第19話 出陣!突撃!いざ行かん母さんの仕事場へ!
「―――ノート、筆記用具、学生証、履歴書、ファイル入れ、時計、スケジュール帳、ハンカチ……」
先日の三者面談の時同様―――いや、それ以上に緊張しつつ、私こと麻生姫香は持ち物を今一度確認する。よし。大丈夫。忘れ物は無いね。
「……気合入れなきゃね」
パンっと自分の頬を軽く叩いて私の目の前にそびえ立つとある会社を見つめる。会社名:Lilly☆lingerieと記されたその会社は……私のたった一人の家族にして、実母。そして想い人―――麻生妃香が働く職場だ。
……一体何故その会社にこの私がいるのかって?それはだね……
~ヒメ回想中~
『―――なあ、ヒメ。ちょっと話があるんだけどよ』
『……?なぁに母さん』
三者面談を終えたその翌日。いつものように仕事を終えた母さんを労っていると、その母さんがおずおずとこんな事を言い出した。
『ヒメは昨日の三者面談で言ってたよな?『母さんの務めている会社に就職したい』って。それ、本気かい?』
『……うん。本気』
『…………そう、か』
母さんは私の返答に複雑そうな表情を見せる。……三者面談の時も、何故か母さんはそういう困ったような顔をしていた。もしかして……ダメなのかな?
『……ダメ、かな?私には向いてない?』
『ああ、いや。ダメってわけじゃないんだ。ただな……』
『ただ?』
『…………いや、何でもないよ』
煮え切らない反応の母さん。何か私に問題があるなら言って欲しいけど……
『とにかく私が働いている会社に働きたいって事で良いんだよなヒメ』
『……うん。出来れば働きたい。……と言うか、是非とも働きたい。何なら今すぐにでも働きたい』
『わかった。なら良い話があるんだが……ヒメ。今度の土曜日は暇かい?』
土曜日……?土曜日は学校はお休みで、特にやる事なんて無い。しいて言うなら母さんの負担を減らすため、家事に専念するつもりだったんだけど……
『……暇。それがどうかしたの?』
『なら良かったよ。じゃあさ……今度の土曜日にさ―――かーちゃんが働く会社に遊びに来ないかい?』
『……え?』
『今うちの会社で若者向けに職場体験兼会社説明会を募集しているんだよ。ヒメさえ良ければ、その説明会に来てみたらどうかなって思ってよ』
~ヒメ回想終了~
そんな母さんの誘いを二つ返事でOKして。そして今日母さんが普段働いているこの
準備は万端だ。会社の人たちに……そして勿論母さんに良い印象を持ってもらう為、私なりに最善は尽くしてきた。見た目の印象は大事だし三者面談の前日並みに……いやあの日以上に身だしなみはきっちりしてきた。美容室もエステも当然行ったし、リクルートスーツは持っていないから制服を着てきたけれど……その制服だってピカピカでパリパリなおろし立て。
忘れ物チェックは朝から10回はしたから問題ないはず。今すぐ働けるわけはないけれど必要になるかもしれないからと履歴書だってちゃんと用意しているし、中身もキッチリ埋めている。
「……じゃあ、行こう」
深呼吸を済ませ心の準備も問題なし。あとは……勝負に出るだけ。いざ行かん、未来の私の職場へと。
たとえどんな手を使おうとも、必ず私は……母さんの働く会社で、母さんと一緒に働いてやる。そう強く意気込みながら私はその会社へ足を踏み入れて―――
◇ ◇ ◇
「「「かわいー♡」」」
「…………おおぅ」
―――踏み入れてから5分も経たずに、どこからともなく現れた大人のお姉さん方に、それはもうもみくちゃにされる私。
「……あの、えっと……お姉さん方?」
「ねっ!ねっ!あなた麻生課長の娘さんの姫香ちゃんよね?やだもー、ホントかわいいわぁ!」
「課長が毎日朝の朝礼でヒメちゃんの事を必ず褒めちぎっていたけど……そうしたくなるのもわかる愛らしさよねー」
「肌ぴちぴちでピカピカで張りがある!やーん、若いって良いわよね。中学生万歳!」
「あー……すっごいモデル映えしそう。この子にわたしの今企画書出してる下着着せて一日中眺めていたいわぁ……」
「……ぁう」
……確かに就職に有利になれば良いという打算はあった。どんな手を使おうとも、必ず職場の皆さんに好印象を与えよう。そう言う意図もあって身だしなみとか気を付けたし、気に入られるように振舞おうと思ってた。
……けれど。
「(……気に入られ過ぎるのも、考えものかも)」
抱きしめられたり頬をモチモチむにむに弄られたり肌をなぞられたりと、お姉さん方にされるがまま。
……おかしいな。私、一応会社説明会に来たはずではなかったか?
