第185話 家族の形
ラーメンセットで幸せ気分に満たされたディーノ達ではあったが、デザートにどうぞと出されたのは緑色の飲み物の上に白いクリーム状の何かが乗ったもの。
頂上に赤いフルーツが飾られて筒状の食器が添えられている。
「クリームソーダです。脂っこいラーメンセットの後だとすっごく美味しいと思います」
クリームはわかるがソーダとはなんだろう。
緑色の液体の事だろうか。
これをルアーナ王女と世話係は嬉しそうに筒状の食器を持ち上げ、クリームを掬って口に運ぶ。
飲み物ではないのか?
よくわからないがディーノとフェリクスも同じようにクリームを掬って食べてみる。
冷たい!!
氷のように冷たく甘くて濃厚なクリームが乗せられていた。
食器についた緑色の液体はなんだかシュワシュワとするが、毒か何かではないのだろうか。
いや、シュワシュワな酒もあるくらいだ。
緑色のシュワシュワがあってもおかしくは……いや、緑色だぞ?
いくら透き通っていて綺麗な液体とはいえこんな体に悪そうな色の液体を飲んでも大丈夫なのか?
だがルアーナ王女は躊躇う事なく食器を刺して液体を吸い上げる。
そして幸せそうな笑顔を見せている。
これは挑まずにはいられないとディーノとフェリクスも顔を見合わせて液体を吸ってみる。
衝撃が走った。
これまでのどんな酒でも味わった事のない強烈なシュワシュワが舌の上で爆ぜる。
まるで口の中で小規模な爆破が打ち込まれているようなそんな錯覚が脳裏によぎる。
「強炭酸にしてみたんだ。クリームで炭酸が薄まるからちょうどいいんじゃないか?」
強・炭・酸!?
シュワシュワの強化版がこの液体に込められているという事か。
なる程、このインパクトであれば納得だ。
しかしクリームで薄まるとは……まさか混ぜるのか?
少しクリームとソーダの境目をクルクルとかき混ぜて吸ってみる。
するとクリームの優しさがソーダの刺激を包み込んでまた別の味を生み出している。
たった一つのグラスに何という遊び心と美味さを詰め込んでいるのか。
まるで子供達の為に詰め込まれた宝箱のような飲み物だ。
しかしこのまま全て混ぜてしまってはクリームが強過ぎるのではないか?
そう思い、クリームをある程度減らしてから混ぜて飲むディーノだった。
食事の後はまだ帰るには早いだろうと、フェリクスを相手にルアーナは国での生活をいろいろと聞き出し、同じように自分もこの国での日頃の生活について語って聞かせていた。
フェリクスは八男という事もあって勉学はそこそこに多くの時間を修行に費やしていたらしく、それ程多くを語る事はないようだが、時々野外研修と省したキャンプのような事や近隣の領地までの走り込みからの小旅行など、尊敬する師匠イルミナートの訓練についてを楽しそうに語っていた。
先生と呼ぶチェルソの授業もまた他国の話を多く聞かせてもらえて興味が尽きないのだと、外交官の教師であるからこそ学べる事が多かったと、今後も多くの話を聞かせてほしいと語る。
ルアーナは勉強勉強の毎日に少し嫌気が差しているようだが、世話係の女性からは王家の者としてしっかりと云々と愚痴をこぼそうとするたびに注意を受けていた。
しかしここしばらくセンテナーリオ観光をするフェリクスからはさまざまな質問がされるたび、知識を多く詰め込んだルアーナは説明ついでに自分の考えも含めていろいろと話して聞かせてくれる。
二人の会話の流れも心地よく、結ばれればお似合いの夫婦となりそうな予感がする。
そんなフェリクスとルアーナからはディーノにも質問が向けられた。
「ディーノさんはお国に恋人はいないんですか?」
「ん?ああ、いるよ。うちのパーティーメンバーでアリスっていうんだ」
「なっ!?アリス、だと!?この世界にアリス王女が来ているのか!?」
驚いたようにディーノに詰め寄るクレートはアリスを知るはずはないのだが。
それにアリスは王女でなければ召喚者でもない。
「アリス=フレイリアな。名前が同じだけじゃないか?」
「そ、それもそうか。まさか異世界に来てその名が聞けるとは思わなくてな」
アリスという名であればそう珍しい名前でもないとは思うが、クレートにとっては王女に直結する……ん?
