砂漠の薔薇
夢咲香織(ユメサキカオリ)
第1話 序章
サラはぼんやりと天井を見つめていた。所々染みの着いた板張りの天井は、何時も眺めている物と微塵も変化は無く、サラは大きく溜め息をついた。天井から壁に目を
行為が終わると、男はそそくさと服を着て、部屋を出ると居間で待っているサラの祖母、ナミマの所へ行き、軽く挨拶して出ていった。ナミマは先払いでもらった金を金属で出来た箱にしまい、中からコインを三枚取り出して寝室へやって来た。
「疲れたかい? 今日はこれで終わりだ。夕食は羊肉のスープにするから、これで肉を買ってきな」
そう言ってコインをベッドへ放ると、部屋を出ていった。
サラは麻で出来た目の荒いチュニックとスカートを着ると、端っこの欠けた鏡を覗き込んだ。小麦色の肌に真っ青な透き通るような瞳。髪はこの辺りの住人には珍しく、母親譲りの金髪だった。髪を整えると、サラはコインを掴んで表へ出た。西の空が黄金色に染まって、夕暮れ時を告げていた。東の空には既に青白い星が輝き始めている。乾燥した空気が汗を急速に乾かしていった。家の前の小路を歩いて大通りへ出ると、仕事から引き上げる人々の群れで辺りは賑やかだった。この大通りはオアシスの周りをグルリと囲むように走っている。ここは広大な砂漠の片隅の小さなオアシスの村だった。水面は夜空を映して、まるで紺色の鏡のように穏やかだ。その美しい水面を見て、サラは自分の荒れ果てた心との余りの違いに苛立った。道端に落ちている小石を拾うと、思い切りオアシスに向かって投げ入れる。小石は水面に円形の波を作ると、底へ沈んでいった。にわかに波立った水面を見て、サラは満足する。
何時だったか、このオアシスで幸せな時を過ごしていた気がする。遥か昔の事だが、あの頃は真実を生きていたような気がする。今のような魂の脱け殻では無く――サラはオアシスの縁に腰を降ろすと、既に静かになった水面を見つめた。冷たく澄んだ水、皆の命の糧――サラの脳裏に昔の記憶が甦った。
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