Vtubeドロップアウト!!
有栖川 黎
プロローグ
息が白くなるほどに部屋の温度が冷え切り、細胞が布団から出ることを拒む。
そんな細胞との闘いを終えて今日も立ち上がる。
窓開けると、世界有数の大都会だと言うのに閑古鳥が鳴き、朝日が空と人のいない地を照らし今日もまた仕事をしに暗き底から一筋の希望を連れてくるかの如く出る。
と言うのは、冬にはよく感じられることだが半年もしないで21歳の誕生日を迎えそうな俺は2月のある日、二年通った大学を思い切って辞めた。
いつから不満があったのかと言うと入学して数日目から不満を持っていた。
不満を持つ理由としては、端的に「授業が教科書を読むだけで既存の物との答え合わせに過ぎず面白くないから」である。
わがままな話ではあるかもしれないし、これは俺自身が感じたことに過ぎない。
しかしながら、これは俺自身にとっては非常に耐えられないことだったし、そんなものが勉強だとも思ってもいない。それ故にお金を払う価値がないと勝手ながらそう解釈して親に同意を取り大学を退学した。
親には申し訳けない気持ちと同様に偉大さとやさしさを身をもって感じた。
大学を辞めて一週間が過ぎたころ俺は飛行機雲のできた空を見上げてふと思う。
「あの時は本当に頑張ったな」
俺がまだ高校生の時は政治家になりたいという大きな野望があった。
だから、頑張って受験にも挑み大学ランク的にも両手で指折り数えられる程の大学に合格できたが…… 授業のつまらなさ、議論の少なさ。そして度重なる周りの人間の行動や言動の品のなさにやる気を削がれて大学1年の夏に熱く燃える魂は羽化と共にセミの抜け殻のごとく大学に籍を残したまま飛び去ってしまった。
気付けば、20歳で年を取ることがどれだけ早いか身をもって感じてしまう。
今は、無職で持てる者は何もなくVHSを擦り切れるまで巻き戻しては再生する日々だ。
特に大きく変わることも何もない日常だが、たまに変化が加わるひと時がある。しかしこれは変化ではなくて、繰り返し過ぎてテープが擦り切れる寸々なのかもしれない。
街ゆく人はきっと20歳で無職ならば不安を覚えることだろうが俺は全く持って不安は無かった。
むしろ、何もない今なら何にでもなれるから何でもやってみよう! 失敗しても良い。どんどん経験と知識を帝国主義のように自らの手と足を伸ばして得ていきたいと自然に思えるようになっていた。
やりたいことは決まっている。それは作詞作曲、執筆活動、そして配信活動であった。
駅を出てふと思う。
自らの発案を教授に提言して一緒に考えていくような授業を行っている大学に行きたい。
そう思うと俺の心は止まってはいられなかった。
携帯電話を取りだして、見つけた大学の学部はまさに自分が夢にまで見たような学部で既存の物はほとんど学習しない。
自らの発案能力と対話、想像力に重きを置き、既存の物は例えるなら漢字を忘れてしまったときにひく辞書のようなものとして補助の役割を果たす。そんな授業方針の学部だった。
一か月後、俺は無職と言う階級から学生と言う階級に再び返り咲いた。
桜花が道を鮮やかに染め、新たな来訪者を歓迎しているようなどこかやさしく見守ってくれるような雰囲気が漂う。
野花は凍てつく大地の圧政から解放され芽を覗かせる。
春風は摩天楼を通り抜け新たな風を運んでくる。
猫は塀を飛び越えこちらを見る。
雅やかな川の音は聞く者の心を癒す。
感傷に浸りながら新たなる学び舎を目指して俺は周りの風景を脳裏に焼き付けながら進んだ。
初めての授業が終わり俺は心の中で求めていたものはこれだと確信した。
その日の夜に趣味で前からずっとやってみたかった配信活動をするために必要な機材を調べてネット上で購入し、初めてVtuberの生配信を見る。
初めて視聴した配信者は猫丸あずさという超人気Vtuberでチャンネル登録者が185万人である。
彼女は配信中に投げ銭をしてくれた人やコメントをしてくれた人にきちんとお礼を述べている。それと声が透き通りのどが渇いた時の水のように体に染みわたり癒されることが人気の理由なのだろう。
次の日の朝、俺は猫丸あずさの配信スタイルをメモ帳に書き込み自分の配信スタイルに取り入れた。
また、彼女が配信の中で行っていることを極力多く取り入れてゲームなどのコンテンツも人気作品だけピックアップして互換性を持たせた。
次にYouTube上の概要の部分なども同じように大部分を参考にした。
さらに翌日、注文していた機材が届き残るはVTuberに必須な絵の発注であるがこれが最難関の試練で、どういう訳か新参者がいきなり著名な絵師に依頼をしていいものかとつい躊躇してしまい思いのほか絵の発注に悩まされたが何とか絵の依頼をすることができた。
10日後になって発注していた絵が届きようやく10分間の初配信を翌日行うことに決めた。
翌日の夕方、遂に俺はVTuberとして産声を上げた!
「どうも、こんばんは! 朝風シノンです。 よろしくお願いします」
と誰もいない世界で話を繰り広げて終わるのかと思っていたが、1名が最後まで視聴し、投げ銭をしてくれるだけでなくチャンネル登録をしてくれた。
ユーザー名は毛玉と言う方で「あなたの声はとても癒されますね‼ 応援していきます」とコメントまでくれた嬉しさでその夜は眠れなかった。
眠い目をこすりながら遅刻ギリギリのタイミングで講堂の席に着席した俺は授業で隣の席の方と共同で作業することになる。
「宜しくお願いします。名前は?」
どこか聞き覚えのある声で俺は隣の席に座る女性に話しかけられたが、考えても具体的に誰なのかが分からなかった為にすぐに俺は返答をした。
「初めまして、宜しくお願いします。賀陽結弦です」
俺が自己紹介すると相手もまた何かを考えるような態度を見せ、お互い何かを探り合うかのようにして俺は菅原ましろと出会った。
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