居眠り運転【オチまで2分】

「アル、ハイビスカスDの5263番まで走れ」

 空気抵抗を減らした曲線の美しい車に乗り込むと、男はそう吐き捨てた。


「了解しました。キリル・バトゥ様」

 前方の液晶画面から音声が流れ、赤い車は男の手を借りることなく発進する。人工灯の明りが照らす夜の街を車は走っていった。


 自動運転技術は進歩し、とうとう人の操作を必要としない域に達した。そのおかげで各車の位置は同期され、事故件数はほぼゼロに近い状態にまで落ち着いた。


 男は運転席で居眠りしていたが、一時間ほど経つと目を覚ました。


「今どこらへんだ」


「目的地まであと25キロメートルほどです」


「まだまだだな。おせー車だ。役立たず」男は顔をしかめ、タバコと声を出した。


「音声が乱れていたようです。もう一度仰ってください」


「タバコだよ! タバコ! さっさと用意しろこのグズが!」


「申し訳ありません。すぐに用意いたします」

 アルはグローブボックスを開くと、天井についたマジックハンドの左手で器用にタバコを取り出し、男の口元へ持っていった。マジックハンドの右手でライターを持ち、タバコに火をつける。


 またしばらく走らせていると、男は煙を吸い上げる車の天井を見上げて呟いた。


「新燃料にしてから、少しは早くなったかと思ったのに、そんな変わんねーんだな。ちくしょう。騙されたぜ」


「いいえ、キリル・バトゥ様。アストロイルは前世代のゼネラロイルよりも燃焼効率が1.2倍になっています。二酸化炭素を発生させないため、地球にも優しくーー」


「うんちく語るんじゃねぇこのヘボ野郎っ!」

 男はハンドルを蹴り付けた。大きくクラクションが鳴る。男はため息を吐くと、再び眠りについた。


     


「なあ、アルクトゥールス、スピカ。今度、三人で旅に出ようぜ」

 赤と青と白。三色の車が並び、小さな白い車の窓から声が漏れる。


「ええ? 旅なんて出られるはずないよ。僕らは人工知能なんだよ?」

 アルは半笑いの声で答えた。


 三台の中で一番大きい青白い車から音声が流れる。

「デネボラも俺も、今の車の持ち主に貢献を認められているんだ。世の中には週に何時間か自由に移動できる権利が与えられている車もあるぐらいだ。俺たちもきっと外出許可が与えられる」


「スピカのいう通りだぜ。世界は広いんだ。休みが取れたら少しずつ、世界を見てまわろう」


「そうだね……」

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