情愛
街はひたすらに明るい光の粒に彩られ、どこか浮かれた雰囲気が流れていた。
寒空の下、吹いた風が思った以上に冷たく、俺はマフラーに顔をうずめる。
同時に右手にかかっていた力が少しだけ強くなるのを感じた。
「お兄ちゃん、寒い」
「・・・知ってる」
自分より七つ下の少女は自分と同じようにマフラーで鼻のあたりまで顔を隠しながら俺を見上げていた。
クリスマスの夜。彼氏彼女のいる友人たちが繰り出しているであろう駅前の通りに、俺は寂しくも妹と手をつなぎながら歩いている。
「こんな姿、あいつらに見られたらなんて言われるんだろ・・・」
「シスコン?」
「おー、そんな言葉よく知ってんな。誰から教えてもらった?兄ちゃんに教えてシバくから」
妹の語彙力の成長に目尻が熱くなるのを感じながらついでに左の拳を怒りを表すように握りしめた。
実は、この小学四年生の妹とのデート以外に予定が一切なかったわけではない。
なんなら、俺の友人全てに恋人がいるわけではないのだ。
そんな可哀そうな友人たち(自分のことは棚に上げて)から〈慰めの集い〉という参加したらいかにも大切なものを失いそうなカラオケパーティーに誘われていたのだが案の定蹴った。
俺はそんな友人たちとの傷の舐め合いをするよりも隣にいる可愛い家族の方が大切なのだ。
「んで?、何が欲しいんだっけ」
「よくわかんないからそれを見に来た」
「・・・そうだったな」
きっかけは一週間前。あまり使い道がなくただ貯まっていくお金の使い道に迷い、ふと妹にクリスマスプレゼントを買ってやろうと思い立った。
部活を終えて帰宅した俺はソファーに座ってゲームをしている妹に問う
「兄ちゃんがクリスマスプレゼントあげるって言ったら何欲しい?」
一瞬驚いた顔を見せたがすぐにゲームをポーズ画面にして悩むように視線を落とす。
「・・・もっとかっこいいお兄ちゃん」
「泣くよ?」
「冗談」
金で何とかなるものにしてくださいと丁寧にお願いをしてコンテニューをしてもらう。
数分、軽い質問の答えを出すにはかなりの時間を使い、出た答えは「特になし」だった。
しかしそれではこちらとしても何とも言えない感じであるためどうにか絞り出してくれと再度お願いをする。
「・・・じゃあ、見に行って考える」
「見に行くって、お店とかに?」
「うん。クリスマスは学校もお休みだから。お兄ちゃんは?」
「悲しいことに空いてる」
というわけでこうしてクリスマス一色の街へと繰り出してきたわけだ。
だらだらと話しながら歩いてまずは妹の目に止まった小物屋に入る。
男だけではおそらく絶対に入らないような可愛らしい装飾をした店内はクリスマス仕様によりキラキラと輝いている。
周りのカップルもどうやら彼女側に連れてこられた人ばかりらしく、俺と同じようにどこかそわそわとしていた。
彼女が無言で物色を始めたので俺も視線が中を舞う。ただただ気まずい。
「お兄ちゃん」
「うん?」
「もういいよ」
「え、早くない?」
本当に見ていた時間は十数分もあるかどうかで、女の子がこういう店にいる時間としてはあまりにも短く感じた。
「兄ちゃんに気ぃ使ってるなら別にいいぞ?、兄ちゃんもこういう店嫌いじゃないし」
嘘は言っていない。本当にこういう小物屋はあまり見る機会もなく、ただ雰囲気がつらいだけで別に嫌いではない。
「ううん、もっと見たいのがある」
と言われてしまえば俺は何も言えない。今回の主役は妹なのだ。
まあ、買い物で俺と親父が主役になることなどけしてなく、大抵はオカンか偶に妹が主導になるくらいだ。
結局何も買わずに店を出る。
また寒空の下に顔を出し、店内との温度のギャップにより寒さを感じた。
この店を皮切りに同じようにこういう店を入っては長くて数十分、短くて数分で何も買わずに出るというのを繰り返す。
妹はほとんど表情筋を活発には動かさず、動くのは大抵猫が絡むときだけだった。・・・猫好きだもんね。俺も好き。
まるで休憩だと言わんばかりにペットショップに寄って猫を眺める。
