第90話 雷竜

 まずは黄竜のツノが光っている間に何ができるのかを確かめるべく、ディーノは空を駆けながら伏せたままの黄竜へと接近する。

 黄竜の視線がディーノを追い、その間合いに入り込むとやはりというべきか左の前足が突き出され、それを爆風による加速で回避。

 一気に黄竜との距離を詰めてユニオンを突き立てようとしたところで上方に緊急回避。

 黄竜の上半身から目に見える程の雷撃が放たれた。

 これまでの戦いからティアマトよりも身体能力は低いものと思われるが、スキルが発動できる分黄竜の方が手強い。

 ディーノはまだギフトを発動していないが、速度を高めたとしても雷撃に耐えられるわけではないのだ。

 そして雷撃であれば風の防壁も突破される事は確実であり、ディーノの防御力も役には立たない。

 雷撃を全て回避しながらダメージを与えなければならないとすれば容易な事ではないだろう。


 上空に駆け上がったディーノは反転して黄竜に向かって自由落下を始め、上方を見上げて構えた黄竜はディーノ目掛けて飛び上がる。

 するとその瞬間に黄竜のツノの発光が収まり、振り上げた右前足を風の防壁で受け流して右頬へと斬り込み、そのまま落下加速度を利用して胸部まで斬り裂いた。

 このまま地面に着地しては黄竜に潰されてしまう為、防壁によって衝撃を緩和した直後にその場を退避。

 黄竜の大地を震わす着地音と尾による薙ぎ払いで瓦礫を撒き散らすが駆け巡るディーノには直撃しない。

 ディーノが黄竜の前方側へと回り込んだところで再びブレスが吐き出され、それを爆風によって回避したと同時に黄竜が飛び掛かる。

 このままでは叩き潰されるとディーノはギフトを発動して更に加速。

 黄竜の一撃は回避する事はできたが急加速とまではならない為、着地した後の横薙ぎの前足がディーノを捉え、防壁で緩和したもののその衝撃は尋常なものではない。

 咄嗟にガードしたディーノだがその強烈な一撃に耐え切れるはずもなく、瓦礫を巻き込みながら叩き飛ばされた。

 防壁を爆散させる事でダメージを軽減したものの、一撃を受けた事による右腕の骨折と脇腹の激痛、装備を貫く事はなかったが瓦礫によるダメージとで全身から血と汗が流れ落ちる。

 すぐさま上級回復薬を飲んでその場から退避。

 向かって来た黄竜の叩き潰しを回避し、痛みに耐えながら距離を取ろうと瓦礫の隙間を縫って走り抜ける。

 しかし黄竜は視界に映らないディーノの場所を特定し、再び光球のブレスを吐き出した。

 横に回避すればまた狙い撃ちにされるだろうと後方へと駆けるディーノ。

 ギリギリで光球の破砕範囲外へと退避したディーノだが、黄竜はディーノ場所がわかるようでブレスの放電現象に構わずディーノに襲い掛かる。

 回復薬により少し痛みの和らいだディーノは爆風を放ってそれを回避し、横薙ぎの一撃を予想して跳躍すると足元を黄竜の右前足が通り過ぎていく。

 すぐさまディーノに向き直った黄竜は左前足を突き出し、俊敏値の上昇しているディーノは体を縦回転させる事でそれも回避。

 反対へと逃げればまた横薙ぎの一撃が向けられるだろうと振り抜いた方向へと空を駆ける。

 黄竜は回るようにしてディーノを追い、まだ攻撃できる状態にないディーノは黄竜の背後を取ろうと駆け回る。




 ◇◇◇




 ディーノと黄竜の戦いを見守る領主と冒険者達。


「まずいな。ディーノが押され始めたぞ。誰か行ってやれんのか」


「いやぁ伯爵様。さすがにあの速度についていける者はこの場におりませんぜ」


 さすがにSS級パーティーのシーフであるネストレといえど、風魔法で加速できるディーノの速度には追い付く事ができない。

 エアレイドによって一時的に追い付く事はできるかもしれないが、風魔法に比べてスキル再使用時間が長い為、黄竜の気を引く事はできてもディーノの足手まといになりかねない。


