第248話 打ち合わせ
エイシス劇団を紹介されてからすでに三日が過ぎ、ディーノは冒険者業を休業して脚本を書き続けていた。
英雄伝説は子供向けのものから多種多様な物語として、多くの作家が自分なりの解釈を加えて出版していることから真実からは少しかけ離れたものも多い。
それも一千年も前に市井に流された情報を元に作られた物語となれば、真実とは随分とかけ離れた物語となるだろう。
しかし国王から聞かされた本当の歴史を元に、ディーノの解釈を加えて脚本を作るとなれば、他に多く出版されている英雄伝説もある程度は参考になる。
買い集めた資料から言葉選びの参考にしたりしながら自分の脚本を書いているわけだがなかなかに難しい。
語るのと書くのでは何故こうも違うのかと思うほど筆が進んでくれないのだ。
単純にディーノの頭の中での物語に筆が追いつかないせいで言葉に何度も躓くだけなのだが……
あれから三日目の夕方にはローレンツと打ち合わせをする予定となっており、進捗状況は芳しくないが書き殴った脚本を手に指定の店へと向かう。
夕食も摂れると思えば足取りは軽くなる。
よく考えれば朝から何も食べずに書き続けていたなと思い返す。
店内にはローレンツとアリスが待っており、久しぶりの親子の再会からアリスは日中、ローレンツと共に行動してもらっていた。
実のところ明後日には四小国の合同会議の護衛にと向かうことになっているが、滞在期間はそう長くないことからそれほど心配はしていない。
アリスも執筆に忙しいディーノの邪魔をしてはいけないだろうと、日中は親元へと足を運んでいたわけだが。
いつでもディーノと一緒にいたいアリスである。
ローレンツの前でもディーノにベタベタにくっ付きながら料理を選ぶ。
「アリス少し離れなさい。ディーノが窮屈そうじゃないか」
「いいの。私は平気だから」
「君が良くてもディーノは平気じゃないだろう。離れてあげなさい」
「ディーノ……?」
「んー、親父さんの前なんだがら少し離れた方がいいと思うな」
「え……もしかして役者さんの中にディーノ好みの人が!?」
「なんでそうなる!?」
「うーん。アリスも妻に似てきたねぇ」
ああ、アリスは母親に似たのか。
見た目はそこそこ親父さんにも似ているけど性格は全然違いそうだ。
男嫌いが災いしてディーノへの執着に変わったのかとも思っていたのだが違うらしい。
「でも離れなさい。気になって打ち合わせができなくなるから」
「そうだな。これは仕事の話だから」
「むうっ」
ちょっと拗ねた真似をしてみせるがソーニャか誰かの影響だろうか。
以前はこんな振る舞いをしなかったと思うが嫌いではない。
店員さんを呼んで料理と飲み物を注文してから本題に入る。
「まだ完成には程遠いんですけど、初めのところは誰もが知る史実通りなので自分なりの解釈含めて書き直してみました。それから四聖戦士とヘラクレスの活躍まではいいんですけど、王国半壊あたりから史実と違ってきますね」
書き上げてきた原稿をテーブルに置いてローレンツへと渡す。
ローレンツは原稿に目を向けると、ペラペラと捲りながら読み進める。
本当にその早さで読んでいるのかと思えるほどに読み進める速度が早い。
「ふーむ。君、何気に字が綺麗だね。読みやすいし文章の運びも上手いんだけど加筆が多過ぎやしないかな……だが読むほどに情景が見えてくるから不思議だね。演技でこれを表現できるかどうか……」
ディーノの語りは口だけでなくその場の雰囲気や抑揚、身振り手振りといった動作を含めて物語となっている。
それを文章だけに落とし込むとなれば文字数は数倍にも膨れ上がってしまうのだ。
ヘラクレスの話が出てくるまでに五万文字を超える内容となれば英雄伝説を完成させるのに本を何冊執筆することになるかわからない。
だがディーノの書いたこの脚本をこのまま清書して売り出しても、飛ぶように売れそうな気もするのはローレンツが贔屓目に見ているせいだろうか。
いや、実際におもしろいし惹き込まれる。
「それで四聖戦士のうち三人目が消息を絶ったところまでは書けたんですけど、まだまだ英雄伝説はここからが本番なんですよね。史実がほぼ全部違ってきますし」
「たった三日でそれだけ書けたら充分だよ。ここから台本にするのが難しいくらい」
何も最初から全てを演技で表現する必要はない。
最初の方は語り手が上手く話を盛り上げていって、ヘラクレスが出てきたあたりから役者の演技を始めればいい。
ディーノが書いてきたおよそ五万文字をどう語るのかが難しいところだが、ディーノが語ればそれで済むとしても、冒険者であるディーノを劇団に縛り続けるわけにはいかない。
語り手の教育にディーノを付けてしまえば、最初のうちは大変かもしれないが後々は楽になるはずだ。
