「私を探して」part.15(エピソード1 了)

 タケキの告白にリザは目を丸くした。当時切り裂かれたであろう右脇腹に手をやる。


『え?どういうこと?殺したのは私と同年代くらいの男の子だよ?サガミさんは比べたらずいぶんおじ、お兄さんだけど』

「君は何年か前に殺されたと言ったが、それは十二年前だ。状況が全く同じで、俺が殺したのも黒髪の少女だった。間違いないと思う」


 リザは怒るだろう、怨むだろう。自分を殺した相手が目の前にいるのだ。彼女の膨大なカムイで捻り殺されるかもしれない。それでもいいとタケキは思う。

 そうされても仕方ない事をしたのだ。こういう形で罪を贖うのもいいのかもしれない。ただ、ホトミを巻き込んでしまうのが心配だった。


『そっかー。それは感謝しないとね』


 リザは顎に指を当て、上を見ながらそう言った。今までと同じ軽い口調で。

 タケキ達は階段を上り、中央棟の出入口へ近づいていた。


「君は、俺を怨まないのか?」

『え?なんで?ほら、私って生きてたらいけないんだよね。しかも簡単には死ねないのね。殺してほしくて少年サガミさんの所に行ったわけだし。だから感謝。あ、逆に謝らないといけないね。嫌な思いさせてごめんなさい。あと、いい加減リザって呼んで』


 タケキは理解できなかった。殺す事に感謝されたことなどない。されてはいけない事だから。

 ましてや、謝られるなんて考えたこともなかった。それと同時に疑問も湧く。彼女の自身に対する生死観は何なんだと。


『まー、それはそれとしてね。私は死んだはずだったんだよ。おなかズバーの血ドバーで』


 タケキの混乱を余所に、再びリザは身振り手振りを併せて話し出す。その姿は年相応よりも少しだけ幼く見えるような、少女そのものだった。

 見えない少女らしきモノと苦しげに会話するタケキを、ホトミは我慢強く見守っていた。


『ちゃんと意識もなくなって、死んだーって思って安心したのさ。でも目が覚めちゃってびっくり、さらに目の前に私がいてまたびっくり。たくさん管が刺さってて機械に繋がってるし、すごい痩せてたけどあれは私だったよ』


 衝撃的な会話を続けながらも、移動の足は休められなかった。中央棟から外に出て警戒しつつ工場地帯を歩く。穴を開けた塀はもうすぐだ。


『じゃあ、私を見てる私は誰?って話になるよね。それが私にもわからなくて。なんとなくカムイだってことはわかるんだけど』


 カムイの塊となったリザは、自分の意思で力を行使できなくなっていた。幸いなのか、移動だけはできたそうだ。再び自分を殺すには誰かの手を借りるしかなく、助けを求めて各地で呼び掛けていたらしい。


『まさに運命だよね。私の初めての相手と再開できるなんて。あの男の子なら私をちゃんと殺してくれるって思ってた。だから、またお願いできないかな?』

「君は、本当に死にたいのか?」


 リザは全て自分は死ぬべきという前提で語っている。タケキにはどうしても理解ができなかった。


『あーそうか、サガミさんはあんまり殺したくないんだったね。ごめんね、本当は殺すの苦手なの見ちゃった』


 質問の意図を違う方向に察し、リザは考え込む仕草を見せる。前提はどうあっても崩れないようだ。タケキには、リザ本人もその前提があることに気付いていないように見えた。


『良いこと思い付いた。こうしよう。さっき怒ってないって言ったけどあれ取り消しね。私はすごく怒ってます。それはもう盛大に。だから、お詫びにちゃんと私を殺してください』


 自慢げな表情のリザを見て、タケキは自分の抱えていた何かが崩れたようだった。


「ははは……」

「タケ君、どうしたの?」


 ホトミはタケキ声に驚くが、笑いが止まらない。初めて殺した相手が怨んでいない、ましてや感謝していると言う。そして再び自分を殺せと言う。

 人を殺すことに意味があったのか。人を殺すことに価値があったのか。忘れて、蓋をして、安らぎを求めようとしていたのに。

 ひとしきり笑った後、タケキは答えた。


「わかったよ、リザ」


 リザは花が咲いたような笑顔を浮かべた。


『ありがとう。私を探してね。あ、タケキって呼んでいい?』


 塀が見えてくる。レイジの依頼は達成できなかったが、なんとか無事に帰ることができそうだ。リザの件は後で考えよう。

 ただ、その前にやることがある。


「心配かけてごめんな。全部話すよ」


 必死で黙っている相棒にタケキは声をかけ、リザとの話を全て伝えた。


「タケ君が納得するならそれが一番いいよ。私も手伝ってあげる」

「ありがとう」


 驚くばかりの事実に目を白黒させたが、ホトミから出る言葉はいままでと同じだった。ホトミには感謝してもし足りない。

 レイジの件もリザの件も、彼女なら助けてくれるだろう。

 遠慮などする必要はない。その気持ちを無下にせず、素直に甘えてしまおう。なんにせよ、まずは脱出だ。


「動くな!」


 塀の穴から出た二人とリザを待っていたのは、武装したモウヤ兵の一団だった。





 エピソード1 「私を探して」 了

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