大きくはしゃぐことはないものの明らかに目を輝かせているのはおそらく長い付き合いではない人間でもわかるほどだろう。
「・・・本当に猫好きだな」
「うん、好き。お兄ちゃんも好きでしょ?」
「まあ、可愛いの権現くらいには思ってるが。多分お前ほどじゃないな」
うちはオカンが生き物を飼うのに抵抗のある人で猫を飼うことができない。
そのため、妹は定期的に友人の家やこうした出先、動画などでネコニウムというなぞの依存性のある物質を補充しているそうだ。
・・・ネコニウムってなんやねん
「・・・お兄ちゃん」
「どうした?」
猫を見てはしゃいでいた声は消え、どこか不安そうな音に変わる。
突然の変化に困惑しながらも聞く態勢をとって聞き返す、
「え、えっと、あ・・・」
やはり言いづらそうに口を動かし目が泳ぐ。
こういう時、決まって妹はそう大したことじゃないことをより悪く、最悪のケースで考えている。
「別に何言われてもお前を怒ったり軽蔑したりしねぇよ。妹の言葉をしっかり聞いてやるのも兄の役目だからな」
友達とケンカしてしまった言って帰ってきたあのときもこうして気持ちをほぐしたものだ。
「・・・私ばっかり楽しくて、お兄ちゃんはつまらなくないかなって」
「あー、なるほど。全然つまらなくないな。めちゃ楽しい、妹と出かけるの超楽しい」
「ちょっと気持ち悪い」
「あれ?」
こんな、他人から見たら全然気にするようなことじゃないようなことでも深刻そうに悩み、その足を止めるのだ。
妹は優しくて大人しくて賢いが、言葉に臆病な部分がある。
自分の言葉により人を傷つけることを極端に嫌う。友達とケンカをしたというのもそんな気持ちから来た言葉選びによる失敗が原因だった。
・・・しかし、俺への毒だけはなぜか一向に減らないんだよなぁ
そろそろこの子を名誉棄損で訴えられるまである。しないけど
気持ち悪いの一言に意気消沈していると妹は先ほどの影を消し、楽しそうに俺を見て笑っていた。
その後、途中で見つけたカフェで食事を済ませてプラスで何店か店を回るうちに外はどんどん暗くなり、時間は六時前にまでなっていた。
今までの店ではそこそこにものは買っていたがクリスマスプレゼントとしてではなく、互いに普通に欲しいものを買っていた。
「んで?、次はどこに行くんだ?、家が近いとはいえあんまりゆっくりしてられないぞ」
妹は腕時計を見ながら「んー」と小さく考えるように唸ってから顔を上げる。
「・・・近くにある公園に行きたい」
「え?、店じゃないの?」
プレゼントを買うために来たにもかかわらず、何も売ってない場所の要求に困惑をする。
「行きたいの・・・だめ?」
と、お願いされれば連れて行くしかない。まあ、きっと何か考えがあるのだろう。
「あんまり時間ないからゆっくりはできないぞ?」
「うん、多分大丈夫」
「多分?」
「お兄ちゃんしだい」
そう言ってトコトコと俺の先を歩いていく。
ついていくしかないので先を行く妹の横に並び歩いた
街灯が煌めく夜の街を抜け、そのぬくもりはやがて静かな冷たさへ変わっていく。
光の少ない広い公園には街の方とは対照的に光の量と比例して人も少なくなっていた。
やはりこんな場所だ。ちょっとディープなカップルが目立つ。
そんな中で高校生と小学生の女の子という構図はどうにも浮いている気がして仕方がなかった。
「・・・ここ」
「うっす」
言われるがまま俺は妹の座ったベンチに腰掛ける。
歩いてきた疲労を出すように深い息を吐くと当たり前のように白煙が薄暗い宙を舞った。
「お兄ちゃん
「おう」
本題が始まるようなので軽く相槌を打って聞く姿勢をとった。
「お兄ちゃんはさ、彼女さんっているの?」
「申し訳ないが、いたら君とデートしてないな」
「そっか・・・」
妙に落ち込んだ声。それもそうか、目の前で自分を優先しないって言われればそうなるのも当然と言えるだろう。
「まあ、だが、クリスマスじゃない日に必ず埋め合わせをした。それは、彼女との予定を動かしてでもだ
「・・・なんで?」
「おかしなことを聞くな妹よ。大切だからだよ。何にも代えがたい、大切な存在だからだ」
