追放の裏側(ガフ視点)

 ショウがドアを閉じるのを見て、私はブレイにささやいた。


「……行ったぞ」

「そうか……そうか…………」


 ククッ、ククククッ、と、ブレイが肩を震わせる。

 そうだ、ようやく私たちは――


「――やっと! やっとだ! やっと邪魔者が消え去った!」


 ブレイの絶叫に驚いたのか、周囲がざわめき始める。


「……おい、目立ちすぎだ」

「! ああ、すまない」


 ブレイは周りを見回したあと、バツが悪そうに椅子に座った。

 こいつは救いようのないバカではあるが、あいつと違って聞き分けは良いほうだ。

 だから、扱いやすいという点はそれなりに信用していた。


「……ようやくだな」

「ああ。早くアーネットに報告しなければ」


 ショウは自主的にパーティーをやめた、とな。

 私たちはそう言って、薔薇色の未来を想像しながら笑みを浮かべた。



 ショウは危険な人物だった。

 あの万人に優しく、そして力強いアーネットの心を奪ってしまったのだ。

 アーネットは「聖女」と呼ばれる人物だ。

 誰にでも分け隔てなく接する代わりに、誰にも執着を見せない。

 笑いも、怒りも、悲しみもするが、それは誰が対象であっても同じ質を持つものだった。

 私はそんなアーネットの姿を見て、天使ではないかと思ってしまったほどだ。

 だが、ショウと出会って彼女は変わった。

 彼女自身は気づいていない様子だったが、アーネットは日に日に人間らしくなっていったのだ。

 ショウに対してだけ、今までとは違う種類の表情を見せるようになった。

 彼の前でだけ、聖女と呼ばれる少女は市井の者と同じように、ありふれた表情を浮かび上がらせる。

 私は、それが恐ろしかったのだ。

 彼女はこの世に舞い降りた天使だ。将来、必ず聖女として民草の信仰を受け取る存在となるだろう。

 そんな彼女をただ女に変えてしまう彼が、私は憎くて仕方なかった。

 もちろん、理由はそれだけではない。

 ショウは孤児院の生まれである。

 王家に連なる血筋であり、また国教たるリース教で多大な影響力を誇る彼女と、ただの孤児で、パーティーの雑務をこなしているだけのショウとではまるで釣り合わない。

 どうにか彼を引きはがせないかと考えていたそのとき、この追放劇を思いついたのだ。


「ヘヘヘ……これでアーネットと……」


 そう、この傍らでへらへらと笑っている愚かな男の内心を知ったときから。


 ブレイはアーネットに片思いをしていた。

 その点ではある意味ショウ以上に危険な人物とも思えたが、彼のスタンスを見てその考えを改めた。

 彼は聖女たるアーネットを愛していたのだ。

 その上代々王国に仕えるアームストロング家の息子なのだから、渡りに船と言っても良いだろう。

 アーネットと出会う前は女性関係に問題があったそうだが、今は彼女一筋なのだから問題ない。

 さらに言ってしまえば、ただの雑用係だったショウとは違いブレイは前線で戦ってきた歴戦の戦士だ。

 周りからの評判も、彼のほうがずっと良いだろう。



「……あれ、ショウはどこへ行ったのですか」


 アーネットが心配そうにあたりを見回す。

 ようやく昇格の手続きが完了したようだ。


「アーネット、ショウはパーティーを出て行ってしまったよ」

「……え、どうして……」

「自分には力がないからって……すまない、私たちも必死に止めたのだが……」


 彼から伝えてほしいと言われたんだ。

 ありがとう、と。

 そう伝言を伝えると、アーネットは耐え切れず泣き崩れてしまった。


 一欠片だけ真実を入れるのは、嘘を吐くときの常套手段だ。

 おかげで彼女も信じきってくれたらしい。

 今は悲しいだろうが、その内これが正しかったのだと、理解してくれる日が来るだろう。

 ――そう、思っていたのだが。


「……どうして、許さない、絶対ににがさない、もし逃げるのなら、この身を汚してでも、四肢を切り落としてでも縛り付けてやる……!」


 アーネットが不気味にぶつぶつと呟きはじめる。

 どれも私たちには理解できないものだったが、すくなくとも良からぬ状況であることだけはわかった。


「ア、アーネット……?」


 ブレイがおずおずと彼女に声をかける。

 あきらかに混乱した様子だ。

 無理もないだろう。いくら好いた女とはいえ、ここまで取り乱した様子を見るのははじめてなのだ。

 私自身、これまでとも、ショウの傍らにいたときともまるで違う姿を見て、混乱を抑えきれずにいる。


「……はい、なんでしょうか」


 ブレイの言葉が届いたのか、アーネットはいつもの調子に戻った。


「……アーネット、先ほどのは」

「先ほどの? なんのことでしょうか」


 私にはわかりかねますと、本当に理解していないかのように彼女は首をかしげる。

 ……この様子を見るに、きっと先ほどの光景は私の見た幻覚なのだろう。

 最悪の事態を恐れるあまり、それを幻視してしまった、といったところだろうか。

 そうだ。アーネットはこの世に舞い降りた天使なのだ。

 そんな彼女が、ああも取り乱すはずがない。


「……ショウもひどいですね。私になにも言わずに出て行ってしまうだなんて」

「そうだな。だが、それだけショウも追い詰められていたということだろう」

「ええ。これからは私たちも、同じようなことがないようにしなければなりませんね」


 これからがんばりましょう。

 そういって、アーネットは聖女の笑顔を見せた。

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