第5話 不穏なセロは血まみれ

 ぞろぞろと議事堂を後にしていく亜人族。残された人間側の三名は円卓会議が終了してからも議事堂に残って話し合いをしていた。


「まじあの女、エラソーで大嫌いなんだけど」


 ジャッカリーがダスティの妻アーニャに対して文句をこぼす。


「まあ、落ち着け」テオが下品な口調でアーニャを罵倒する彼女をたしなめる。「まずはあの本の翻訳を待つ。そうすれば、レンドゥーリなんてお役御免だ。奴らはいつ人間を殺すかわからん連中だからな」


「あとはユグドラシルの魂に必要なアイテムと侵入者防衛システムを黙らせる方法を見つければいいわけか……」


 相変わらずボソボソと独り言のように話すサイレンスの言葉は、騒がしさが減った議事堂ではさすがに聞こえたのか他の二人も頷いた。


 そう、まずユグドラシルの復活には指定された特別な素材が必要だ。しかもどれもこれも命がけで取りに行かねばならない物ばかりと小耳に挟んだことがある。それを使って新たな魂を創造し、老いた魂を破壊したと同時に新たな魂を一定の位置に置くのだという。


 それからもう一つの問題。聖樹ユグドラシルが持つ侵入者防衛システムだ。テオから聞いた話によると、大昔にユグドラシルが同じ状態になった時、魂の創造はできたが侵入者防衛システムにより多数の死者が出たらしい。ユグドラシルは大量の強力なモンスターを内部で生み出し、侵入者を排除する傾向があるとのこと。いずれ時が訪れたら私も参加することになると思うと参加したくない気持ちが芽生えてしまう。


「まずは翻訳を待とう。話はそれからだ」


 テオが立ち上がったので、私もそろそろと後ろをついて行って議事堂を出る。が、なんだか外が騒がしい。街の噴水広場の方か。


 噴水広場前では群衆が出来上がっていた。人混みをかき分けて進み、ようやく中央に出ると、なんとセロがどこかのチームメンバーに馬乗りになって血まみれの拳で殴りかかっているではないか。相手は両腕で防御はしている様子だが、あれでは既に腕は骨折しているだろうし、顔面も血まみれだ。あのままでは撲殺されてしまう。


「セロ! 何をしているんだ! 離れないか!」


 観衆がやんややんやと騒ぎ立てる中、テオは腹に力を入れて渾身の大声を出した。するとピタッと観衆どもの声が止み、セロが手を止めて近付いてくるテオに顔を上げるとテオが装備していたナックルで一発顔面を殴られた。吹き飛ぶほどではないが、尻餅をついたセロは怒りに燃える赤い瞳でテオを睨み付ける。


「邪魔をするな、どけ」


「何があったんだ。説明してみろ。これ以上やれば彼は死ぬぞ」


「すれ違いざまに肩がぶつかってこいつが謝罪をしなかった」


 さすがのテオも頭を抱えた。あまりにも好戦的な態度はチーム内でも問題となっている一つだ。まるでセロはレンドゥーリみたいだとヨサクが口にしたことさえある。私も同感だった。


「復興間も無くして今度は人間同士で戦争するつもりか、ああ?」


 あのテオが本気で激怒している姿はいつぶりだろう? 確か前回の要因もセロだった気がするのは私だけだろうか。チームの問題児は誰かと問われればセロだと即答できるほどに彼は何かしらの問題をいつなんどきでも持ってくる。


 無言でセロは立ち上がり、服の土埃を払ってテオを見据えた。左の口角から血が流れている。今にも二人の間で殴り合いが始まりそうな雰囲気だった。そうなったら私が止めるしかないが、もしセロが本気で殴りかかってきたらどうだろう? 私の義手は砕け散り、あっという間に殺されてしまう。それだけは避けたい。


 セロの顔は返り血でぬれていたが、構わずテオはもう一発殴った。自分の拳が赤くなろうと気にせずに。


「お前はしばらく謹慎の身とする。拠点に戻っていろ」


 そう言われたにも関わらず、セロはその場を動かない。そこで聞き慣れた声が私たちの背後から発せられる。


「この騒ぎはなんだ?」


 大太刀使いのヨサクだった。私は一瞬で視線を外し、相手もテオだけに視線を固定する。いつもこうだった。うまが合わない私とヨサクは基本的に視線を交わさない、口を利かない、用事がある時はヨサクの妹アスカを通じて連絡している。表舞台で堂々と剣を振るう剣士と、闇に紛れて陽の光を浴びない私とでは元より合うはずがないのだ。


 緑色の頭髪を後頭部の高い部分で結ったヨサクの青い瞳はテオから外れ、地面に倒れこんでいる男性に釘付けになった。


「もしかして、もしかすると……」


「そのもしかして、だ」テオはすっかり呆れていた。「セロが通行人とぶつかっただけでこのザマらしい」


「誰も止めなかったのかよ?」


「セロを止められる人物が人間側に何人いると思う? 下手に手を出せば巻き添えを食らって同じような結果になるだけだ」


「ま、まあ……」


「確かあの怪我人はサイレンスのところのメンバーだったな。今からでもジェスを連れて謝罪に行かねばならない。お前も来るか、ヨサク?」


「そうだな。が、その前に制裁だ。セロ、俺と一対一でやろうぜ」


 背に背負った地面すれすれの鞘から大太刀を抜刀する。その時、セロがニヤリと笑ってナックルを装備した拳同士をぶつけ合った。一体彼の戦闘意欲はどこから湧いて出てくるのだろうか。不思議でならない。


「お前たち! やめないか!」


 テオが怒鳴るが、二人の耳にはもう届いていない。二人とも勢いよく駆け出し、ナックルと大太刀がぶつかり合った反動で周囲を風圧が襲った。ヨサクの大太刀を両手で受け止めたセロの足元はへこみ、物凄いパワーだったことが伺える。


 セロはヨサクの大太刀をそのままするりと流すように地面に向かわせ、両手が塞がっている彼の腹に一発殴打した。その重い一発でヨサクは口から血を吐き出した。たった一撃で内臓に損傷を与えるとは……なんてパワーだ。蹲るヨサクに更に攻撃を加えようとするセロの顔は返り血に濡れ、本気で殺そうとする恐ろしい目をしていた。


 さすがに危険を察知したテオが仲介に入るようにヨサクをかばう形でセロの重量のある一発を受け止める。


「やめるんだ、二人とも。ヨサクも興味本位でセロに手を出さないことだ。そしてセロ、お前も争いを避ける癖をつけろ。いいな?」


 どちらとも首を縦に振らない。やれやれ、と呆れたテオはヨサクの大太刀を鞘に戻して私に彼を担ぐよう言ってきた。私よりも体重が重くて、更に大太刀の重量も足しているせいかとにかく重たかった。が、口から未だに血液を吐き続けるヨサクを降ろすわけにはいかない。自分から喧嘩を売っておいて返り討ちにされるとはいいざまだ。


「まずはアーク、お前はジェスを探せ。おそらく大図書館にいるだろう」担架で運ばれて行くのを尻目にそう言った。「内臓を損傷しているだろうからな、ジェスに頼んで回復してやってくれ」


「了解」


「セロ」テオは鬼の形相で彼を見据えた。「お前は俺と一緒にサイレンス側へ謝罪に行くぞ。いいな?」


 そう言われたもののあまり乗り気ではない様子のセロ。反省の色が全く見られない。この状態で謝罪に出向いても相手を激昂させるような気がしてならなかった。


「ほら、行くぞ。来い」


 セロがテオに連行されて行くのを見届け、私は急いで大図書館へ向かった。

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