これでいこう。
「まずはこれを元に台本を起こすとして、ヘラクレスが出てくるまでの最初の方は語りでもいいと思わないかい?演じるなら重要度の高い部分を重点的に、流れの部分は語りで進めた方が物語もテンポ良く進むと思うんだがね」
「なるほど!それいいですね!オレの脚本でいくと一日あっても終わらないんじゃないかと思ってましたよ」
さすがに一日ともなれば観客も嫌気がさすのではないだろうか。
いくら長くとも二の時程が限界だとローレンツは考える。
「じゃあこのまま脚本を書き進めてもらっていいかな。私は台本に起こしながらディーノの解釈と擦り合わせる必要があるから時々相談させてもらうよ。そろそろ劇団の施設の改築も終わりそうだしそちらに来てもらえると助かるね。住み込んでもらっても構わないけど」
「ウルとライナーもいるので住み込みは無理だとしても、時々泊まりで台本進めたいところですね。脚本の方も相談させてもらいたいですし」
できることなら今ここで脚本に口を出してほしいディーノではあるが、ローレンツは文章を読んでは考え、また読み進めては考えを繰り返すだけで特に何も言ってこない。
この考えなければいけない文章作りが問題ありそうだが、周囲の状況や配置も考えるディーノからすると描写をできる限り増やしたいのだ。
もしかしたら物語としては邪魔になるのかもしれないとしても、役作りに何かしら影響が出るかもしれないので削るつもりはない。
「うんうん。君は団長なんだし本邸に専用の部屋があるからそこを好きに使ってくれるといい。泊まり用に寝台も用意してもらおう」
今のところ劇団の施設とは呼んでいるものの、一般公開されるようになれば劇場として利用することにもなる。
もともと貴族の邸だったものを改装し、吹き抜けのロビーを舞台にするとのことだ。
本邸という言葉がでたあたりは別邸もあるのだろうか。
もしかすると役者用の宿舎として利用するのかもしれない。
いや、するだろう。
ディーノであればそうする。
「それじゃ時々利用させてもらいます。それよりオレの書いた脚本はどうですか?何か修正点あればこの先の内容を変更していきますけど」
「いや、ディーノの思うように書いて構わない、というよりこのまま書き進めた方がおもしろい。演劇を観てそれで終わりにするのではなく、脚本も商品にしてしまえばまた新しい見え方もするんじゃないかな。私が台本で修正を加えるから、脚本はこのまま大量加筆で書いた方がいいと思うよ。この脚本は私の知る英雄伝説とはまったくの別物に感じているくらいだからね」
脚本を商品化するのか。
せっかく書いたディーノの脚本は、本来ならローレンツが台本を起こした時点で役目を終えるのだ。
それを商品化するとなれば作品として世に出回ることになり、人々の目にディーノ視点の英雄伝説が届けられることになる。
脚本を手掛けるにあたっては嬉しい提案である。
「わかりました。今日渡す原稿の三、四倍くらいにはなると思いますけど書いてみます」
「私も台本起こすのに時間が掛かると思うからそんなに急がなくてもいいからね。本業が疎かになってもいけないから」
冒険者業にまで配慮してくれるところはディーノにとってもありがたい。
机に向かい続けたところで思考が停止してしまう可能性もあり、時々息抜きがてらクエストに向かうのもいいだろう。
何よりウルとライナーが暇を持て余してしまうことにもなり、たまには行動を共にしないと何のために一緒にいるのかわからなくなる。
というよりディーノ自身が何をさせられているのかわからない状態だが。
「そうですね。ありがとうございます。ローレンツさんも気晴らしがしたくなったら一緒に行きましょう」
「あっはっは。いいね。君の戦いも見たいし連れて行ってもらおうかな」
戦いを見せるなら娘であるアリスの戦いもいずれ見てもらいたいところだ。
「でも今はクエストって言っても巨鳥の捕獲ですけどね。獣王国のテイマー連れて行って捕獲してテイム、みたいな作業です」
討伐依頼なら目的地に着いたら戦って魔核抜いて終わりなのに。
捕獲依頼だとテイマー迎えに行って目的地向かって殺さないよう手加減しながら戦ってテイムして傷癒して〜とやることが多い。
とてもめんどくさい。
「そんな簡単に言うのはディーノだけでしょ。普通は捕まえる方が難しいんだから。間違っても作業ではないわね」
いや、めんどくさいんだが。
「是非とも見てみたいね。今から楽しみになってきたよ」
討伐の方が楽しめると思うんだが。
まあ国王の命令だし仕方がない。
執筆に詰まったら一緒に連れて行こうか。
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