第4章-5

 輝耶の拉致されている場所のヒントとなる録音データ。ひとまず学校の方角へ歩きながら僕と煌耶ちゃんはイヤホンでそれを聞いてみる。僕は左の耳に、煌耶ちゃんは右の耳。再生された音声データは男性の物だった。ただ抑揚を殺し、まるで機械が喋っているかの様な感覚。ドラマなんかではボイスチェンジャーを使っているけど、よくよく考えたらそんな機械、普通は手に入らないよな。

 犯人の要求は、相変わらず三億円を用意しろというもの。それに対しておじさんが了承し、輝耶の無事を確認していた。その後ろでモガモガと騒ぐ輝耶らしき声が聞こえた。と、同時にドサリとした音。たぶん、輝耶が殴られた音。騒ぐおじさんの声。しばらくガタガタと音が響いたと思ったら、バタンと扉が閉まった音がした。たぶん、犯人が外に出た音だ。理由は分からないが、輝耶がなんか騒いでたりしたんだろう。最後にまた連絡すると声がして、データは終わっている。


「お姉様、殴られておるの」

「……そうだね」


 ここから導き出せるものなんて、何かあるだろうか。当たり前だけど、輝耶は建物の中に囚われていて、犯人が見張っている様な場所。バタンと締まる扉があって、外に出られる様な場所。そんな当たり前の事しか分からない。


「最後の部分、何か聞こえないかのぅ? ほらマンガでよくあるではないか。近くの音から推理する超展開」

「あぁ、あるね。そんな特徴的な音あるのかな~……」


 とりあえず、出来る事はこれしかない。もう一度データを再生してみる。この先、何度も輝耶が殴られる音を聞かないといけないかと思うと辟易するけど……我慢するしかない。注意するべきは、最後の犯人が外へ出た部分だろう。そこで何か聞こえればいいけど……


「車の音と、これは電車かな」


 近くに道路があるらしく車が走る音が聞こえた。それと供に聞こえる電車がレールの上を走る音。


「そうじゃな。という事は、お姉様は線路の近くに捕まっておるという事じゃな。おぉ、超展開もあったもんじゃのぅ、線路沿いを虱潰しに探そうではないか!」


 いやいや煌耶ちゃん。


「これ、音から察するにそれなりに線路から遠いよ。あと、線路といっても笹川から全国に繋がっている訳だし、限定できない。笹川を通る電車なのか、それとも大坂を通る電車なのか。もしかしたら北戒道なのかもしれないよ」

「さすがに北戒道は時間的に無理じゃろ」

「まぁ、そうだけどね。あと、車で移動している可能性もあるんじゃない?」

「音から察するにそれも無さそうじゃがな。車が走っておる国道からも通そうじゃぞ」


 確かに。そうすると、国道と鉄道から少し離れた場所にあるどこかの建物、に輝耶が捕まっている事となる訳か。限定されている様で、無限にある様で。全国からある程度は絞れただけマシなんだろうか。それとも、やっぱり警察に任せておいた方がいいんだろうか。

 ため息が零れそうになる。でも、我慢した。たぶん輝耶はため息なんか吐ける状態じゃない。もっと酷い事になってる。

 輝耶の現状を慮っている時に、フと思い出した。


「そういえば、輝耶を怒らせた後だったっけ。僕なんかが助けて、輝耶は許してくれるかな?」

「何を言っておる。真にお姉様を怒らせたのは私じゃ。みやび君は何一つ悪くない。護衛らしく、堂々と助けるが良い。その方が人生的に劇的じゃろうて」

「平穏無事な人生でいたかったんだけど……こうなっちゃったら仕方ないか」


 何も考えず、ただ僕のしたい様に輝耶を助けるとしよう。もっとも、今のままじゃただの無意味な行動になっちゃうけど。


「誰か電車に詳しい人とか知らない?」

「鉄道オタクという奴じゃな。どれ、ムーンゲッターの連中に聞いてみよう」


 煌耶ちゃんはポケットから携帯電話を取り出した。いつも彼女が使っているのではなく、黒い無骨なデザイン。恐らく予備の携帯電話だろう。煌耶ちゃんは手早くメールを済ませ、送信した。

 その頃には、学校へ到着した。すっかりと暗くなってしまった後では校舎は不気味に見える。それでも職員室辺りには明かりが見えるので教師達は大変なんだな、なんて思う。その大変な原因の一旦は僕達が関わってたりするんだけど。輝耶が誘拐された事が分かったら、きっと明日は大パニックになるだろうな。

 犯人からの音声データを聞いていたりして、何となくバス亭辺りで待っていたからだろうか、笹川駅行きのバスがやってきた。


「どうする?」

「折角じゃ、乗ってしまおう」


 犯人は鉄道の近く、という事もあってか、僕達はバスに乗って駅へと向かった。その途中で煌耶ちゃんの携帯電話にメールが着信する。


「ふむ、好都合じゃ。三田に住んでおる者が電車に詳しいと豪語しておる。今から行こうではないか」

「こんな時間に迷惑じゃないか?」

「ふむ、直接メールで聞いてみよう」


 煌耶ちゃんの携帯電話の画面を覗き込む。『今から影守雅と共に行っても良いか?』というシンプルな文章。それを送信し、十秒程で返ってきた。

「うむ、良いそうじゃ」


 煌耶ちゃんが見せてくれた画面には『是非!』というこれまたシンプルな単語と記号のみだった。最近の小学生って淡白なのか、クールなのか、それとも言いたい事が多すぎて結局シンプルになってしまうのか。そういえば輝耶のメールもシンプルだったなぁ、なんて思い出す。煌耶ちゃんも然り。まぁ、言いたい事は面と向かって言い合う仲だ。いまさらメールでの文章を飾ったところで意味はない。


