「私を探して」part.9

 中央棟の地下一階はまるで迷宮のようだった。大人二人が余裕を持ってすれ違える程度の幅をした通路が続いている。レイジから渡された各階層の見取図から地下一階分を取り出し確認する。無数の小部屋とそれを結ぶ通路が規則的に並んでいるようだ。

 規則的であるが故にどこを通っても同じように見え、自分達がいる場所がわからなくなる。この施設が使われていた頃の職員もさぞ迷ったことだろう。

 タケキは懐中電灯の光量を最小にし、細心の注意を払って地図に印をつける。迷った挙句、帰れなくなっては元も子もない。


『わ……し……が……て』


 タケキ達は声の方向に向かって迷宮を進む。向かう先はタケキの感覚を頼りにするしかないが、間違ってはいないはずだ。その証拠に、徐々に声は鮮明になってきていた。


「だいぶ近くなってる」

「ねぇタケ君、声の人に会ったらどうするの?」


 緊張が隠せないタケキに、ホトミがどうしても気になっていたことを問いかける。


「どうして俺なのか確めたい。俺に何を言いたいのかも」

「そっか、私は文句を言ってやりたいよ」

「文句?」

「そう文句。タケ君を呼びつけるなんて十年早いって」


 冗談めかして言ってはいるが、ホトミの本心だった。本当に十年早い。なんなら十五年早い。私がどれだけ時間をかけたと思っているんだ。


「……ホトミ」

「うん」


 七つ目の角を左に曲がった時、タケキは声とは違う気配を感じた。ホトミも気付いているようだ。正面に一、後方に三。タケキは懐中電灯を消灯し身構える。

 ホトミは素早くタケキの背後に回り背を向けた。言葉は最小限でいい。

 互いが互いの特性と役割を理解し速やかに適切と思われる行動に移せる。だからこそあの戦場で生きてこられた。

 タケキは腰の小刀を逆手で鞘から抜きつつ、左手でカムイが入った筒の蓋を開けた。相手が銃を持っているならば、使い慣れない火薬式の拳銃では分が悪い。

 あまり使いたくはなかったが、カムイを使い強行突破する他ないと判断する。ホトミも同様の判断をしたと背中越しに感じた。


「ホトミっ!」


 タケキが呼ぶのとほぼ同時にホトミはカムイを行使した。タケキとホトミ自身の前面に作られた不可視の盾は、気配の放った数十発の弾丸を受け止めた。

 火薬式の銃が発する破裂音はしなかった。恐らくはカミイケの作用で作った圧縮空気で弾丸を発射する、クレイ式の銃を使っているのだろう。

 カムイを使った兵器を研究している施設だ、旧クレイ軍の武器を使っていても不思議ではない。あれならば空気の漏れる音が小さく出るだけで奇襲には最適だ。


(いや、違う)


 タケキは違和感を覚え、記憶を辿る。弾丸が放たれた瞬間、空気の漏れる音は聞こえなかった。そして、目の前で止まっている弾丸を見る。それは弾丸ですらなかった。金属や石の欠片、割れた硝子等の瓦礫だ。

 廃棄された施設であればどこにでも転がっているような雑多な物が、高速で飛来してきていた。単純動作だけをするカミイケではできない事だ。


(まさか……)


 カミガカリには、カムイを行使し物を飛ばすことに秀でている者も複数名所属していた。彼らならば、こんな芸当は簡単にできるだろう。戦後捕らえられたカミガカリの生き残りがテロリストの排除を命じられたのだろうか。それならば、話せばわかってくれるはずだ。


「待ってくれ、俺たちはテロリストじゃない。モウヤがカムイを軍事利用するのを止め……っ」


 タケキが話し終える前に第二射が飛来した。先程よりも瓦礫の量が増えている。間を置かずに放たれた第三射も盾に激突する。同胞かもしれない相手に攻撃され、タケキは動揺していた。思考が一瞬止まる。


「タケ君、行って!!」


 ホトミの叫び声でタケキは我に返った。後ろの三人は任せて正面を突破しろと言っている。タケキは瞬間的にホトミの意図を理解し、同時に走り出した。タケキを守っていた盾は既に消え、瓦礫は足元に散らばっている。

 小刀の刀身に沿ってカムイの刃を形成する。手刀ではなく武器を使うのは、明確に敵を斬るという意思を持つためだ。

 ホトミにそこまで言わせたのだ、躊躇ってはいられない。第四射として迫る金属製の事務机を切り裂き、タケキは敵に肉薄した。

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