「全てのカムイを」part.8
割り当てられた部屋に戻ったタケキ達は、出発の準備を始めた。
服装ばかりはどうにもならないため、世話担当の兵に動きやすいものを依頼してある。
「この後どうしよ? 王様にあんな啖呵きっちゃって」
「あれは必要だっただろ」
「そうだね。タケ君が言わなかったら私が言ってたかも」
「私もなんか嫌だったー」
ホトミもやリザもタケキと同様に、ハクジの言葉にきな臭さを感じていたようだ。
二人ともベッドに座り、服を緩めた。正装は堅苦しくて苦手だ。
「どうにかして王都に行く」
「リザちゃんの体?」
「ああ、殺せなかった俺の責任だ」
改めて考えてみれば当然のことだ。リザをカムイで殺そうとしたことが間違っていた。何かが起こってもおかしくない、ということを考え落としていた。
十二年前の出来事や、リザを失うことで感傷的になっていたのだと思う。殺すのであれば、冷酷に機械的に事を為すべきだった。近くには刃物も銃器もあったはずだ。そこに私情を挟むのは自身の弱さに他ならない。
「悪いな、付き合わせて」
「前も言ったよ。逃がさない。ね? リザちゃん」
「えー、そこで私に振るの!?」
三人は小さく笑い声をあげた。
「失礼します」
扉を叩く音と共に、担当兵の声が聞こえた。「これくらいしか用意できませんでした」と渡されたのは、見覚えがある灰色の野戦服だった。
「ありがとうございます」
ホトミの礼に顔を赤くした若い兵は、そそくさと部屋を後にした。
二人が着替え終わるのとほぼ同時に、再び扉が叩かれる。まるで待っていたかのようだった。
「タケキ、ホトミ、入るぞ」
返事を待たずに扉が開けられ、略式の軍服に着替えたレイジが入ってきた。
「なんの用だ?」
「話をさせてほしいと言っただろ?」
もう話すことは何もないと思っていた。しかし、レイジは違ったようだ。
ホトミが用意した折り畳みの椅子に座り、レイジが口を開く。
「正直に言ってほしい。二人とも、どう思った?」
その問いかけはどこか、助けを求めるような弱い響きを持っていた。
「さっき言った通りだ。否定はできないが迎合するつもりはない」
「ホトミはどうだ?」
「私も基本的にはタケ君と同意見」
レイジは「そうか」と小さく呟き下を向いた。数秒の沈黙が流れる。
「言い訳を、させてもらえないか?」
「ああ」
レイジは、カムイを消し去りたいと考えていたと語る。争いの元凶であり、自分達をカミガカリとしたものだ。存在そのものを憎んでいた。
ただ、そんなことは不可能だと認識もしていた。だから、せめて軍事への転用は阻止しようと王の案に乗ったと。
王の権威をかざせば、人も物資も集めることができた。筒を供給されればカムイですら行使できたため、人心掌握も容易だった。カムイを消したいと思いながら、カムイを使う矛盾は精神を疲弊させる。
秘密裏に膨れ上がった反抗組織は、王を絶対として確固たる団結をみせていた。そこにレイジの意思が入る隙間はなく、組織の歯車として動くしかなかった。
「俺達に全て話さなかったのも、組織の都合か?」
「それもある。それと、巻き込むのを最低限にしたかった」
「レイジ君、話してもよかったんだよ?」
ホトミが、項垂れるレイジの肩を叩く。
タケキは自身がホトミほど寛容ではないのを自覚していた。かける言葉など見つからない。見つける気にもならない。
「すまない。俺は、悪夢を忘れたいだけなんだ。わかるか? カムイで人の心を読むってことは、死に際の声が聞こえるってことなんだ。様々な感情が流れ込んできて、俺の頭はどうかしてしまった」
頭を抱えたレイジの声が大きくなる。
「今だって、俺は人を大勢殺す指示をしたことよりも、お前達から軽蔑される方が怖いんだ。死に対する価値観がずれているのも自覚しているのに、何も感じないんだ」
誰にも言えなかったのであろう本音を吐き出している。その姿を見ても、再び友と呼ぶことはできないだろう。タケキはそれを、寂しいと感じた。
ただ、許容は到底できないが、心の逃げ道を用意してもいいとは思えた。それは、人殺し同士の慰め合いかもしれない。
「レイジ、王都の件が終わったら一発殴らせろ。許しはしないが、それで終わりだ」
「それ、私も乗った」
久しぶりにレイジの名を呼んだ気がした。
「ありがとう」
レイジはいつかと同じように涙を流した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます