第8話 捜索

 明くる日からサラはカイリを連れてイルカの捜索を始めた。馬車で街を走り、イルカを見かけた衣料品店の辺りを中心にくまなく探し回った。サラは衣料品店の前で馬車を降りると、通りを行く人や店の店員に聞き込みを始めた。


「すみません。この辺で、茶色の髪に緑の瞳、背はこのくらいの若い男性を見ませんでした?」


「うーん、ちょっと分からないな」


「そうですか……ありがとうございました」


こんな具合に、出来るだけ沢山の人に聞き回った。



 何十人かに聞き回った時、ある女性がこう答えた。


「ああ、その人なら、ナジル街の方へ行くのを見たわ」


「ナジル街?」


「この通りを真っ直ぐ行って、大きな書店の角を左に曲がってずっと行くと、ナジル街よ。でもねえ……」


「何ですか?」


「ちょっとガラの悪い地域なのよね。奥さんみたいな方が行くような所じゃ無いわ」


「……ありがとう」



 サラは馬車へ乗り込むと、ナジル街を目指した。言われた通り、書店の角を左へ曲がってずっと進むと、街の様子はガラリと変わった。崩れかけた住居、ゴミの散乱した道路……いわゆるスラム街である。ナジル街へ着いたサラは馬車を停めると、降りて通りを歩き回った。途中でいかにもガラの悪そうな男達が、ジロジロとサラをみつめる。だが、そういった男等、娼婦時代に散々見てきた。サラは思いきって一人の男に声をかけた。


「すみません。この辺で、イルカという、茶色の髪に緑の瞳のこのくらいの背の若い男性を見ませんでしたか?」


「ああ、イルカなら知ってるぜ。アスランの所の若いのだな」


「アスラン?」


「この街のマフィアのボスさ。宝石や酒なんかを売りさばいて、結構儲けてるね」


「宝石?」


サラの頭にタンジーの事が思い浮かんだ。


「まあ、偽物や粗悪品なんだけどな、それでも普通の人間にゃ良く分からんだろう? 無知な奴等にゃ良く売れるらしいぜ。イルカっていう若い奴は、アスランの手下だよ」


「そう……何処へ行けばイルカに会えるかしら?」


「この先の赤く塗られた建物に居るよ。でもなあ……」


「何です?」


「どういう事情か知らないが、奥さんみたいな人が行くような場所じゃ無いぜ」


「良いのよ、ありがとう」



 サラは男に礼を言うと、赤い建物を探した。日干し煉瓦で出来た壁を赤い漆喰で塗りかためた建物に到着したサラは、入り口のドアをノックした。中から


「誰だい?」


と低い男の声がする。


「サラといいます。ここにイルカが居ると聞いて来ました。彼に会わせて」


「何で奴に会いたいんだ?」


「幼馴染みなのよ」


ドアが開いて、男が顔を出した。頬に傷のある、浅黒い肌の男だった。


「イルカは?」


「この奥さ。イルカ!」


男が大声で呼ぶと、イルカが現れた。


「イルカ!」


サラはイルカに駆け寄ると、彼を抱き締めた。


「サラ……」


イルカは戸惑い勝ちにサラを抱き締めると、


「どうしてここへ?」


と訊いた。


「貴方に会いたかったからに決まっているでしょう! ずっと探してたのよ……あの時、何故逃げたの?」


「それは……だって俺、金持ちになってサラと結婚するつもりだったのに……街へ来て、仕事を探したけど、俺みたいな田舎者を使ってくれる所は無くて、結局マフィアのボスに拾われて……こんな姿、サラには見せたく無かった……」


「そんな! そんな事構わないのに!」


「サラは何故街へ? それと、その後ろにいる男は何だ?」


「それは……」


サラは今までの経緯を話した。


「タンジーだって?」


タンジーの話をすると、イルカは驚いた声を上げた。


「ええ、それがどうかした?」


「いや……」


イルカは口ごもって黙り込んだ。


「何でも無いさ。それで、サラは幸せなのか?」


「分からないわ……タンジーは優しくてお金持ちで、私の事が好きだわ。でも私……幸せかどうか分からないわ……」


「そうか……まあ、とにかくせっかく来てくれたんだ、今コーヒーを入れてくるよ。そこの椅子に座って待っていてくれ」


イルカはそう言ってサラを椅子に座らせると、奥のキッチンへ入って行った。



「あんた、タンジーの奥方かい?」


さっきから黙って二人のやり取りを聞いていた傷の男がサラに話しかけた。


「ええ、それがどうかした?」


「いや、まあ……何でも無いさ」


男はイルカと同じ様に口ごもって、それきり黙った。何故タンジーと聞くと二人ともそんな反応をするのか、サラには不思議だった。



「コーヒーお待ちどう」


イルカがカップを二つ持って戻って来た。


「ありがとう」


それからしばらく、二人はコーヒーを飲みながら、昔話に花を咲かせた。サラは数年振りに幸せを噛み締めていた。やっと愛しのイルカに会えたのだ。イルカがマフィアの手下だとか、そんな事はサラにはどうでも良かった。彼が無事に生きていて、こうして私と話している……その事こそが何より重要なのだった。


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