34:あれ、何かがおかしい……?

 私の腹の虫が鳴り始めてから、数分おきに鳴り続けている。止まってくれない。


「他の人はケーキ食べてたけど、私は色々準備で食べられなかったし! さすがにお腹すいた!」


 楽器を片づけ、リリーと二人で部屋に向かっている。


「リリーもお腹ペコペコ!」

「どんなおいしいのがでてくるかな?」


 部屋に戻ると、私たちは使用人に案内されたところに座る。

 席はさっきと同じ円卓で、私たちはベルの隣と決められていた。同じテーブルには、プレノート家の他に各国のツートップが座っている。


「二人とも、お疲れ様」


 ベルは、両隣である私とリリーの背中をトントンと叩く。


「ベルも聴いてくれてありがとう。みなさんもありがとうございました」


 私はこのテーブルにいるみんなにお礼をしておいた。

 料理が運ばれるまでの間は、音楽隊のことも話題にしてくれた。


「もしや、音楽隊に貴族以外も混じっております?」


 やはり格好で分かってしまったらしい。

 ていうか、そんなひそめ声で質問しなきゃいけないこと?


「はい、オーケストラと兼任している人をのぞけば、ほとんどが平民と農民です」

「の、農民も!」


 他の国もオーケストラをするのは貴族だというものがあるらしい。

 やっぱりかぁ。


「『音楽を楽しむのに身分はいらない』と考えていて。今日、それを実現できたのが嬉しくて……」

「さすがは宮廷音楽家殿。そういう魂胆があったのですね」


 そのようにしゃべっていると、部屋のドアが開いて大勢の使用人が入ってきた。カラフルなものが乗ったお皿を両手に持っている。


「お待たせいたしました。前菜のマリネでございます」


 魚や野菜の鮮やかな色が、透明な皿に透けてキラキラと輝く。

 ちょうど食べ終わるころに、湯気が立ちのぼるスープが運ばれてきた。タイミングばっちり。


「アールテムの人は貴族でもこんなに野菜を食べるのですか?」


 と、カルラー王国の国王側近。

 ……え? 『こんなに』って、うちのご飯じゃもっと出てくるけど?


「ついこの間までは、アールテムの貴族もそうだったらしいですね。私たちプレノート家は元平民なので食べ続けていますが。ある時、『野菜をたくさん食べると病気になりにくくなるらしい』と私が言ったら貴族の中にも広まりました」

「そうなんですか!」

「顔色がよく見えるようになったり、月に一回風邪をひいていたのがまったくかからなくなったり……したそうです」


 完 全 に 前 世 の 知 識 な ん だ け ど ね !


 貴族たるもの、やはり美容や無病息災はどこの国でも手に入れたいものらしい。

 政治に何も関係ないが、側近はなぜかメモをとっている。

 まぁ、元気なことに越したことはないし。シェアしてもいいよね!


 その時、急に寒気がして背中に冷や汗がツーっと流れた。

 スープを飲んでみる。うん、あったかくてホッとする。野菜のうまみがしっかり出ていておいしい。


「他にも健康維持に関することはありますか」


 私はその後も七人で話に花を咲かせた。


 しかし冷や汗は止まらず、小刻みに手が震えてきた。お腹は空いていたはずだが、どこか調子が悪い。

 頭がズキズキと痛み始め、さすがにマズいことを自覚した。


「あれ、顔色がよくありませんが大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れてしまったみたいです。でも大丈夫です」


 相手国の人に心配されてしまった。何か申し訳なく思ってしまう。

 リリーやベルも心配そうに私を見つめている。


「ちょっとお手洗いに」


 一旦部屋の外の空気を吸おうと、私は席を外す。足に力が入らずうまく歩けない。めまいで視界がゆがむ。


 ふっと意識が飛び、私の体が床に叩きつけられた。遠くの方で私を呼ぶ声が聞こえた。






「…………んっ」


 目が覚めると、私は自分の部屋のベッドに横たわっていた。


「お姉ちゃん! お姉ちゃんが起きた!」


 リリーの声。体がだるく、まだ頭痛がする。私の右手がリリーの両手で包まれていた。


「お医者さん呼んでくる!」


 リリーは急いで私の部屋から出ていく。一分ほどでリリーと、白衣を着た初対面の人が入ってきた。


「何とか事なきを得たようですね、よかったです」


 事なき……? そんなに私ヤバかったの?


「先生、私はどうなっていたんですか」

「…………毒で死にかけていました」


 言いづらそうな医者の口から衝撃的な言葉が飛び出す。

 えぇっ…………ど、ど、毒!?


「そんな……いつ飲んじゃったんだろ?」

「おそらく、パーティーのお食事中でしょう」


 いやいやいや! だって作ったものに何かないように、ちゃんと毒味の人使ったし!


「しかし、他の参加者には何も症状ないのが気がかりです」


 え? ということは、私だけ狙われたってこと?


「今、騎士団の方がグローリア様のお食べになったものや、食器もろもろを調べているそうで」

「そうなんですね……。ともかく、先生ありがとうございました」


 すると、ベルや他の使用人が私の部屋に入ってきた。


「グロー……! よかった」

「グローリア様!」

「よかった、お目覚めに!」


 メイドのジェンナは泣き崩れ、いつもはあまり感情を表に出さないベルでさえ、嬉し涙をこらえている。

 それに誘発されたのか、リリーが急に泣き出して私に抱きついてきた。


「本当に……お姉ちゃんが死んじゃうと思った……」

「リリー、もしかしてずっと私の隣に?」

「うん、ずっとずっと、お姉ちゃんの手をギューってしてた」


 私はこうせざるを得なかった。リリーの頭をそっとなで、「ありがとう、リリーのおかげだよ」と言葉にした。


 私が転生して初めて目を覚ました時も、リリーがそばにいてくれたんだよね。

 なんか私までもらい泣きしちゃいそう。


 力が入りにくい体を無理やり起こし、リリーとしっかりハグをする。泣き止まないリリーを私の胸にうずめさせる。


「ほら、ちゃんとドックンドックンって聞こえるでしょ? もうお姉ちゃんは大丈夫だから」


 私はリリーが泣き疲れるまで見守ることにした。それだけ悲しい思いをさせてしまったのだから、それくらいのことはね。

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