30.適材適所(3)

 やはり洗脳の効果というか、副作用とでも言うのだろうか。さっきまで滑らかに動いていた灰梅は、また立ち止まって頭を抱えている。やっている事の矛盾に気付きそうで気付かないような、なかなか苦しい立場なのだろう。

 先程、話し掛けたがあっさりスルーされた烏羽はおかしそうに笑うのみで、もう語りかけたりはしなかった。


 ぐっ、と距離を詰めて格闘戦に持ち込むつもりらしい。手を伸ばせば届く距離にまで烏羽が肉薄した事により、灰梅の思考が洗脳に対する抵抗から目の前の存在を排除する方向へと切り替わった。

 一連の流れを観戦していた薄藍が神妙そうに頷く。この一瞬で解説役に慣れ過ぎだ。


「灰梅殿の攻略法は術を撃たせない事ですから、当然の流れですね。ただ……烏羽殿も召喚の影響でかなり弱体化しているのが伺えます。これは、どうにかならないものなのでしょうか?」

「どうにか?」

「はい。神使を増やすだとか。契約時に課せられた弱体を解くのには不安がありますからね。烏羽殿に寝首を掻かれないとも限らないですし。なので、新しい誰かを召喚してはどうでしょう?」

「いやなんか、先輩等が言ってたんだけど、コストの関係でなかなか次のガチャ回せないんだよね」

「え? なんですか?」


 流石に理解して貰えなかった。メタ発言が通るのはやはり、烏羽だけなのだろうか。薄藍の挙動におかしな点は無い。


 一瞬目を離した隙に事態は進む。

 よろしくない方向へ我に返った灰梅が慌てて烏羽から距離を取ろうと後退った。その姿が、いつかの薄桜と重なる。多分このゲーム、未だにステータスが見つけられないけれど配置場所の適性とかがあるのだろう。

 ――それで、烏羽は一体、どこに配備するのが正しい使い方なの?

 そう思いはしたものの、前衛だの後衛だのの問題以前に神使が1人しかいないので、どうしようもなかった。2話終了後くらいにガチャが回せるようになっていればいいのだが。


 ともあれ、素早い動きで烏羽から距離を置いた灰梅の武器が輝く。2つは白い光を、残り3つは黄色の輝きを。

 ああ、とここで思い出したように薄藍が手を打った。


「灰梅殿は全く同時に2つまでの術を使用出来る特異性を持っています」

「そういうのがあるの? 特殊能力的な……」

「僕の隠密行動もそれに該当しますね。純粋な力などではなく、規則に則った技能と言うのでしょうか……」

「烏羽も?」

「ありますよ。ただ、僕が勝手に他者の能力を口外するのは角が立ちますので。申し訳ありませんが、ご本人に直接確認された方がよろしいかと。それに、僕も実際に目にした事はないので……」

「分かった。今度聞いてみよ」


 灰梅の個人情報は良いのかと思ったが、緊急事態なので仕方無いのかもしれない。というか、彼女が正気に戻ったとしてそういう事で目くじらを立てる様子は想像できなかった。


 神使が1対1で睨み合う方へ視線を戻す。

 花実の記憶が正しければ、あの宝玉と呼ばれている武器は光の色によって使う――ゲーム的に言えば――属性が違うようだった。今は白と黄。白は刃物を飛ばしてくる術で、黄色は土壁を作った際の色だったはずだ。


 そしてその予想はおおよそ当たりだった。黄色の宝玉が地面を抉り、めくり上げて突進して行った烏羽に襲い掛かる。

 同時並行的に白い輝きを放つ宝玉1つにつき1つ、刃物の飛来物が生成されるというマルチタスク。


 先程の鎮座する土壁とは違い、波のように対象を呑み込もうとする土壁に対し、烏羽の足がほんの数秒だけ止まった。視界が遮られているのが横から見て分かったので、どう行動するべきか考えたのだろう。

 その隙を逃さず、両脇から現れた白い光の宝玉が再び刃物を放つ。ただし、その連携は少しだけズレていた。

 烏羽の突貫力に追いつけず、前に進む彼に取り残される形で脇を通り過ぎて行ったのだ。つまり、普通に回避した。


「危ない!」


 耳元で急に叫ばれると同時、視界がぶれる。腕を強く引かれて、運動不足の元女子高生はその場に踏ん張る事が出来なかったからだ。

 色々な事が同じ瞬間に起こる。今まで立っていた場所を、鈍色に輝く物体が恐ろしい速さで過ぎ去っていった。


「……え?」

「申し訳ありません、強く引っ張ってしまって」


 状況は落ち着いたが、状況の整理が終わらない。だが、今回は幸運な事に優秀な解説役がいたので、彼は説明をお願いせずとも間抜けなプレイヤーに完璧な説明を行った。


「烏羽殿が回避した金気の術がそのまま飛んできました。恐らくは烏羽殿を狙っていると見せ掛けて、召喚士殿が狙いだったのでしょう」

「あ、ありがとう」

「いえ。やはり護衛を申し出て正解でした。烏羽殿を倒せないのであれば、召喚者を仕留めようと考えるのは当然の流れと言えます。……ところで、僕如きが召喚士殿に何かを進言するのは心苦しいのですが、その、止めた方が良いのでは?」


 そう言った薄藍は酷く複雑そうな顔で一点を指さした。花実もまた、初期神使が戦闘中だった事を思い出してそちらを見やる。

 ――地獄絵図。

 あっさり灰梅を地面に転がした烏羽が悪い顔で同僚を見下ろしている。ただし、その足はしっかりと同業者であるはずの彼女を踏みつけており、暴力的な絵面だ。そこまでしろとは誰も言っていない。

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