36:宰相 兼 宮廷音楽家、復活の前触れか!?

「そなたよ、どれだけ駄々をこねても通らないものは通らないのだよ」


 国王はため息混じりで、片膝をつくトリスタンに吐き捨てた。


「たった十八年しか生きていないあの女に、なぜ国を任せられるのですか! 私はあの女の三倍以上も生きているのですよ!」

「年齢は関係ない。実力だ」

「私の方が今よりずっと――」

「そなたはそもそも、ここに来る資格はないはずだ。そなたの時より民は生き生きとし、財政は上向きになった」


 国王は玉座から立ち上がり、トリスタンの目の前まで歩みを進める。


「それでも大赤字なのは、そなたのせいであろう!! 私の許可なしに戦争をし、しまいには莫大な賠償金まで課せられた!」


 トリスタンは後ろに持ってきている右手の人差し指を、クイックイッと曲げた。


「トリスタン、王城への出入りを禁止する」


 玉座に座り直した国王が言い放ったその時。


「アールテム国王の身柄を頂戴いたす!」


 異国の服をまとった男三人が『王の広間』に現れ、国王に飛びかかったのだ。


「誰だ!?」

「うるせぇ!」


 国王の護衛が男たちに突撃したものの、一瞬で護衛はくずおれてしまう。

 逃げ惑う国王はむなしく男たちに挟み撃ちにされ、口と手と足をしばられて引きずられていく。


 その様を、トリスタンは悪だくみの笑顔で見届けていた。


「トリスタン! そなた……やりよったな」

「国内に味方がいなければ、国外に作ればいいのですよ。盲点でしたね、陛下」


 トリスタンは玉座に座り、倒れている護衛を見下しながら高らかに宣言した。


「今ここに、トリスタン・ヴェルナが国王として君臨する。ヴェルナ朝の誕生だ!」


 アールテム王国の宰相は毒に侵され、国王は身柄を拘束されてしまった。


 トリスタンによるクーデターは、難なく成功してしまったのだった。






 私は騒がしい声に目を覚ました。


 ただ外でバカ騒ぎしているわけではないようだ。耳をすましてみる。


「国王陛下が異国の人たちに連れ去られたらしいわよ!」

「うそ!? まだグローリア様は復帰していないのに!」


 ま、ま、マジで!?


「グローリア様! 大変です!」


 ジェンナがただならぬ様子で部屋に駆けこんできた。


「今、外から聞こえてきました」

「はい、陛下が異国の民に拘束されたそうで……無事ではいらっしゃるみたいですが」

「王城はどうなっていますか?」

「騎士団が包囲して、一日中監視しています」


 無事ならよかったけど……って、それどころじゃない!


「それだけではないです。トリスタン公爵が国王への君臨を宣言してしまいました」

「トリスタンが!?」

「そのトリスタン公爵が命令して、陛下を捕らえたと見ております」


 私はまだしびれが残る体を起こす。


「今から急いでトリスタンに一言、いや、たくさん物申して……うっ……!」


 ズカズカと早歩きをしたとたん、左足に電流が走るような痛みを覚えた。


「グローリア様、お気持ちは分かりますが、無理をなさらないでください」


 ジェンナに肩を貸してもらい、またベッドに戻る始末。

 私は不甲斐なさに奥歯を噛みしめながら、こぶしを布団に落とすしかなかった。






「財政難のため、来週から国民一律 三割の税に変更する。支払わなければ脱税として一年の懲役だ」


 突然、アームテム王国の国民に言い渡された。

 勝手に国王と名乗り、国を牛耳り始めたトリスタン。私は毎日のように抗議の文書を送り続けているが、ただの紙くずになっているだけだろう。


 私は分かっている。税率を上げたのは、戦争の賠償金を支払うためである。たくさんの兵士を戦場に駆り出しておいて、その尻拭いも国民にさせるつもりだと。


「マジでふざんけんじゃねぇ……!」


 一日でも早く戻らなければ。

 リハビリを始めてからは、体が動かないという絶望しか感じていなかったものが、元の生活に戻れるようにするという一つの目標ができた。


 闇雲に走り続けることはできないけど、目標があるなら頑張れる。


「トリスタン、あなたの好きなようにはさせないからね!」


 私は早歩きの練習で息を荒らげながら、指の骨をポキポキと鳴らした。


「あっ、お姉ちゃん! がんばってね」


 ひょこっと、どこからともなくリリーが出てきた。

 やべっ、今の聞こえちゃったかな?


「そろそろサックスできそう?」


 あっ、今の聞かれてなかったかな。ふぅ。

 うーん、まだ体力に自信ないしなぁ。何分か吹いただけでバテそうだし。でも。


「あんまり吹かなさすぎてもダメだもんね。ちょっとやってみようか」


 私はリリーに楽器を持ってこさせ、自分の部屋に招き入れる。

 何週間かぶりに、壁に立てかけてあるケースを開く時が来た。


「久しぶり」


 私が毒に倒れた後、リリーがベルに言って楽器を持って帰らせていた。「お姉ちゃん、サックスと一緒じゃないと死んじゃうかも」と。


 私が目覚めることができたのは、もしかしたらこのサックスのおかげかもしれないよね。


 ストラップをつけてから、サックスという名の相棒を組み立てる。金属製のほどよい重量感。その重みを手と首で感じる。


「できそう?」

「うーん、久しぶりだからやばそうだけど。やってみるね」


 まずは先端の、黒いマウスピースだけで音を出す練習。

 くわえただけで口の筋肉が鈍っているのが分かる。だがとりあえず吹いてみる。


 ピィーーッ


 できた。思わず嬉しくなってしまった。

 私は、マウスピースと楽器本体をつなぐ『ネック』という部分にマウスピースをつけて吹いてみる。


 …………できた。


「よしじゃあリリー、ついにこれを本体につけて吹くよ」

「うん、リリーと一緒にやろ!」


 ネジでしっかりネックを固定してから、リリーと同時にマウスピースをくわえ、同時に息を吸い、同時にサックスの『ソ』の音を出した。


 二人の音が重なった。だがまるで一つの楽器が吹いていると錯覚するほど、音のズレがほとんどない。


「思ってたより悪くないね」


 宮廷音楽家 復活の兆しが、少しだけ見えた気がした。


「リリー、じゃあロングトーンやってみようか」

「うん!」


 吹奏楽の基礎中の基礎、吹く時に音程がブレず、ハッキリと長く出す練習をリリーに奨める。

 しかしいざやってみると、息継ぎなしで最高で十六秒間吹けていたものが、たった五、六秒で苦しくなってしまった。


「はぁ! やっぱダメだぁー」


 リリーは、初心者の合格ラインである八秒間を、しっかり吹ききっている。

 リリーに負けるのは正直屈辱でしかない。


「よし、驚くほどの早さで復活して、みんなをびっくりさせてやる!」

「お姉ちゃんがんばれ!」


 リリーの応援に心ゆくまで癒されながら、私はもう一度マウスピースをくわえた。

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