29:リリアンとともに行く、ゼネラルパウゼ♪
アールテム王国が新しい宰相によって変わりつつある。それは他の国にも知られていた。今まで交易を拒否してきたにもかかわらず、いきなり積極的に他の国と交易を始めたのだ。
しかも国の政治をしているのは、まだ二十歳にも満たない少女だという。
「どうやら国王が推薦したらしいが」
「しかも黒字回復しているうわさですよ」
「そんな若造なら……陥れますか」
ニヤッとしクククッと笑う、とある国の重鎮たち。明らかな悪巧みである。
「貿易相手国だからな、今後の動向に注意を向けるとするか」
「まぁ、こちらに影響を及ぼすほどのことではあるまい」
「しょせん ぽっと出の女で、音楽家らしいからな」
完全に舐めてかかっていた。
「とりあえず、今すぐ対策しなきゃいけないことは済んだかな」
あまりにガラッと大きな改革をしすぎると、国民に負担がかかりすぎる。
さすがに私でも分かるからね!
今日は午前中に管弦楽団とのリハーサルがあり、昼食を食べ終わるとサックスを教えにいき、その後は明日国王と話し合いたいことを確認してきた。
それでも今日は疲れず調子がいいので、王都を見て回ることにしたのだ。
「リリーも一緒に連れていこっか」
私は一旦プレノート邸に寄る。
「リリー、夜ご飯まで一緒にお散歩する?」
「うん、お散歩したい!」
本を読んでいたリリーは、ソファにその本を置いてこちらに走ってきた。
趣味の編み物をするベルが顔を上げた。
「グロー、行ってくれるのかい?」
「ほら、たまにはいいかなって。仕事で忙しくなって、あんまりリリーにかまってあげられてないからさ」
「そうかい、そうかい」
目元に刻まれたシワがよせ集まる。
「「いってきまーす」」
「はい、いってらっしゃい」
私たちはベルに手を振ってドアを閉めた。
空はオレンジ色に染まり、街にはランタンが灯り始めている。
最初見た時は、すごく幻想的で見とれちゃったんだよね……!
「お姉ちゃん、どこにお散歩いく?」
「リリーはどこ行きたい?」
「お店がいっぱいあるところ!」
おそらく東地区の商人の街に行きたいのだろう。
「じゃあついでにいつもの楽器屋さんに寄っていい?」
「いいよ〜」
リリーと手をつなぎながら、ランタンで灯された道を歩いていく。店の中から外にこぼれる光も、よりいっそう雰囲気を醸し出していた。
「リリーね、お日さまも好きだけど、お星さまも好きなんだ」
「なんで?」
「お日さまはポカポカしてるでしょ、お星さまはなんかね、静かにピカピカしてるのがいいなぁって思うんだ」
それそれ! なんか分かる気がする!
「お日さまもお星さまも、それぞれ違うよさがあるよね。お姉ちゃんもどっちも好き!」
「なんで〜?」
「うーん、前世の世界にもお日さまとお星さまはあったけど。やっぱり、お日さまは恵みをもたらしてくれて、お星さまは遠くで見守ってくれてる感じかな」
リリーが首をかしげている。ちょっと難しかったかな?
「えぇっと、お日さまがあるから作物が育ってご飯が食べられるわけだし、体を元気にしてくれるし。だからお日さまは恵みかなって。お星さまは心を元気にしてくれる感じ、だからかな」
仕事に追われてこんなこと考える暇がなかったけど、改めて考えると奥が深いよね。
するとリリーは声をひそめ、地面を向いて話し出した。
「リリーもね、お友だちとケンカしちゃって仲直りできなかった時があったの。なかなか寝られなくて窓からお星さまを見たら、明日仲直りしようって思ったの」
あー、私もあったな、そういうこと。誰もが通る道なのか……?
歳の差十一歳で、生まれた世界も違うけど。
「それで、仲直りできた?」
「できたよ。仲直りした後、たくさん遊んだ!」
「よかったじゃん」
そんなことを話していると、いつの間にか噴水広場を通りすぎて東地区に来ていた。
ていうかさ、まだ七歳なのにあそこまで自分の意見を言えるのってすごいよね。計算もできるし、いつも本読んでるからかな?
「はい、いらっしゃい」
「主人、もうできあがってますか?」
「ああ、つい二時間前に終わったばかりだよ。持っていきな」
楽器屋に着き、消耗品で特注のサックス専用リードをお買い上げ。他にもクラリネットのリードも買っておく。
平民や農民では、楽器を始める時に必要なものが買いそろえられないので、代わりに貴族の私が負担するのだ。
「リリーちゃんだよね。どうだい、サックスは」
「楽しいよ! 今日もね、お姉ちゃんと一緒に練習したの」
楽器屋の主人はリードを作りながら、リリーの話し相手になってくれた。
「なんの曲を練習しているんだ?」
「『まどろみのむこうに』っていう曲」
「それ、お姉ちゃんの
練習曲の楽譜を真剣に選んでいる時に、その会話が耳に入ってしまった。十八番を知っているのかと、思わず顔がにやけてしまう。
「いっぱい練習して、お姉ちゃんと発表するんだ! 音楽隊のみんなに聴いてもらうの!」
「そうなんだね、できるようになったらおじさんも聴きたいなー」
「いいよ〜、リリー頑張るね!」
にやけたほほをつねって強ばりを解くと、主人にリードと楽譜を手渡した。
「はい、全部で……金貨二枚と銀貨五枚だよ」
うへぇ、やっぱり高い! でもしょうがない、初期投資ってやつだし!
「いつもありがとね」
「いえいえ、これからもよろしくお願いします」
「二人とも、練習頑張って!」
「「はい!」」
元気に返事をすると、楽器屋を後にする。
空は西の方が少し紫色っぽくなっており、すっかり日は落ちていた。
「あれ、こんな時間にグローリア様が妹君と二人で」
「ご家族とも仲がいいのね」
「忙しそうだけど、ちゃんと家族とふれあう時間を作っているなんて。どこかの誰かさんとは違うね」
「はぁっ、ちゃんとしてるだろ」
性能のいい私の耳が、どこからか聞こえてくる声をキャッチする。悪くは言われてないようだ。
「リリー、暗くなっちゃったから帰ろっか」
「うん、おなかすいちゃった」
「ここ、すごくいいにおいがしてくるからね」
道の両側に並ぶレストランや居酒屋から、肉がこんがり焼けるような香り、スパイスが効いたような香り、野菜がじっくり煮こまれたような香りが漂っている。
夕飯時だ。
「今日のご飯なんだろうね」
「確か、ポトフって言ってたような」
「やったー! 大好きなやつ!」
リリーが私とつないでいる手を、ブンブンと前後に揺らす。
大人たちにもまれる毎日だが、たまにはリリーと気分転換の日を作ってもいいかなと思った今日だった。
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