第23話 怪物同士の戦い
魔獣化した
「真っ直ぐ向かってくるだけなら……! 『
私が魔力を込めた拳で地面を殴りつけると、土砂が噴き上がって押し固まり、分厚い石の壁が形成された。勢いのままに突っ込んでくるなら雄牛人は自滅する。迂回しようとすれば勢いは削がれるので、どちらにしても効果的な防御となる。
突進の勢いを削がれたところへ強烈な一撃をくれてやろうと身構える私に、雄牛人は迷わず真っ直ぐ突っ込んできた。そして、低く空気を震わす不気味な声が一つの呪詛を吐き出した。
『……
雄牛人の角が淡く発光し、その硬度を増した。強靭な二本の角は石壁を容易く砕き、勢いも衰えることなく私の懐へ飛び込んでくる。
「また別の魔導を……!? 怪物……!」
岩の両腕でなんとか雄牛人の角を掴んで止めようとしたが勢いは凄まじく、踏ん張った足が地面を抉りながら滑って、私は背中を近くの巨木に叩きつけられた。さらにその状態から雄牛人は、黒い靄をまとった鉄の斧を脇腹めがけて打ち込んでくる。
『
雄牛人が吠えるように呪詛を込めた斧の一撃を放ち、両手が塞がっていた私はその攻撃をまともに受けてしまった。
「けふっ……!?」
脇腹に斧の一撃を受けて、息が漏れる程度で済んだのは自身でも予想外だった。普通の人間なら胴を両断されてもおかしくなかった一撃は、腰回りの服の布地を裂いて、私の肌に
必殺のはずの一撃が決まったにも関わらず、私の体力には些かの衰えもない。角をがっちりと掴まれたままの雄牛人は何度も脇腹に斧を叩きつけてくるが、十分な力の入ってない攻撃では腹に力を入れた私の体にそれ以上の傷をつけることはできなかった。斧は雑に振り回されるばかりで、雄牛人から焦りのような気配が伝わってくる。
魔獣化した雄牛人は紛れもない怪物だった。
だが、私もそれ以上の怪物だった。
両腕に力を込めて、雄牛人の角をへし折る。折れたのは片方の角だけだったが、おかげで私も片手が空いた。
「ぅぁああああーっ!!」
己の心を奮い立たせる声を上げて、力を込めた岩の拳を雄牛人の顔面に叩き込む。何度も、何度も、叩き込んだ。
術式とも言えない雑な魔力の込め方で、拳の威力を高めながら殴り続ける。
しかし、敵もただの雄牛人ではなく魔獣である。その頑丈さは異常で、簡単には頭を潰すことができない。
雄牛人は角を片方掴まれたままでありながら斧を振るって私の体を滅多打ちにし、私は魔力を込めた拳で雄牛人の顔面をひたすら殴り続ける泥沼の殴り合いが続けられた。
互いに決定打に欠ける殴り合いの中で、私は徐々に冷静さを取り戻していた。ただ殴り続けているだけでは、この魔獣の体力を奪いきることはできない。雄牛人の魔獣、その頑丈な頭蓋骨を粉砕して止めを刺さなければこの泥沼の殴り合いは終わらないだろう。
雄牛人からの反撃も続く最中、あえて無防備に攻撃を受けながらも私は意識を自らの岩の拳へと集中していった。拳に刻まれた古代式魔導回路が強く橙色に輝き始め、確かな魔力の高まりを全身で感じる。
このゴーレムの体に秘められた潜在能力を引き出せば、多用な術式を行使できる予感がしていた。
試すのは初めてだが今の私にならできる。
意識を集中して岩の拳を握りしめると周囲の空気が揺らぎ、粘性を持った何かが重くまとわりつくような感覚を得た。
魔導行使の感覚、呪詛は滞りなく成立した。
『
かっ!! と橙色の光が瞬き、周りの空気を歪めながら雄牛人の頭部へ岩の拳が突き刺さる。
本来は武器の重さを増して攻撃力を高める呪術『重撃』であったが、今は私の岩の拳に重力の呪詛が込められていた。ただでさえ尋常でない重量と硬度を有していた拳が呪詛で威力を増したことで、魔獣化した雄牛人の頑丈な頭蓋さえも容易に打ち砕いた。
片手に握りしめた角を残して、雄牛人の頭部が圧壊してなくなる。
頭部を完全に打ち砕かれては、魔獣化した雄牛人でも生命活動を維持することはできないようだった。その巨体を力なく地面へ横たえ、黒い煙を噴き出しながら魔獣の体は灰と化して崩れ去っていく。
「勝った……?」
呆然と雄牛人の最後を眺めていると、灰の中にきらりと光る宝石を見つけた。握り石ほどの大きさで色合いは茶色く、透き通った結晶であった。
一定以上の力を持った魔獣の体内に存在するとされている魔核結晶、俗にいう魔石というやつで、サイズとしては中魔石と呼ばれるものだった。これはかなりの価値があったはずだ。
他にも雄牛人が持っていた鉄の大斧とへし折った二本の角は灰にならずに残されていた。
雄牛人が持っていた鉄の大斧は、私との戦闘で少々刃こぼれしていたが、作りは立派なものだったので拾っていくことにした。金属素材として見てもそこそこの価値があるはずだ。
へし折った角は珍しい素材だ。魔獣を倒すとその体の大半は灰になって崩壊してしまうが、一部の安定した部位だけ残されることがあるという。これは魔導素材として有用で高値で売れる。
魔獣の体の一部は討伐の証にもなるので、角も回収して私はギルドに戻ることにした。
魔獣討伐には成功したが私もだいぶ疲弊していた。戦利品の大斧が重く感じて捨てていきたくなるほどだ。
あちこちが痛む体を引きずるようにして歩き、森を抜けて私は森都シルヴァーナまで帰ってきた。森都外周の貧民街を素通りして、真っ直ぐに冒険者ギルドへと向かう。
都市の門を通るときに門番が色々と問い質してきたが、私は疲れ果てていてまともに答えを返すことができなかった。それでも、通りがかった狩人風の男が門番に何やら説明してくれたようで、そのまま通してもらうことはできた。
狩人風の男は私に「冒険者ギルドで報告を」とだけ言い残して先に行ってしまう。
おそらく、私の特例討伐依頼を監視していたギルドの観測員だったのだろう。
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