午前零時の悪役令嬢~断罪エンドなんてお断りです!?~
木立 花音@書籍発売中
第1話
「エリーザ・ビクトリア。君との婚約を、今日、この時を以て解消する!」
王族による社交パーティーが行われている絢爛豪華な宮殿の一室。私、エリーザ・ビクトリアは、唐突に婚約破棄を言い渡された。思い思いに正装を着こなし、また、ドレスアップした紳士淑女の面々が、一斉にこちらに顔を向ける。
「いったいそれは、どういうことなんでしょうか? 婚約破棄だなんて寝耳に水の話。私が何か、悪いことをしたとでもいうのですか!?」
「悪いことをしたか、だと?」
たった今、私に婚約破棄を突きつけたのは、フィリップ・マリベル殿下。我が国、マリベル王朝の第一王子である。彼はサラサラした金髪をかき上げ、私に冷やかな目を向ける。
「理由なら実にシンプルだ。お前が僕の幼馴染である、マリアを苛め抜いていたからであろう?」
整った輪郭線に収まる殿下の蒼い瞳が、壁際に向く。そんな彼の視線の先にいたのは、数々の装飾類で身を固めた美少女。私と同じ伯爵家のひとつであるテレジア家のご令嬢──マリア・テレジア。
ピンクブロンドの長い髪を揺らし、颯爽と彼女は殿下の側に歩み寄る。
「この四か月間。わたしはあなた、エリーザから向けられる苛めと陰口から必死に耐えてきましたの。でも、もうそんな日々も今日でお終い。殿下がわたしを新たな婚約者として選んでくれたのよ」
パーティー会場に朗々と響き渡った口上に、辺りからひそひそ話が上がり始める。マリアは優越感たっぷりの顔で、殿下の腕にしがみついた。
まさに四面楚歌。
今現在、この会場内で私の味方になってくれる人など誰もいないようだ。酷い奴だ。令嬢の風上にも置けない。そんな感じの蔑んだ視線が、会場のあちこちから私に向けて突き刺さる。
「しかし! 何か証拠でもあるのですか? 私は今まで一度たりとてマリアを苛めたことなど有りません。むしろ、彼女とはいつも仲良くしていたではありませんか? そんなものは、事実無根な噂話」
「黙れ!」
私の反論を遮るように、苛烈な声でフィリップ殿下が一喝した。
「表向き仲良くしているように振る舞いつつも、お前が裏でこそこそ彼女を苛めていた証拠なら、ちゃんとあがっているんだ」
「証拠、ですか?」
「そうだ。君が影で行ってきた行為について、学院首席のトーマスが証言しているんだよ。君がマリアの髪の毛を引っ張ったり持ち物を隠したりと、ありとあらゆる手で嫌がらせを行ってきたことをね。この事実を父に報告したところ、そんな悪い噂がたっている女を息子の妃になどできん、と大いに激昂していたよ。もし婚約を破棄したいとお前が望むなら、私は反対などせぬ。お前が自分で決断をだせ、と言われこうして婚約破棄を言い渡した次第だ」
「……」
「理解したか、エリーザ・ビクトリア。もう言い逃れなどできないのだよ」
なるほど。陛下ですらも了承済み。ならば……どうしようもできない。
これには返す言葉を失ってしまう。
つまるところ。何をどうやっても、私はマリアを虐めていた悪役令嬢、という役回りになってしまうらしい。トーマスは私も通っている魔法学院の首席生徒であると同時に、フィリップ殿下の実家であるマリベル王朝家の息が掛かった公爵家の実息。
由緒あるビクトリア家の次女でありながら、所詮は親同士が決めた婚約関係でしかなかった私の話とトーマスの話。どちらを殿下が信じるかは火を見るよりも明らか。
そもそも殿下とトーマスは、古くからの友人なのだししょうがない。
まさに、”シナリオ通り”の展開になってしまったわけだ。なんとも皮肉な話。
「阻止できなかった、という訳ですね」
私の呟きに、殿下が秒で反応した。
「なにが阻止だ。そもそも自分で蒔いた種であろう」
まあ、こんな結果になった理由などわかっていますが、と私が元友人であるマリアをきっと睨むと、玩具の強奪に成功した幼子のように、彼女は口元をニヤリと歪めた。
テレジア家の箱入り娘にして新たな殿下の婚約者。しかしそんな彼女の本性は、破天荒なワガママ娘。どうせ、私から殿下を奪い取るためにでっち上げた嘘に違いない。
実際私に、彼女を苛めていた事実など無いのだから。
