第26話 苦しいうそ、優しいうそ(3)母親と子
愛想笑いをして、
「何を言ってるのかしらこの子は」
などと誤魔化そうとしている母親達に、蘇芳は目をやり、次いで、鴨井の母親に向かって口を開いた。
「名誉棄損で訴えますか。窃盗の罪も捏造しましたし。弁護はお引き受けしますが」
それに、鵜岡親子達の方が慌てる。
「じょ、冗談でしょ!?ただの噂話じゃないの!」
「その噂話で名誉も精神にも傷つけられたのですから当然です。
ああ。お子さんはまだ小学生ですから、家庭相談所で――」
明らかに脅しだとわかって萌葱は内心笑いそうになっていたが、子供達は目を剥いた。
「そんなつもりじゃなかったんだ!」
「そう!ちょっとイタズラしただけで」
「ちょっとふざけただけだよ!」
「でも、警察を呼んでいたら、正直に言ったんですか?それに、イタズラでお店の売り物を使ってもいいと思ったんですか?」
子供達は自分達がした事の重大さをわかったようで、青い顔を助けを求めるように母親に向けた。
「ああ。米原さん、窃盗事件です。もう警察に連絡は入れましたよね?」
蘇芳が米原を振り返って言い、ウインクをして見せると、米原夫人は一瞬笑いそうになってから、おもむろに時計を見た。
「そうね。そろそろ来る頃だと……」
それで鵜岡親子達は、慌てふためいて、謝罪し始めたのだった。
ひとしきり謝罪され、鴨井の母親はもういいとその謝罪を受け入れた。
「離婚して私が育てていますが、仕事があるので、学校行事にはなかなか参加できないのは事実です。仕事が忙しく早出残業休日出勤で、食事を準備できない日は、お金を渡しているのも事実です」
「お母さんは悪くない!一生懸命働いてくれてるんだから!なのに、呼び出したりして、ごめんなさい」
「さっきは、お母さんに何をいわれているのか聞かせたくなくて、うそをついたんですか。優しいうそですね」
鴨井は赤い顔をして、そっぽを向いた。
「君達は、イタズラをしたりからかったりして、鴨井君と遊びたかったんじゃないですか」
萌葱が訊くと、鵜岡は赤い顔で
「ち、違うからな!お前大きいくせにバカじゃねえの!?」
と否定したが、萌葱は笑って言った。
「うそですね。誰が見ても一目瞭然でしょうが」
鵜岡はさらに何か言いかけたが、烏山と鳩谷は頷いた。
「うん。この頃あんまり放課後とかに遊ばなくなったから」
「前は毎日夕方まで遊んでたもんな。鵜岡もそうだよな。本当は一番仲が良かったし」
鵜岡は赤い顔でそっぽを向いた。
「好きな子を虐めるってやつか。小学生だなあ」
萌葱がぼそっと言うと、蘇芳がプッと吹き出した。
「ちゃんと言わなきゃね。誤解されて、ますます遊べなくなるよ。
それと、イタズラしたり、確認せずに憶測で物事を決めつけるのは良くないね。
お母さん方も、子供は親の鏡です。親の言う事をそのまま、外で正しい事だと思って口にもします」
鵜岡親子達は、揃って神妙な顔で頭を下げた。
「それから、鴨井君。何があろうと、暴力はいけないよ」
鴨井親子は、頭を下げた。
「ふうん。そんな事がねえ。それで、仲裁の報酬が、このバゲットなわけか」
望月家の夕食の席で、その話をしていた。
お騒がせして、と、米原さんからバゲットを貰ったので、バゲット、グラタン、サラダ、ハンバーグという夕食になった。
「そっちは片付いたけど、聞いてて、鴨井さんの勤務時間が気になったよ。訴えれば確実に勝てるのに」
蘇芳が言い、浅葱が笑い出す。
「まあ、それが決算を終えても続くとか、契約社員云々とか言い出した時には、力になってあげればいいんじゃないの」
萌葱は言って、バゲットにかぶりついた。
蘇芳は頷いてグラタンをすくい、ふと訊いた。
「お前達には、親代わりとして十分な事ができていないな、俺は」
浅葱と萌葱が、喉を詰まらせそうになった。
「突然、なに、兄貴?」
「十分よくしてもらってるけど?」
「そうか?家事だってなあ」
「それは、時間とかを考えれば、これが合理的だろ?」
「クラブとか塾とかいいのか?浅葱も、飲み会とか行かないだろ?」
「クラブに興味はないし、塾に行かなくても成績は落とさないからいいよ」
「俺も、あんまり飲み会ってないんだよなあ。ほら、俺以外みんな女の人で、既婚者が多いし。
兄貴こそ、彼女作らないでいいのか?あ。北条さんか?」
北条というのは蘇芳の先輩弁護士で、今は望月法律事務所の所属弁護士だ。キリッとした美人である。
が、蘇芳が真面目な顔をして言った。
「やめてくれ。あの人となんて、想像したくもない」
北条はここの2階に住んでいるので、浅葱も萌葱も、素顔をしってしまっていた。なので、その意見には、素直に同意する。
「そうだな。あの見かけであの生活はないな」
「苦労するよな」
仕事ができても、家事ができるとは限らない。時々プロを呼んでいるので掃除や片付けはされているが、家事はまったくだめで、一番好きな飲み物はアルコール。ゴミの日に物凄い数の空の一升瓶が出されているのを見て、いつも静かだが頻繁に大人数で宴会をしているのかと思ったものだ。
「他と言えば、高山さんか」
「ないな」
「ないよ」
兄弟はなぜか寒気がして、揃って体を震わせた。
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