第12話 高層階の死神(1)殺し屋との邂逅

 蘇芳は警察へ被疑者との接見のために来て、高山に呼び止められた。

「ちょっといいですか、望月先生」

 高山みちるというその刑事は、有名だった。かわいい名前の響きとは裏腹に、鋭い目付きをした女刑事。捜査の為なら、暴力も脅しも、違法な事も辞さない。殺し屋というあだ名も、見た目の物騒さから来たという説もあるが、法に問えない犯罪者を殺したんじゃないかという説すらある。

 流石に殺人はないと蘇芳も思っているが、目の前に直に立たれると、自信が無くなって来た。

「はい。何でしょうか」

 直接関係のある事件は担当していない筈だと思い、やや警戒しながら口を開く。

「放火事件、お見事でしたねえ。真犯人を見付けるなんて、ドラマばりの活躍だ」

「たまたまですよ」

「たまたま、ねえ」

 高山は、フッと唇の端を吊り上げた。

「弟さんとの、ファインプレーといったところですか」

 蘇芳は高山の真意を測りかねながらも、穏やかに笑った。

「ええ。たまたま、ですけどね」

 それで気が済んだのか、高山は離れて行った。

 それを見送り、知らず、蘇芳は詰めていた息を吐いた。


 浅葱は帰宅の途についていた。

 と、高山が現れてギョッと足を止めた。

 高山は薄く笑顔を浮かべながら、警察手帳を見せ、

「高山です」

と言った。

(どこのヒットマンかと思ったぜ)

 内心で冷や汗をかきつつ、浅葱は

「どうも」

と短く答えて、続きを待った。

「この間の放火事件の件ですが。見事なファインプレーでしたね」

 高山が浅葱をじっと見ながら言い、浅葱はどうにも落ち着かない気分になりながら、答えた。

「たまたまですよ」

「たまたま」

 夜道で人を驚かせて楽しんでいた井尻の事は話してあるし、健太の事も話してある。

「ええ。目撃した健太がうちの園の子供だったので、近くを歩いてみたんですよ」

「嘘つきケンタと言われていた子の言葉を信じて?」

 浅葱は、警戒心を隠して笑った。

「保育士が子供を信じなくてどうするんですか」

「なるほど。でも、別の子が靴下を破ったのを犬のせいにしたのは信じなかったのに?飼い犬が噛んで引っ張ったって」

 浅葱はギョッとした。

「よくご存じで」

「飼い犬がイタズラする方がありそうなのに?」

「それは、信じなかったというより、その、別にいいかなって……」

 高山は1歩近付いて、言った。

「この前、弟さんが見学にいらしたとか」

 ピクリと反応しそうになるのを、辛くも堪える。

「学校の課題ですよ。職場見学の前に、どこかの職場を見学して短いレポートをかくとかで。うちの兄の所にも行きましたよ」

 高山は唇を引き上げると、

「ありがとうございました」

と、踵を返した。

 浅葱はそれを見送ると、ふうと息をついて呟いた。

「やっべえ。死神みたいなやつだったな」


 萌葱は悩んでいた。

(レタスが安い。半額以下だ。でも、そうそう長持ちしないしな。レタスしゃぶしゃぶもいいけど、あれだと豚肉か牛肉も買わないといけない。

 豚は何で特売じゃないんだ。

 ここはやっぱり予定通り、3枚298円の干物か)

 買い物かごを下げて真剣にレタスを睨みつける姿は、難しい物理か何かの難問に取り組んでいるかのようだ。

 しかし、夕方の値下げにかけて精肉コーナーで粘ると、首尾よく値下げシールを貼った豚スライスの争奪戦に勝つ事ができ、かなりの充実感に浸りながら、スーパーを後にする事ができた。

 そんな萌葱に声がかけられた。

「望月萌葱君?」

 そこには、警察手帳を持った高山がいた。

「はい」

「ちょっといいかな」

「場所を変えていいなら。スーパーを出た所だと、ろくでもない噂が広がりそうで」

 万引きとかに間違われたら困るどころではない。

 そのまま近くの公園に移動する。雑草がぼうぼうで、利用者をほとんど見かけない公園だ。

「料理は分担しているのか?」

「はい。まあ、時間の都合で家事の分担を決めていますが」

 それに高山は小さく笑った。

「それはそうだな。合理的だ。うちも、夫が自宅で仕事をするので、家事は夫任せだ」

 萌葱はそこに嘘を感じ取って、そのどこに嘘をつく必要性があったのかと少し考えた。

 それを見て、高山は満足そうに笑った。

「君は今、何を考えている?」

「は?」

「男に家事をさせる事についての是非?違うな。私に夫がいる事?」

 萌葱は高山の意図がわからなくて、返答に困った。

「学生時代にはよく声をかけられたんだがな」

「へえ」

「うるさいから殴りつけたら、そいつはヤクザの息子だったんで騒ぎになった」

「それは大変でしたね」

「君の反応は人とは違うな」

 ドキッとした。

「普通は、学生時代はよく声を掛けられていたと言えば見栄かと嗤い、ヤクザの息子のくだりで冗談だったと思って笑う」

「……人の言う事を疑ってかかるのもよく無いでしょう」

「そうか?そういう性格の人物には見えないがな」

 萌葱は、高山の目的がわからず、イライラして来た。

「それで、ご用件は何でしょう」

「なに。望月三兄弟に会いたかっただけだよ」

 高山は笑ってそう言い、踵を返した。

 萌葱はそれを拍子抜けしたような気持ちで見送り、

「何だったんだ?」

と呟いた。

 高山は、

「鍵は、ここか」

と、満足そうに笑った。


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