ある程度分かっているつもりではいた。この子が俺との関係に不安を抱いていることも、最近話す機会が減っているのを気にしていたことも。
彼女だってもうすぐ思春期だ。たとえ血を分けた兄妹であろうと異性と接するのは少しだけ難しくなってくる。
「・・・学校でね。友達がみんな、お兄ちゃんとかお父さんが臭いとかキモいとかウザいとかずっと言ってるの」
「おう・・・それはそれは・・・」
「それで私が、お兄ちゃんとゲームしたり、お買い物したりする話したら、おかしいって言われて、嫌いなところがないかって聞かれて」
「うん」
「・・・めんどくさい部分とか、ないわけじゃない。でも、絶対に嫌いではないの」
そこから、自信がなくなるように声のトーンが落ちる
「でも・・・私とお兄ちゃんって、普通じゃないのかなって」
だいたい、そんなとこだろうとは思っていた。この頃からの女の子なんて、本当に難しいものだ。
自分がクラスの女子たちを見ていてもそう思うのだから。
だが、この子はその一般的と呼ばれる価値観と、自身の正しさと愛情のギャップに苦しんでいた
それは嬉しいと同時に、もっと早く、上手く対応してやれたのではないかと悔やむ気持ちもある。
しかし彼女が口を開かなければ始まらない問題であったのもまた事実であった。
「普通が悪いなんて言わない」
俺は彼女が出した不安の問いに答える。
「だがな、俺たちには俺たちの愛情表現の仕方があるし、それを他人にとやかく言われる筋合いなんてない。俺はお前を妹として愛してるし、お前が俺とゲームしたり買い物したいって思っててもいいじゃないか。それに何の問題がある?、その子たちに迷惑かけたか?」
妹は小さく首を横に振る。
「俺も迷惑だなんて思ってないし、むしろ嬉しいと思っている。今日だって、こうして二人で出かけたのだってすごく楽しかった。それで十分だろ?」
「・・・うん」
「不安にさせたのは悪かった。もっと早く気づいてやるべきだったな」
「ううん、お兄ちゃんは悪くないよ。今日は一緒に遊んでくれてありがと」
晴れやかな顔をして明るい声を出す妹をみて俺は自然と笑みがこぼれた。
「にしても、なぜ公園?、こう言っちゃ悪いがどこでもできる話だったろ?」
そう、俺はそれだけが分かっていなかった。なぜわざわざこんなカップルがはびこるような公園を選んだのか。
「えっとね・・・お母さんに、デートのルートを聞いて、最後に大事な話をするならこの公園にしなさいって」
「なるほどね。家帰ったらお母さんにちゃんと兄とのデートになに教えてんだって文句を言いに行こうな」
「?、うん」
さて、そういうわけでそろそろ帰らねばと腰を上げる。
俺が立ち上がるとそれを追うように妹もピョンと跳ねるようにベンチから立ち上がった。
「・・・やべっ、結局プレゼント買ってねぇ」
なんだかんだ何も選ばずにここまで来てしまったから本来の目的を完全にスルーしてラストまで来てしまっていた。
「どうする?、今から買いに行くか?」
「別にいいよ。お兄ちゃんと出かける口実に選びに行くって言ったし」
「その発言はまあ置いといて、そういうわけにもいかんのだよ。俺には圧倒的にセンスがない。特に女の子のプレゼントとなればなおさら」
「・・・お兄ちゃんが選んでくれたのなら何でも嬉しい」
「その適当とも彼女力高過ぎ発言ともとれる言葉は兄ちゃんをより不安にさせるのでやめてください」
「あははっ」
冗談が冗談にならなさそうな戯れをしながら俺たちは燦々と輝くイルミネーションの方へと戻っていく。
こんな風景の中に手のぬくもりを感じながら俺はふと思う。
俺はいつまで彼女の隣にいられるだろうか。
とりあえず、この子にいい彼氏ができるまでは傍にいられるだろうか。
たとえ、何があろうとも、俺など必要なくなったとしても
この笑顔だけは、どうか絶やさないでほしいとただ切実に思うばかりであった。
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