才能商の愉悦

Taike

モッキンバード

 バーのマスターなんてのを十何年もやってると、変な客が来たところで、そうそう慌てることはなくなってくる。


 やれ彼氏に振られただ、やれ上司のパワハラが酷いだ、やれ女に騙されただ、やらなんやら。それはもう、これまでウンザリするほどに客の愚痴聞かされてきたし、長年こんな経験をしていれば、どんな言葉をかければ客が満足するかってのも大体分かる。人を見る目にはかなり自信がある方だ。


 面倒な相談を受けた時に大事なのは、問題を解決することでもなければ、正論で客を殴ることでもない。薄暗いカウンター席で、小洒落たジャズでも流しながら、それなりに美味い酒をふるまい、言葉を選びながら相手を肯定する。それだけで面倒な客ってのは、勝手に満足して帰っていくものだ。必要なのは解決ではなく、客の承認欲求を満たすこと。それなりに人間観察する能力があれば、別段難しいことでもなんでもない。


「マスター。モッキンバードを1つ」


 しかし、最近やたらと俺にモッキンバードばかり頼んでくるこの男だけは、この長年磨いた観察眼をもっとしても、全くもって心の底が読めなかった。


「あいよ。いつものやつな」


 なんて形式的な応答をしつつ、いつものようにシェーカーの中へ素材を放り込み、腕を振って酒の調合を始める。


 室内だというのに黒のハットを被ったままで、サングラスも外さず、なぜか俺を見てニヤリと口元を緩ませるスーツ姿の男。コイツはつい最近、ウチの常連になった客である。


 その場違いな装いと、毎日のようにモッキンバードを注文してくる点以外は、この男に特筆すべき特徴は無い。俺と会話を頻繁に交わすこともなく、1時間ほど店に滞在するとすぐに帰るし、どちらかといえば良い常連客だと言えるだろう。


 しかし、なんというか、俺はこの男から言いようのない不気味さを感じるのである。根拠はないのだが、長年数多の客を見てきた俺でも見透かせそうにないような。そんな雰囲気を感じるのである。


「あー、そういやお客さん。アンタ、仕事は何やってんだい?」


 上下させていた腕を止め、グラスに酒を注ぎながら男に問いかけてみる。雑談、というよりは純粋にこの男への個人的興味からの問いかけだ。


「仕事、ですか。うーん、私の職業に名前はないのですが......そうですね。強いて言うならば、"才能商"とでも言っておきましょうか」


「ん? 才能商? そりゃ一体どんな職業なんだ?」


 聞いたこともない職名への疑問を示しつつ、俺はグラスに注いだモッキンバードを男の眼前へ差し出す。


「書いて字の如く、というヤツです。私は才能を人に売っているのです」


「? なんだ? そりゃ、なんかの比喩か? 特別な技能を教える先生でもやってるのかい?」


「いいえ、比喩でもなんでもありません。私は商品として数多の才能を人に販売しているのです」


「......おう、そうか」


 なるほど。ちゃんと話してみて分かった。


 この男は面倒な客だ。


 フィクションを真に受けるパターンの厄介な客だ。そう考えれば、黒ハット&グラサンでバーの常連になっているのも納得できる。ということはつまり、この男が纏う不気味な雰囲気ってのは、ただの中二病オーラだったのだろう。


「はは、やはり私の話は信じてもらえていないみたいですね」


「そりゃあアンタ、そんな御伽噺みたいなこと信じろって方が無理だよ。だったら、その"才能"ってのはどうやって売ってるって言うんだ?」


「販売方法、ですか。それはもちろん、お客様からお代を支払っていただいてますよ。まあ、お代と言ってもお金を貰っているわけではないのですが」


「ほうほう、だったら何を貰ってるわけで?」


「何、というのは具体的に言えません。提供させていただく価値に見合ったものを等価交換という形でお支払いしていただきます」


 等価交換、ね。一応商売の形にはなってると言えなくもないか。まあ、どうせ空想上の話なんだろうが。


 しかし作り話として聞くなら、つまらなくもない話だ。ちょいと深掘りしてみるか。


「だったら才能商さんよ。アンタは今まで具体的にどんな取引をしてきたっていうんだい?」


「過去の取引の例、ですか。そうですね。例えば"野球の才能"をお買い求めの方には代金として、"協調性"をお支払いしていただきました」


「おいおいアンタ。そりゃ本末転倒ってもんじゃないか? 野球ってのはチームプレーだ。協調性が無くなっちまったらチームプレーなんてできっこないだろ」


「ええ、そうですね。結果的にチームで孤立した彼は野球をやめてしまいました」


「なんだよ。それじゃあまるで意味が無いじゃないか。結局客が苦しんだだけだ」


「ええ、そうですね。私は代金として協調性をお支払いしていただいたのです」


「は? おいおい才能商さんよ、それは一体どういう意味で......?」


「そのままの意味でございます。私は彼が苦しむ様を見たくて野球の才能を買い取っていただいたのです」


「......いやー、アンタ、そりゃちょっと性格が悪すぎるんじゃないの?」


「確かにそうかもしれませんね。しかし、こればかりは仕方がないことなのです。私は人間が欲に溺れて自滅する様を見るのが好きなのです。都合の良い話を信じ、堕落していく愚かな人間を見るのが好きなのです。私、性悪説論者なので」


「はは。アンタ、絵に描いたような性悪野郎だ」


「まあ、愉悦の感じ方というのは人それぞれですので。偶々私がそういう人間だったという話です。しかし、今の話を聞いて彼のことを憐れみもせずに笑っていられるマスターもなかなかに性悪なのでは? 彼のことを可哀想だとは思わないのですか?」


「うーん、まあ、才能なんて先天的なものを後付けで買おうとすること自体、ナンセンスだからな。それはアンタの顧客の自業自得ってヤツだろうよ」


「......ふふ、やはり私の目に狂いはありませんでしたね。実は一目見た時から、なんとなくマスターは私の話を楽しんでくれると思っていたんですよ。今までしつこくモッキンバードを注文したのは間違いじゃありませんでした」


「ん? おいおい、どうして今の話がモッキンバードに繋がるっていうんだ?」


「いやだなぁ、何年もマスターをやってるんでしたらカクテル言葉くらい分かるでしょうに」


「ん? カクテル言葉?」


 えーっと、確かモッキンバードのカクテル言葉は......


「はは、なるほど、そういうことか」


「ふふふ、お分かりいただけましたか」


 なるほど。まあ胡散臭いことに変わりはないが、この自称"才能商"さんとは良い付き合いができそうだ。


※モッキンバードのカクテル言葉「似たもの同士」

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