第2章-3

「――という訳なんだ。父さんは何か覚えはある?」


 その日の夜。道場にていつもの練習が終わり、僕と父さんだけになったところで今日の話をしてみた。


「尾行ね」


 父さんが突きを繰り出してくる。それを丁寧に捌きながらの会話。小学生時代はポコポコと殴られていたけど、最近は大丈夫になってきた。でも油断すると突きの速度に付いていけなくなる。会話しながらといえど、油断は出来ない。


「お前と煌耶ちゃんを尾行していたのは、生徒ではないんだな?」

「はっきりと姿は確認してないけど。少なくとも子供ではないと思う」


 煌耶ちゃんには隠していたけれど実は、今日の出来事はかなり複雑だった。三田駅に着いた頃から、僕の首筋にネットリとした視線を感じていた。それは好意とかそういう類ではなく、また殺意めいたものでもない。とにかく、尾行をする僕達を何者かが尾行していたのは確かだ。


「恐らく、輝耶ちゃんと煌耶ちゃんが尾行に気付かないのは、慣れだな」

「慣れ?」

「あぁ。あの娘達は小さい頃から人々の注目を集めている。他人の視線には慣れっこ、という訳だ。敏感であればある程に慣れてしまったという状態だ。焼肉屋で、にんにくの臭いを感じられなくなるのと一緒だな」


 視線とにんにくの臭いを一緒にしていいかどうかは分からないけど……


「まぁ、了解した。こっちでも話を通しておくよ。だが、学校ではお前がしっかりするんだぞ。大の大人が学校をウロウロする訳にもいかないしな」


 分かった、と答えながら突きを捌き、父さんの懐へ。そのまま肘を溝尾に叩き込む、手前で止めた。


「よし、続けて技の練習にうつる」

「応っ」


 毎日の居残り特訓。夕飯までの時間は大抵、父さんと練習する日々だ。できれば宿題を片付ける時間が欲しいのだけど……ご飯を食べてお風呂に入ってからになっている。その時間に煌耶ちゃんに呼び出される事もあるので、僕の生活って忙しいよなぁ。

 まぁ、エリート共には負けるけど。なんでも学校が終わればそのまま塾に行き、家に帰るのは日付が変わった頃だとか何とか。睡眠時間も短いらしく、そりゃもう人生を勉強に捧げているそうだ。

 アルファベット組の生徒会長。伊勢守剣座。その貴重な勉強時間を使ってまでの尾行好意。果たして、どんな意味があったのだろうか。そして、僕達を尾行していた人物。生徒会長との関連はあるのだろうか。


「雑念が入っているぞ。それじゃぁダメだ」

「は、はい」


 あぁ、ダメだダメだ。今は練習に集中しよう。考えても分からないものは分からない。僕は探偵ではなく、ただの中学部の生徒なんだから。

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