「そのアリス王女に何か特別な感情でもあるのか?」
「い、いや、オレの生まれた国の王女というだけで何も特別な感情はな、ないな!」
歯切れの悪い物言いはクレートらしくはない。
たしか精霊召喚の際にも王女にブレスを吐きかけただの機嫌を直してもらえるのに時間が掛かったなどと言っていた気がする。
王女でありながらクレートにとってかなり身近な存在ではないだろうか。
「クレート君。少し話しをしようか。何なら相談にのるよ?」
「な、何の話しだ?」
何故か楽しそうな表情でクレートの腕を掴むディーノ。
「またまた〜。クレートはいくつになったんだ〜?そろそろ恋愛に興味のある年頃じゃないのかな〜?」
見た感じではディーノよりも少し歳上に見えるクレートではあるが、魔族というものが恋愛に興味のある年頃があるのかどうかはわからない。
「どういうつもりだ。百二十四歳のオレがたかだか二十歳も過ぎん男に相談なんてないんだが?」
まさかの百二十四歳……
見た目は二十歳そこそこに見えるがまさか三桁の年齢とは思わなかった。
しかしディーノから目を逸らしているあたりがもうすでに怪しい。
魔人や人魔の恋愛感やら結婚適齢期はわからないが、見た目から察するに今のこの年頃が恋愛感情も強いのではないかと考えられる。
「アリス王女。美人なんだろ?会いたくな……悪い。軽率だった」
ふと思い返せばクレートは異世界からの召喚者であり、元の世界に帰れるという保証はない。
もしクレートが少しでも会いたいという気持ちがあれば彼を傷つける言葉でしかない。
「んん、まあ軽率ではあるが気にするな。オレはそう遠くないうちに元の世界から迎えが来ると思っている」
「いや、他の皆んなもいるだろ。軽はずみな言動をしたと思ってる。ごめん」
「そう暗い顔をするな。魔王様は必ずオレを見つけてくれる。これは予感でも希望でもなく確証だ。あのお方は不可能を可能にする偉大なお方なのだ。この召喚すらも解明して異界を行き来できるようにしてしまうかもしれん」
頭を下げるディーノは仲間と引き剥がされ、二度と会えなくなる事を考えればやはりそう簡単に自分の言葉を許す事はできない。
「まったく。せっかくの楽しい雰囲気がお前のおかげで台無しになってしまった。だがな、会いたいかと問われれば会いたいさ。会えないからこそその想いは強くなるものだ。会えなくとも、オレの帰りを待っていてくれる事を切に願う」
雰囲気の回復の為にも正直なところを話したクレート。
しかしこの内容に納得できない者もいる。
「師匠!わざわざ帰らなくてもここで私と一緒に生きていくって手もあるよ!?」
「はぁ!?私とだし!お菓子の美味しい温泉旅館やるの!!」
「料理の方が大事でしょ!」
「お菓子はお土産にだってなる!」
同じように恋愛に興味のあるお年頃のジーナとニルデは、身近で最高にかっこいいクレートに恋心を抱いているようだ。
クレートは自分の娘として接していることから恋愛に発展する可能性は限りなくゼロに近そうだが。
「ま、ディーノさん。俺達はクレパパ信じてるからさぁ。魔王様が迎えに来るって言うなら本当に迎えに来るんだろうし、もしこの世界に残る事になってもこんな楽しい家族がいるんだ。今はブラーガじゃなくなるのが寂しいって思ってるくらいだ」
「気にしなくていいですよ。ライナーの言う通り俺達は家族なんです。クレートさんと共に生きて、元の世界に帰れるようなら帰るし、もし向こうでこの家族と離れ離れになるくらいならまたこっちに戻って来ちゃいますよ」
「ピーナはどこでもみんなと一緒がいい!」
もうすでに召喚者は家族としてこの世界に根付き始めているのかもしれない。
誰もが元の世界に戻る事よりも今のこの家族を大事にしており、共に過ごせるならこの世界に留まってもいいとさえ感じているようだ。
「そんな大事な家族なのにライナーはオレについて来てもいいのか?」
「え、うん、行くよ。だってずっと会えないわけじゃないし。絶対戻って来るし」
「そっか。まあクレートいるから安心だしな。家族かぁ……いいな、お前らの家族」
ディーノもかつての家族を思い返す。
今となっては顔もはっきりとは思い出せなくなってきたが、優しい父と母、祖父母に囲まれた幸せな家庭。
いずれ全てが片付き次第自分の家庭を持って平穏に暮らすのも悪くはない、そう思いながらブラーガ家での一時を過ごした。
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