「話は以上だ。早々に立ち去るがいい」
「サヨウナラ、エリーザ。今日まで仲良くしてくれてありがとう」
皮肉めいた台詞と高笑いだけを残して、二人はパーティ会場から消えていった。
私は二人の背中を、ただ見送ることだけしかできなかった。
こうして私は傷心を抱えたまま家まで戻ることとなり、『なんてことだ! お前のせいで、王家との繋がりが損なわれてしまった』『まったく、どうしようもない妹ね。だから言ったでしょうお父様? 次女だからと甘やかしてはダメだと。見た目だけ良ければいいってもんじゃないのよ?』『本当になんてことかしら……! あなたなんて、もう私の娘ではありませんわ。さっさと家を出て行きなさい!』
両親と二つ上の姉から理不尽ともいえる叱責や罵倒をぶつけられ、僅かな荷物とお金だけを持たされ、ビクトリア家を勘当されてしまうのだった。
外はすっかり夜で、行くあてすらまったくない。
まったく、身に覚えのない話なのに。発端は、トーマスとマリアの口裏あわせにあるはずなのに。
──なにか、身の潔白を証明する方法は無いものか……
「どうしたらいいのかしら。ねえ、セバスチャン」
時刻は深夜零時。行くあてもなく海が見える丘の上に私は佇み、後ろに控えていた使用人の一人、セバスチャンに話し掛ける。彼は数少ない私の理解者の一人で、勘当された私に同行を申し出てくれたのだ。
月夜に浮かんだ満月の姿が、さざめく海面に映し出されている。
「いえ、お嬢様。私の名前は──」
「なーんてね」
「む? どうなされました? 何か思いついたことでも?」
「ああ、まあね」
こうして私ことエリーザ・ビクトリアは、婚約破棄を突きつけられたことを理由に勘当されて路頭に迷う。それでもなんとか自分の身の潔白を証明しようと奔走するうちに本物の墓穴を掘ってしまい、いよいよ言い逃れができなくなって哀れ、国民の前で処刑されてしまうのだ。
本来のシナリオであればね。
さて、ではここで種明かし。
そもそも私には前世の記憶というものがあって、この世界に転生してくる前は、日本に住んでいた三十路手前のオーエルだった。
前世はろくでもない人生だった。
元々勤務していた会社が倒産。転職後はいわゆるブラック企業に転職し身を粉にして働いていた。残業時間は月に八十時間以上。家に帰ってから、また休日の楽しみと言えば、晩酌と乙女ゲーム『午前零時の令嬢たち』をプレイすることくらい。次第に精神も体調も病むようになり、気が付けばひっそりと野垂れ死にしていた。
とはいえ、何時死んだのかは記憶が既に定かではなく、気がつけばこの『午前零時の令嬢たち』の世界に転生してたっていうわけ。
最初は取り乱したわ。まさかヒロインのマリアではなく、作中で死んでしまう悪役令嬢であるエリーザの方に転生しているなんてね。
しかもこのマリアとかいう女。表向きは人当たりもよく、誰にでも優しく訳隔てなく振る舞う美少女のようでありながら、裏の顔はなんとも陰湿。とんでもないヒロインだった。こんなのゲームをやってる人たち気付かないでしょう? ああ、理不尽。
もちろん役割通りに死ぬつもり等ない私は、婚約破棄ルートを回避できないかと散々模索したわ。
だから本当の顔には目をつむり、マリアと仲良く演じてきたのにこのザマよ。まったくもって、とんでもない女。
もっとも? このままただで転ぶ私ではないわ。
「ねえ、セバスチャン」
「いえ、お嬢様。私の名前は──」
「これからトーマスの家に行くわよ」
「はて? それはいったいどういう風の吹き回しですかな?」
「そうねえ。説明しようとすると少し話は長くなるのだけれど、私は、今日婚約破棄される事を知っていたの」
「なんと」
セバスチャンの声音が驚愕の色に染まる。
「だから、予めトーマスと内通しておいたのよ。マリアから密約を持ちかけられても、表向き乗ったように見せかけて、口裏あわせをしておいてね、と」
「それは本当なのですか?」
「ええ、マリアとトーマスが密約を交わしているときの音声も、魔法具でちゃんと記録してありますの。寝首をかいたと思った相手に反撃される気持ち、はたしてどんな感じなのかしらね、マリア」
さあ、大逆転のゲームを始めましょうか?
