「共に来い」part.4

 タケキには中佐が誇らしげに見せる物が、その言葉通りの優しげな存在には思えなかった。この旧実験場、共和国軍が管理する治安維持局、中佐の不気味な笑み、全てが不穏な空気を放っているように見える。


 周りを見渡す。壁には物見台のようなものが張り出しており、武装したモウヤ軍の兵が蠢いていた。雑に数えても百人は超えている。

 随分と歓迎されているようだ。


「希望の星って、あれが?」

「そうとも」


 大きく頷いた中佐は、装置に向けて手を振る。傍らの作業員とおぼしき白衣の男が、合図を受け操作盤を触った。装置は小さな駆動音を立て、数分後に停止した。


「ふむ、また遅くなったな」


 中佐は呟くと同時に、駆け寄ってきた作業員から銅色に鈍く光る円筒を受け取った。

 タケキの人差し指と同等の長さで、それより少し太い。逆流防止弁つきの蓋は、機械に嵌め込むことで解放される。


「どういうことだ?」


 タケキとホトミが殺気を孕んだ目で睨んだ。中佐は手の中で筒を弄ぶと、何気ない様子で答えた。


「カミイケと、君達は呼んでいたね」


 タケキは自分が激昂しているのを理解していた。予想はしていたものの、目の前でそれを見てしまえば抑えがきかなかった。

 終戦に際し禁止したはずのカムイを、敵国であった軍が利用する。それはつまり、タケキ達の戦いが無意味であったと証明することになる。


『リザ!』

『ええ!?』


 同意なしにリザのカムイを行使するのは初めてのことだ。掌に作り出した刃を小刀のように握り、中佐の首を切り落とす。廃工場の時とは違う。衝動的な殺意には迷いなどなかった。


「落ち着きたまえ」


 首が繋がったままの中佐は、低い声でタケキを諌める。不可視の刃は不可視の盾に阻まれ、その首元で止まっていた。

 ホトミが作り出したものではないことは、感覚的に理解はしている。ではこれは何だ。


「まだカードは切りたくない。紳士的にいこうではないか」


 百挺以上の銃口が、タケキを狙っていた。

 中佐は右手でタケキの手首を掴み、その膂力で強引に首元から離した。そのまま自身の首をさする。


「わかっていても、恐ろしいものだね」


 呆然とするタケキを余所に、中佐は装置の方へ歩を進めた。軍靴の音が閉鎖空間に響く。


「見てもらった通り、これはカミイケというものを作る装置だよ。我が国ではスピリッツと読んでいるがね。名前を変えたところでどうとなるわけでもないが」


 歩きながら語る口調からは、これまでの上機嫌は消え去っていた。


「タケ君」

「ああ」


『リザ、さっきは悪かった』

『ううん、あれは私も腹が立つよ』


 ホトミに促され、タケキ達も後に続いた。


「ただね、ここ暫く調子が悪くてね、製造スピードが落ちているんだ。うちの技術者が言うにはスピリット、君達の言うカムイだね。それによる外部的な刺激があれば活性化するそうだ」


 装置までたどり着いた中佐は、その大きな筒を愛おしそうに撫でた。


「だから、サガミ・タケキ君。君のその力で、これに活をいれてほしい」


 振り返った中佐はタケキの頭上、リザの方を指差した。


「あんた、見えているのか?」

「なんのことかな。で、やってくれるね? わざわざ本国からこれを運んで来るのは大変だったんだよ」


 鋭い眼光がタケキに突き刺さる。

 その視線から目を離してはいけない。それは負けた事になる。


「大人しく従うと思うか?」


 ここで命を落とすことも想定していた。ホトミだけは生きていてほしいが、叶わないかもしれない。レイジも一蓮托生にしてしまうだろう。それでもカムイが再び戦争の道具にされるよりはましだ。大暴れして、装置を破壊してしまえばいい。

 そんなタケキの覚悟を、中佐は不敵な笑みで返した。予想していた言葉だったのだろう。


「ロウド・レイジの身柄はこちらにあるのだよ。それに、君達の安全も。それで足りないのであれば、そうだな、一生困らないように生活の保証もしようか」


 中佐は両手を広げ舞台役者のように語る。

 大きく息をついたタケキは最も根本的な疑問を口にした。


「そうまでして、これを使う目的はなんだ?」


 目の前の大柄な男は、淀みのない真っ直ぐな視線でこう答えた。


「平和のためだよ」

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