24:兵士の士気を高める音楽隊を作ろう!

「えっ、宣戦布告に応じちゃったんですか⁉︎」


 次の日、午前は管弦楽団の人たちと一緒に演奏会に参加し、午後はまた『王の広間』にいた。

 うーんと悩んでいる国王。私は手帳にリストアップしたものを国王に突きつける。


「戦争とかしている場合じゃないですよ! いきなり国土が広くなって、まだ端の方の地域の徴税とか安定してないのに!」


 国王は言いにくそうに、あの名前を口にした。


「……すまない。トリスタンに『どうしても』と推されてしまったんだ」

「トリスタン……!」


 国のことに口出しするなって遠回しで言われてたこと、分かってないのかなぁ。


「しかし……『明日に兵を出す』と騎士団に命令してしまったぞ」

「あ、明日⁉︎ 戦争にかけるお金はどこから出すんですか」

「それに困っておる」


 マジでこのアールテム王国、今までよく侵略されずに生き残ったよね……。

 私は手帳に『戦争資金の安定的な調達』と、ほぼ殴り書きで書いておいた。


「グローリア、トリスタンが『どうしてもやらせてほしい。必ずや成功させてみせます』と言ったから、彼なりに案があるのだろう。見守ってほしい」


 私はわざとあからさまに嫌そうな顔をすると、「うまくいかなければ、すぐにトリスタンには処分を下す。お願いだ」と懇願されてしまった。


 うぅ……、まぁ今までなんとかやって来れたんだったら、ちょっとは見守ってみるか。


「……分かりました」


 完璧に破滅ルートをたどりそうなにおいがした私は、両国国王会談の時のように、裏で色々作戦を立てておくことにした。






 こそこそとやっていた『サックス増産計画』を、そろそろ公にしてもいいんじゃないか。私の宮廷音楽家の名にかけて。


 リリーが賛美歌をなんとか吹けるようになってから、私にはそんな考えが芽生えていた。


「ねぇリリー、他にもサックスが吹けるお友だち作りたい?」


 今のところこの世界では、私とリリーの二人しかサックス奏者がいない。


「うん! お友だちたくさんほしい!」

「だよねー。だからお姉ちゃん、吹奏楽団を作ろうと思って」

「すいそーがくだん?」


 一度名前は出したことあるけど、覚えてるわけないよなぁ。


「お姉ちゃんね、死ぬ前はもっといっぱいの人と一緒に、サックスを吹いてたの。バイオリンとかはないんだけど、トランペットとかフルートとか、他にもいっぱいの楽器の中で演奏してたんだよ」


 簡単に言うと、オーケストラから弦楽器(コントラバス以外)を抜いてサックスを加えたものが吹奏楽なんだけど……、こう言ってもリリーには分からないだろうし。


 あの説明でも伝わったらしく、リリーは目を輝かせて私に尋ねてくる。


「楽しいところ?」

「うん、みんなで吹くと楽しいよ」

「やったぁ! リリー、ワクワクする!」


 ほぼ妹の満面の笑みを見せられたら、これはこれはやるしかない!

 私は、リリーのサックスを作ってもらった楽器職人への注文書を手に持つ。


「よし! これからお友だちを作るための準備をしてくるね!」

「いってらっしゃーい!」


 私はサックスのケースを持って東地区に向かった。






「すみません、お願いがあるんですけど」


 私はサックスのメンテナンスも兼ねて、この『楽器工房』に来たのだ。


「グローリアちゃんか、どうした?」

「サックスのメンテナンスと、あとこれを」


 私はおじさんに、楽器のケースと注文書を二枚手渡した。

「なるほどね……」と二枚の注文書を見比べながら、おじさんはうなずく。


「音域の違うサックスを作ってほしいっていうことだね」

「作れそうですか?」

「アルトサックスがあるから、作れなくはないかな」


 大きく『サックス』といっても、実はたくさんの種類がある。その中でも吹奏楽に必須なのは、アルト・テナー・バリトンの三つだ。


 私やリリーが吹いているのはアルトサックス。

 テナーサックスはアルトサックスより一回り大きく、前世でいうとジャズでよく使われている。

 バリトンサックスはそれよりももっと大きい楽器で、アルトサックスのちょうどオクターブ下の音が出る。


 この三つがあると、吹奏楽全体の音色に艶やかな音をもたらしてくれるのだ。


「テナーサックスは……ここがちょっと違っていて、ここを押した時に『B♭ベー』の音が出ればいいから……」


 おじさんの口から完全なる専門用語が飛び出す。

 またうんうんとうなずくと「じゃあ先にこっちのメンテナンスをしちゃうね」と言って、ケースのフタを開けた。


「それではよろしくお願いします」

「おじさん頑張るからね」


 私はおじさんに相棒を預けると、東地区を抜け噴水広場を通って、北に続く王城への道を歩いていった。






 楽器も持たないで王城に行くのは初めてだった。

 宮廷音楽家なので、王城に出向く時はいつもサックスを持っていっていたのである。


「あれ、グローリア、サックスは?」

「メンテナンス中です」

「サックスをメンテナンスしてくれる人がいるのね!」


 そう言って驚いているのは、交響楽団でホルンを吹いている人だ。

 さっそく吹奏楽団へのお誘いをしてみる。


「私、オーケストラじゃない新しい編成で音楽をやってみたいんですけど、どうですかね?」

「新しい編成? どんなの?」


 私はさっきリリーにしようとしてやめた、あの吹奏楽の説明をする。


「へぇ! 弦楽器がないのは新鮮ね。おもしろそう!」

「そのメンバーになってみませんか?」

「いいの!?」


 まずは一人目、サックスと音の調和がよいホルン吹きをゲットした。

 その日のうちに、今日来ていた弦楽器奏者以外に声をかける。そのうち二人には別の仕事で忙しくて断られたが、その他の管楽器と打楽器奏者は受け入れてくれた。


「弦楽器なしでサックスが入ると、どういう音になるんだろう?」

「オーケストラと違う編成なんて、考えたことなかった」

「えっ、クラリネットが目立てるの?」


 それぞれの楽器に合った勧誘で、興味を示してくれたようである。やったね!

 私が勧誘した人たちは、オーケストラと兼任して吹奏楽もすることになった。


 まだちょっと人数が足りないけど、できないことはなさそうだし 。

 あとはサックスのメンバーを集めるだけか。


 私はメンテナンスしていたサックスを取りに、東地区に戻った。

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