「…………」


 苦しい。今すぐ輝耶にメールを送りたい。無事かどうかを確認したい。でも、それは輝耶の携帯を使っている犯人に届くだけだ。意味はない。ポケットの中の携帯電話を意識しつつ、駅へと着いた。そのまま電車に乗り三田駅へと向かう。その間、煌耶ちゃんとは余り話さなかった。

 僕達は、何かの可能性をかけて、線路脇に建つ家々を眺めていた。田舎だから、田んぼや畑ばかりになる時もある。それでも、遠くに見える家の明かりを凝視した。見える訳が無い、聞こえる訳がない輝耶の姿と声を探した。

 三田駅へ着いたら煌耶ちゃんが案内してくれた。もしかして、友人の家を全部覚えていたりするんだろうか? 迷い無く歩いていく姿を見れば、その可能性もあるので感心した。なんだかんだいって信望が厚い訳だ。ムーンゲッターのみんなの気持ちが少しは理解できた。もっとも、僕の気持ちはそれ以上だけど。

 駅から十分ほど歩いた所にあるマンション。それが鉄道オタク兼ムーンゲッターの高橋君の家だそうな。五階建ての二階にある隅っこの家らしく、表札を確認してからインターフォンを押した。数秒も待たずインターフォンから返事が聞こえる。待ってたんだろうなぁ……


「夜分遅くに失礼します。高橋君の家であっていますか?」


 珍しくも煌耶ちゃんの自発的な敬語。それに対して、そうであります、と何故か軍隊みたいな応え方をする高橋君。しばらく待てばガチャリと鍵を外す音が鳴って扉が開いた。そこから顔を見せたのはメガネの少年だった。鉄道オタクという言葉から連想するイメージからは離れた爽やかな感じ。少しばかりおじさんなイメージを持っていたので反省しておく。ごめんなさい。


「どうぞどうぞ」


 高橋君の案内で上がらせてもらう。夕飯時のせいか、味噌汁のにおいがした。お邪魔します、と声をかけて彼の部屋へと入る。そこはオタクらしく色々な電車の写真が飾ってあった。もちろん模型もあり、僕なんかが触るのをはばかれる様な感じがして、出来るだけ部屋の真ん中へと座る事にした。


「そ、そそ、そそれで、なななんあなんの用事でしょう?」


 気持ちは分かるけど落ち着いてくれ、高橋君。たかが好きな人がレアな洋服で自分の部屋に座っているだけじゃないか。


「うむ、実は高橋君に教えてもらいたい事があっての。パソコンはあるかのぅ?」

「あ、あります!」


 机の上に示されたノートパソコン。僕と煌耶ちゃんは頷き、それを貸してもらう事となった。


「な、ななな、なんですか、この状況!?」


 パソコンにデータを移し前半部分を削除しなければならない。なので、高橋君と向かい合った煌耶ちゃんはその作業の間、高橋君の耳を塞ぐという行為に出た。落ち着いてくれ高橋君。たかが好きな人が自分の顔を覗き込みながら両耳を押さえているだけだ。キスシーンには程遠いぞ。


「もういいよ。フリーソフトを落としてこないとダメかと思ったけど、高橋君が使ってたから楽だった」


 いざとなったら高橋君に全てを話して協力を仰ぐところだったが、その必要は無かった。


「うむ。では高橋君、出番じゃ」


 煌耶ちゃんが端的に説明して、データを聞いてもらう事となった。


「は、はい! えっと、ちょっと待ってください」


 幸せから解放された高橋君は頭をブンブンと振った。気合いを入れる為なのか煩悩を振り払う為か、何にせよ良い胆力だ。僕は持っていない物だから、少し羨ましい。

 高橋君がパソコンに向かい音声を再生する。その後ろで僕と煌耶ちゃんは見守った。三回くらい聞いた後に、高橋君は不意に振り返った。何か問題があっただろうか? それともお手上げ?


「分かりました。これは神部電鉄ですね。三田から程近い場所だと思います」

「は?」


 え、もう分かったの? 神部電鉄? なんで?


「どういう事じゃ?」

「いや、単純な話でこの音を録音した事があるんです。え~っと、これですね」


 高橋君がデスクトップにあったフォルダを開き中にある音声データを再生した。それは紛れも無く電車の音。しかも少し離れた場所から録音したと思われる不可解なデータだった。


「なんじゃそれ?」

「乗り鉄、撮り鉄と言われている鉄道マニアですが、僕は電車がレールの上を走る音に特別さを感じる録音専門の『録り鉄』と呼ばれる種族です!」


 活字にしないと分からない様な事を高橋君は笑顔で言った。鉄道ファンにそんな種類がある事すら知らなかった僕は、はぁ、と首を傾げるしかない。煌耶ちゃんも同じ様な表情を浮かべたがすぐに元に戻した。そして、高橋君をヒシと抱きしめる。


「え、う、え、え、えええええええぁ!?」


 抱きしめられて悲鳴をあげる高橋君。たかが好きな人が自分を抱きしめているだけじゃないか。普通に喜びなよ。


「感謝するぞ、高橋君。君のお陰で救われるやもしれん。場所を、場所を詳しく教えよ」

「は、はいいいぃ!」


 マンションの一室に、悲鳴にも似た返事が木霊するのだった。

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