第10話 キャンプ場の悪意(4)窃盗事件
騒ぎが起こって教師が様子を見に来たが、それが窃盗事件とわかると、途端に深刻になった。
今川は無実を主張しているが、出て来たのは事実で、周囲の反応も、今川のいつもの態度などから、怪しむようなものになって行く。
担任が取り敢えず名前をと訊き、彼らは名乗った。
時計の持ち主は成田。金髪で、持ち物は流行を追った派手なものが多い。
今川に肘をぶつけたのは、松山。大人しい感じで、気が弱そうだ。
高松は普通に真面目で普通に遊んでいるという感じがする。
伊丹は眼鏡をかけていて、髪をよくいじるくせがあった。
彼らは名前も知らないような三流大学の落ちこぼれで、ナンパと暇つぶしを兼ねてこのキャンプ場に来ていたらしい。
そして、炊事をする前に50万の腕時計を外してテーブルに置き、そのまま忘れて食べ出してから、忘れていた事を思い出して、騒ぎだしたという事だった。
「今川、どうなんだ」
「俺じゃない!」
それに各人で色々な反応を見せる周囲の人間の中で、今川は怒りに震えていた。
小鳥遊はオロオロとしながら庇おうとしていたが、嘘とも嘘でないとも言えない程度に揺れていた。
やりかねないという奴は、嘘をついていない。
今川君に限って、などという奴は、大抵が嘘をついているか小鳥遊のようにグラグラとしていた。
萌葱は小さく嘆息した。
「皆さんの事情をもう少しお伺いしてもよろしいでしょうか」
そう言う萌葱を教師は黙らせようとしたが、担任だけは、
「そうですね。差し支えなければ。もしこの子がやったのなら、荷物を調べさせるのもおかしな話ですし」
と肩を持つ。
それには彼らも納得した。「それが手だ」と言う奴もいるが、その結果は窃盗犯だ。そんな手はない。
まず彼らは同じゼミの仲間で、一緒に課題に取り組むグループらしい。
成田は、オブラートをはぎ取って言えば、女癖が悪いという事だった。最近も新しい恋人ができたらしくて、この時計も、その彼女に貢がせたものらしい。そのほかにも何人もの女性にたかり、貢がせて、それで遊びまわっているらしかった。
手口は、ぶつかってスマホを落として割ったと言い、名前とアドレスと電話番号を聞く。そして話し合いと言って呼び出した後で、口説いて彼女にするか、弱みを作って彼女にするかするという。
それを聞いて、女子達の目が冷たくなった。
伊丹はバイトをして自分で学費を工面しているそうで、大抵いつも金欠らしい。
高松は自由な成田を羨み、憧れに近い気持ちすら抱いているようだ。
松山は気弱で人にはっきりとものを言えないタイプで、最近それが理由か、彼女にも振られたらしい。そして成田を、羨ましいと言った。
萌葱は考えた。
(どうやって、そこに持って行こうか)
「もう面倒だ。警察を呼ぼうぜ」
成田が言い、教師は慌てた。そして松山も、
「見つかったんだし、高校生だし、もういいじゃないか」
ととりなそうとするが、成田は楽しそうに笑って、
「示談金でもくれるのか?ああん?」
と言う。
それに女子達は不快感も露わに、
「最低」
「はげろ。いや、もげろ」
と言うが、ここにうそが欠片も感じられなかったのが、ある意味萌葱には恐ろしかった。
気を取り直し、訊く。
「ええっと、時計を外した後、皆さんはどこにいたんですか」
「俺は炊事場だ」
成田が言う。
「ぼくは管理池の方でトラウトを狙ってた。大きいのが釣れたら、持って帰って冷凍しようと思って」
これは伊丹だ。
「俺は炊事場で、米を研いだりしてたよ」
高松が言う。
「ぼくは川で釣りをしてた。その、静かなところで一人になりたくて。ボウズだったけど」
松山が言う。
川沿いには山桜が植わっており、地面が散った花弁で覆いつくされているほどだった。萌葱達も川で釣りをしたのでわかる。花弁がカバンの中に入ったり、靴の裏に貼り付いている。
萌葱は松山に頼んだ。
「靴の裏を見せてくれませんか」
松山は怪訝な表情を浮かべたが、大人しく見せた。
「あなたは嘘をついている」
全員が萌葱と松山に集中した。
「何を言い出すんだ、君」
「川沿いは桜の花弁でいっぱいで、踏まずには歩けなかった。そして、踏んで歩いたら、こうしてなかなか取れない」
萌葱は自分の靴の裏を見せた。踏まれ、濡れて貼り付いた花弁がそこにはあった。
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