「なるほど、驚きました。まるでゲームのシナリオを心得ているようですね」
「そうね、心得てって……ん? なにを言っているのセバスチャン」
「それと、大事なことをひとつ言っておきましょう。生憎ですが、私の名前はセバスチャンではありません。トムでございます」
セバスチャン改めトムの顔が、月明かりに怪しく映える。黒曜石のような鋭い瞳が、獲物を狙う鷹のごとく細められた。
「あら、ごめんなさい。どうにも使用人の人数が多くて」
本当に理解してなかった。妙に登場人物が充実しているゲームなもんだから、思わずごっちゃになっていた。だいたい使用人とか執事といえば、相場は『セバスチャン』と決まっているんじゃないの? なんともややこしい。
「それはそうと、早く馬車をまわして頂戴。セバ──じゃなくてトム」
「そうは行きませぬ」
「は? いったい何を言っているの?」
すると彼は左手を腰にあて、一方右手はこめかみ付近にそえ考えこむようなポーズをとる。
「やはりエリーザ様は、この世界が『午前零時の令嬢たち』の世界である事を心得ているようだ」
「そりゃそうよ──じゃなくて、ええ? さっきから何を言っているのトム?」
馬脚を現しましたね、と言ってトムは腕を組んだ。私に向けられる視線の温度が急速に冷えこんでいく。え、なんなのこれは? 気圧されるように、半歩後ずさった。とはいえ背後は断崖絶壁と海しかない。万一に備えて、退路を横方向に確保するよう計算して動いた。
「前々からおかしいとは思っていたのですよ。私の推しであるマリア様とは表向き仲良くしつつも裏では散々対立し陰口を叩くはずなのに、そんな素振りは一切みせず、むしろ懇意に振る舞う様。色んな公爵や令嬢と接触しては、色々と口裏あわせを進める狡猾さ」
「トム……?」
「どう考えても、ここがゲームの世界であることに気づき、自分が処刑されない結末に持っていこうと準備しているようにしか見えません。だから私は、おかしいと感じてあなたに接近したのです」
さすがにここまでくれば私とて勘付く。
「まさか、あなたも転生者」
トムは答えることなく、ただ頷いた。文字通り、無言の肯定という奴だ。
「まさか、ホントに? そうだったとしても、いったい私をどうするつもりなのよ!」
じりっとトムが一歩こちらに足を進めた。退路を確保するように私が一歩下がる。漂い始めた緊張感に、自然と背中に汗が滲んだ。
「そう、あなたの考察通り、私も転生者なんだよ」と彼は言った。とたんに変わった口調。これは不味いと私の脳が警鐘を鳴らす。「推しのマリア様にはこのまま幸せになってもらいます。故にあなたともここでサヨナラだ」
ダメだ! 殺気を感じ取って私が逃げ出すと、「待て!」と叫びを上げながらトムが追いかけてくる。
断崖絶壁の方に逃げるわけにもいかないが、場所は人里はなれた森の中。逃げようとしていた街道沿いの道をトムに塞がれると、おのずと退路は森の中にしかなくなってしまう。下草をわけいって、暗くて視界の悪い森の中に逃げ込んだ。
足場が悪い。息が上がる。でも、このまま捕まったら殺されてしまうかもしれない。
それにしても何が転生者よ。そんなもんぽんぽんと居てたまるもんですかっての。ラノベみたいな展開は私一人だけで十分よ!
息せききって走っていく中、遂に木の根に躓いて転んでしまう。
「いったっ」
もうダメだ。私の心中を強い絶望が支配する。近づいてくる足音に、背筋を走った悪寒がそのまま脳髄まで駆け上がる。死、という一文字が頭に浮かんだ瞬間、私の視界は暗転し意識が遠のいた。
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