「じゃあ僕が行ってくるよ。黄竜の邪魔くらいはできると思うから」


 フィオレが名乗り出て前に歩き出すがそれをアリスは引き止める。


「だめよ。ディーノは自分を試してるみたいだし、今誰かが行ったら動きにくくなるわよ」


 アリスから見たディーノは一時的にギフトを発動したものの、それ以降はまたギフトを解除して黄竜と戦っている。

 ダメージを受けた事により動きが鈍っているのかとも考えたが、爆風の出力が高くない事からこれに気がついた。

 おそらくはダメージが癒え次第攻撃に移るだろうと、アリスはディーノが苦戦しているとは微塵も感じていないようだ。




 ◇◇◇




 ディーノを追う黄竜の動きは凄まじく、周囲の家屋のほとんどを倒壊させて暴れ回る。

 縦横無尽に駆け回るディーノは黄竜を煽り立ててブレスを誘導し、ブレス以外の雷撃の発動を見極めながらスキルを消耗させていく。

 また、他に持つ能力が何かと様子を見ていると、どうやら敵の位置を完璧に察知できる能力のようで、ディーノが視界から外れたとしても確実にその位置を特定して襲って来る。

 おそらくは雷属性スキルから派生した能力であり、元々高い察知能力を持つにも関わらず、ツノが光っている時にはどこに隠れていようとも完璧に察知してくる。

 黄竜の動きを全て回避できるからこそディーノはそれ程苦戦する事なく戦えているのだが、遭遇すれば隠れる事も逃げる事もできないモンスターと考えればこれ程厄介な能力はないだろう。

 もしこの後黄竜を倒す事ができないと判断した場合には、撤退しようとしても逃げる事はできない。

 ここで確実に倒す必要があるのだ。


 まだ痛みは残るものの、右腕の動きが問題ないと判断したディーノはギフトを発動し、向けられた左前足をユニオンで受けながら回転するようにして受け流し、振り抜かれた前足を足場にして駆け出した。

 突如として速度をあげたディーノに反応が遅れた黄竜は無抵抗のまま左頬の肉を斬り裂かれ、上半身から雷撃を放つも跳躍したディーノに届く事はない。

 そしてここまでの戦いから上半身からの放電時間に当たりを付けたディーノは体を翻してその背に着地すると、ユニオン内に溜め込んでいた魔力で首裏を爆破。

 硬質な鱗が数枚引き剥がされると悲鳴をあげて振り落とそうと暴れる黄竜。

 しかし爆破を利用して跳躍したディーノは黄竜の爪刃に捉えられる事はない。

 ディーノを見上げた黄竜はブレスを吐き出し、跳躍すると同時に巨大な翼を広げて羽ばたいた。


 駆け上がるようにしてブレスを回避したディーノを追う黄竜は、その巨体を思わせない程軽やかに空へと舞い上がり、空を駆けるディーノに追従するようその背を追う。

 加速した黄竜の飛翔は速く、ディーノの俊敏値をもってしても逃げ切る事はできそうにない。

 咄嗟に上方へと向かって駆け上がると、急上昇する事の難しい黄竜は体を大きく傾けて左方向へと旋回し、振り上げられた右翼に弾かれたディーノはバランスを崩して落下していく。

 防壁をうまく発動して体勢を立て直すも、再び旋回して戻って来た黄竜がすぐ側まで迫っている。

 口を開いて襲い掛かる黄竜の目前で爆破による跳躍から体を捻って頭上に着地し、鱗を剥がした首筋へと駆け込むと全体重を乗せてユニオンを突き刺した。

 絶叫と共に下降を始めた黄竜に、バランスを崩したディーノは翼に巻き込まれて錐揉み状態になって落下していき、翼を羽ばたかせた黄竜は再び飛翔すると怒りのままに喉元から雷を地面に落としていく。

 ディーノは黄竜からは離れた位置を落下していった為直撃する事はなかったものの、空を飛びながらでも雷属性スキル発動をできるとすれば危険極まりない生物と言えよう。

 街の上空を舞いながら次々と雷を落としていく黄竜は災厄そのものと言っても過言ではない。


 雷鳴轟く中でディーノも負けじと爆音を響かせて黄竜を追って空を駆け巡る。

 ギフトを発動した状態での俊敏値に加えて風魔法による加速であれば黄竜の飛行速度をも優に上回り、真横から攻撃をしようと距離を詰めるも、ディーノの動きを察知していた黄竜は接触の寸前で翼をはためかせる事で急停止。

 目の前を通り過ぎようとするディーノに向かって雷撃を放出する。

 放出された複数の雷光のうち一筋の雷が直撃する瞬間、ディーノは咄嗟に構えたユニオンで雷撃を受け止め、溢れた魔力を周囲へと撒き散らす。

 ユニオンを組成する魔鋼は魔力伝導率が高いだけでなく、雷の事象となった魔力でさえも本来の魔力へと還元させる能力も持つようだ。

 恐ろしいまでの衝撃と目が焼かれるほどの光量ではあるものの、直接的なダメージを受ける事はない。

 雷撃を受け止め切れた事に驚きつつも追撃を回避しようと射程から外れるべく後方へと空を駆け、ディーノが遠ざかっていく事に気付いた黄竜は再び翼を羽ばたかせて後を追う。

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