「共に来い」part.2
以前は木製だった正面扉は透明な硝子に差し替えられていた。この大きさの硝子など、クレイでは考えられなかったものだ。
治安維持局はその名の通り、戦後の暫定政府として治安を維持する名目の組織であった。その暫定政府も既に十年続いており、今や事実上の確定政府となっている。
戦争に疲れ果てていた当時のクレイ王国民達は、暫定政府を好意的に受け入れた。意図的に善政を敷いて反抗を抑えたとも考えられる。
それが功を奏したのか、元々従順な国民性だからか、暴動やそれに乗じた犯罪は発生しなかった。 旧王国軍司令部は治安維持局とは名ばかりの公共施設となっていた。
一階の受付周辺では、各種手続きに来た市民で賑わっている。各所に設置された椅子には老人が談笑し、託児所では親を待つ子供が遊んでいた。平和そのものという光景だ。
タケキは受付に座る女に面会の旨を告げた。電気式の電話でどこかと連絡をとった女は、奥に入ることを促す。タケキ達は案内されるまま、長い廊下を歩いていった。
クレイ王国の施設は華美に装飾されていることが多い。飾り物の王と、その威光を吸う貴族という支配構造であったからだ。権威を示すための手段としては浅ましい限りだが、彼らの自尊心を満足させるには充分であった。
旧クレイ王国軍司令部もその例に漏れず、豪奢で悪趣味に彩られていた。《モウヤ・クレイ共同安全保障治安維持局》として接収されている今も、そこには手を加えられていない。
『すっごいねー。気持ち悪い』
リザがタケキの傍らで正直な感想を漏らした。不可視ではあるが、白いワンピースに身を包み、長い黒髪を頭の後ろで結っている様にタケキは感じる。自身の外見を自身で認識できるようになったことで、お洒落を楽しめるようになったと喜んでいた。特に、ホトミから譲られた服を着ている状態になるのが気に入っている様子だ。
『あんまりはしゃぐなよ』
男女が絡み合っている彫刻に触れようとするリザを嗜める。タケキと同調していないため触れることはできず、彼女の手は空を切った。
「どうぞ」
受付の女が大きな扉を開いた。応接室のようだ。中には誰もおらず、幅広の机とその周りに椅子が並んでいる。女に従い、タケキは部屋に入る。柔らかい絨毯の感触が不快だった。
「お待ちください」
そう言って女は部屋から出ていった。
「さて、どう出てくるか」
「とりあえずは大人しくしてるんでしょ?」
敢えて上座に座ったタケキとホトミは目を合わせる。
戦闘を前提としてはいるが、さすがに服装は普段着だ。極力肌は露出せず動きやすい物を選んだが、結局は丸腰である。戦う場合はリザのカムイに頼ることになる。切り札は温存しておくに越したことはない。
カムイを遮断する合金製の物がどこにあるのかも調べる必要がある。中佐に企みがあるのは確実だ。それを潰すのがタケキ達の目的のひとつでもある。
「レイジの確保が優先だけどな」
「だね」
『私はいつでもいけるよ』
主目的はあくまでも地下二階に軟禁されているレイジの救出だ。ただ、運転手の言葉が気にかかる。合図とは何か、その後はどうするつもりなのか。機会をみてリザと探知をすることも視野に入れておく。
程なくして、扉を叩く音が三回。その後、ゆっくりと扉が開かれた。
入ってきたのは、自動小銃で武装し覆面で顔を隠した兵士が二人。護衛だろう。
続いて大柄な剃髪の男――ジルド・ヤクバル中佐だ。
「十日ぶりだな。息災だったか?」
「おかげさまで」
中佐は低く響く大声で笑った。膨らんだ筋肉が突っ張り、軍服が今にも破裂しそうだ。随分と上機嫌のようで、タケキの皮肉も意に介す様子がない。
そしてもう一人、モウヤ式の正装に細い楕円の眼鏡。
「なっ……」
タケキは思わず声を詰まらせた。
最後に入ってきたのは、レイジだった。
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