない。

 ストレートでいいと思うよ。


「……ふぅ。幸せでした。ごちそうさまでした」

「ごちそうさま、でした」


 やはりと思ったんだ。

 二人は食べ始めるときに、手を組んで、何やらぶつぶつと呟いてたな。

 きっとお祈りだったんだろう。

 多分、教会みたいなところだな。

 そんな場所で育ったのかもしれない。

 本人たちが言わない限り、聞こうとは思わないけどね。

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