第14話 高層階の死神(3)DV男

 DV男は、淀 仁志という名の20代半ばの男だった。園田ゆかりという女性と夫婦関係にあったが、度重なる暴力と、その後の反省に耐えかねてゆかりは離婚を決意。しかし探してまた連れ戻そうとするので、ゆかりは実家からも離れ、一人で暮らしていた。

 ところがどこから探し出して来たのか、こうして元夫の仁が来たのだと、ゆかりと仁の会話から、皆、察した。

「それで、あなたの望みは何ですか。復縁ですか」

「それよりも、死にたくなかったら動くなって何なんです?」

 ビジネスマンが皆の疑問を代表するようにして訊く。

「俺は工学部出身で、爆弾の作成はお手の物なんだ。これはその、お手製の爆弾だ」

 女子達が、ヒッと喉の奥で声を上げた。

「このエレベーターには、細工をさせてもらった。リモコンを押すと、止まるようにな」

 仁志はそう言って、小さなリモコンを見せると、

「復旧には時間がかかるだろうなあ。基盤をめちゃめちゃに破壊したんだから」

と言って、楽しそうに笑い始めた。

 それを皆、気味悪そうに見つめる。

 仁志はピタリと笑いを納めると、ゆかりの腕を掴んで顔を近づけた。

「なあ、ゆかり。もう暴力は振るわない。約束するから」

 ゆかりは怯え切って、声も出ない。

「そうやって何回も暴力を繰り返したんでしょ!?だめよ!」

 香川が仁志を睨みつけながら言うと、ビジネスマンとOLが、ギョッとしたような顔を香川に向けた。

「黙って!刺激しないで!」

「しぃー!」

 香川は不満そうにしながらも、小鳥遊にも肩を叩かれて黙った。

「よりを戻すって言ったら、爆弾を、爆発させないの?」

 OLの一人が言い、皆の視線に体を小さく縮こませる。

「いや!」

 ゆかりが強い声で言って、頭を抱えてガタガタと震え出す。

 仁志はそれを見下ろして、笑った。

「じゃあ、俺と一緒にここで死んでくれ」

 それにほかの皆がギョッとする。

 ゆかりも弾かれた様に顔を上げ、仁志の顔を見つめた。

「え?」

「俺の言葉を信じてよりを戻すか、俺を信じないでみんな一緒に死ぬか。

 どっちにする?ゆかり」

 静寂の後、OLと城崎が泣き出した。


 地上では、エレベーターを管理する基盤が爆弾によって破壊され、14人が宙吊りになっている事にまず慌てた。

 そしてその犯人は、外から侵入しようとしたり、元妻が復縁に応じなければ、エレベーター内で爆発物を爆発させて全員で死ぬと言うのに更に慌て、警察に連絡した。

 その後は、乗っていた人物の割り出しと、その家族への連絡だ。

 下には、警察と消防、閉じ込められていた利用者の家族が集まっていた。

「兄貴!」

 急いで駆けつけて来た浅葱は、蘇芳を見付けたが、同時に高山も見付けた。

「何で」

「警察だからねえ」

 眉を寄せる浅葱だったが、蘇芳に

「浅葱」

と呼ばれて、気にしない事にした。

「萌葱も乗ってるって、間違いないのか?」

「らしい。エレベーターに乗るのを、社会見学先の社員が見送ってくれてた」

 蘇芳が青い顔で言うのに、浅葱は

「くそっ!」

と漏らす。

「エレベーター内の防犯カメラは基盤が潰れて映らないし、管理室とのマイクだけが情報源らしい。それによると、一応皆、ケガはないようだよ」

 管理室へとつながるマイクは、この対策本部につながるようにして、全員で、息を殺してそこから聞こえて来る音、声に、耳を傾けていた。

『ゆかり』

『信じられるわけないでしょう?これまで何回繰り返したと思ってるの。暴力をふるっては謝って、また暴力をふるって、謝って』

『こ、今度は命がけだし、本当かも』

『本気で言ってるんですか!?』

『あんただって死にたくないでしょう!?きれいごと言ってるんじゃないわよ、高校生!』

 色々な声が、聞こえて来る。

 無事でいてくれと祈る皆の中で、高山だけが、薄っすらと唇の端を吊り上げていた。

 上も下も、不安と焦りと恐怖と祈りと猜疑に満ち溢れていた。



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