第4話

Cap003


不安が確信に変わる時。そこから引き返すか。はたまた、意地を貫いて前に進むのかを決めるのは、そこまでに費やした労力である。

 今回の場合。僕は、その持ち主同様に老い切った。いや、お逝きになった自転車を道端に置き去りにしてから、だいぶと意地を貫いて、まだ見えぬ研究室なるものを目指し歩き続けた。何故、自転車を降りたというと、理由は簡単だった。老いた(置いた)自転車は、その可動部分の殆どが錆び、タイヤは圧という圧を失い、漕ぐ者の体力だけを吸い取る品物に成り下がっていた。


 そう、それは

『オース電化の家に贈られたガスコンロ』


『常夏の国に旅行するのに、空港まで羽織ってしまったダッフルコート』


『帰っても宿題すらしないのに、都度、持って帰らされる教科書』

しかり。


 要は、お荷物だったのである。

いい加減、進まぬ自転車に嫌気がさした僕は、そんな事を考えながら、前に前にと、ただガムシャラに、そして、引き返す手間を増やしながら歩いてきた。考えたついでに言うならば、『かわいい子には、旅をさせろ』という言葉の本質は棚上げし、『ならば、せめて、かわいい子にはナビくらい持たせるのが親の務めというものではないのか』と考えてしまうところが、僕が、現代の現代っ子たるところかもしれない。

などと、くだらないクレームを咀嚼し、咀嚼し尽くすくらい歩き続けていたのである。


 そうは言っても、大学の敷地内にこんな場所があったとは。もう、まる2年。ここに通っているというのに僕は、まるで全く知らなかった。大学裏手を進んで、林を抜けたと思えば、今度は、大きなグランドの真ん中を突っ切るように歩いてきたが、周りには何もなく、遠く建物があるとも認識できないほど広大な空き地の先は、その左右と同じ様に、建物の気配を感じさせない。

 そして、僕の目の前に広がるのは、間違いなく地平線というもので…


「だぁ〜!!」


 落とし穴に出くわしたような落下感。僕はなす術なく、その急斜面を転げ落ちた。

少しの間、目を閉じる。気は失っていないが、自分が死んでいないか自問自答する時間は必要だった。


「なんじゃ人間ではないか。おい、生きとるか?……うん、死んどるな。南無、南無…おっ、いかん!戻らねば」

「ちょっと待てぃ…」


 その他人には、全く興味を示さない言動に、僕は自問自答を中断し目を開いた。


「なんじゃ、生きとるのか。命拾いしたの、若いの。命は大事にせぇよ。では、ワシはこれで」

「待てというに」

「なにぃ?待てって、なんじゃヨォ。ひつこい系の人?ワシ、そういうの嫌い!」

「死にかけてる人間がいるのに、助けるのがスジだろうがと言っとんじゃ!」

「死にかけてる割には、元気じゃないか…」


 ご名答。確かに、とりあえずは大声でやり合える程度、僕は生きている。

 

 それにしても、どう落ちたのか。

僕は後ろを振り返り、自分が落ちたであろう場所を確認した。そこは、崖というよりもハーフパイプのコースに近い。ある程度、僕はそこを落ちたのだろうが、途中から傾斜へと変わる、その斜面に助けられ、なるほど、僕は生きているようだった。


「誰が、こんな造りに…」

 そう言いながら、振り戻る僕の前から、先程の声の主は、とうの昔に消え失せて、見た目5センチ程度の大きさになる距離の先にある小屋へと走っていた。



 僕は、パンパンと転げて付いた土を衣服から払い除け、声を漏らした。

「そうですか…ここですか」


 拒否しても、抗えない。唯一、この周辺に存在する建築物。これが、僕の所属するゼミの教室兼、研究室である。そして、もう一点。『たら、れば』の割り込む猶予もなく、先程、小屋に走り、入って行った男性が此処の主である。


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