「―――えぇい!何やってんだいお前ら!?人の大事な愛娘を好き勝手するんじゃないよ!?」
「……あ。母さん」
そんな感じで困った顔でただただお姉さん方に弄りまわされていた私を、母さんがヒーローのように救い出してくれる。た、助かった……
「あー!課長横暴ですー!」
「私たちもっとヒメちゃんと遊びたかったのに……ヒメちゃん独占するなんてズルいですよ課長」
「パワハラで訴えてやるー!」
「喧しい!人の娘で遊んでる暇があるならとっとと仕事しな!」
ブーブーと不満を言うお姉さんたちを鶴の一声で仕事に戻す母さん。そして私に向き直り、心配そうに声を掛けてくれる。
「だ、大丈夫かいヒメ?怪我は?あの阿保共に妙な事とかされなかったかい?」
「……ん、へーき」
「そ、そっか……なら良かった。すまんね、うちの部下共が……」
「それよりも母さん―――じゃなかった、麻生さん。麻生姫香です。本日は、会社説明会にお招きいただきありがとうございます。どうかよろしくお願いします」
「…………
遊びに来ているわけじゃなく、れっきとした会社説明会に来ているわけだし……一応母さんではなく『麻生さん』と呼び挨拶することに。途端、母さんは少し不満げな表情を見せる。
「……?あの……」
「…………やめておくれヒメ」
「……えと、何が?」
「なんかこう……ヒメの口から『麻生さん』なんて呼ばれるの……嫌だ。まるでよその子になったような……他人行儀過ぎてツライよ。いつものように『母さん』って呼んでおくれ……頼むから……泣いちゃうぞ……?」
「!ご、ごめんなさい母さん……」
そんなつもりは一切なかったけれど、一番好きな人を悲しませるとか何をやっているんだ私……!慌てて謝罪をしつつ『母さん』と呼び直す。
……そうだよね。私も、母さんから『麻生さん』なんて呼ばれたら……しにたくなると思う。人にされて自分が嫌な事を人にやっちゃダメだよね。
「うんうん。分かってくれたらいいんだよ。それよかヒメ、今日はよく来てくれたね。道迷わなかったかい?」
「……大丈夫。下調べはしっかりしてきた。忘れ物もない」
「そーかいそーかい。ヒメは偉いねぇ。よーし、そんじゃあ会社説明会を早速始めようか!」
呼び方を戻すと母さんはとても機嫌よくとても素敵な笑顔を見せてくれる。その笑顔のまま、捲し立てるように私に話しかけてきた。
「今日はかーちゃんがヒメに付きっ切りで色んな事を教えてあげるからね!聞きたい事があれば何でも聞いて良いよ。『社内食堂は何が美味しいのか』とかでもいいし『今度出る最新の下着について教えて』とかでも全然OK。もう何だって聞いておくれ。食堂のメニューが気になるなら実際に頼んでみて構わないし、ヒメが聞きたい事ならそれこそ社外秘の情報でも教えてあげる―――」
嬉しそうな表情を飛び越えて、恍惚した表情で母さんは私に接してくれる。……母さんが付いてくれるなら心強いなと思った……次の瞬間。
「―――そこまでです。何をとち狂った事しようとしてるんですかそこの親バカ」
スパァンン!
「ほぐぁ!?」
「かっ、母さん!?」
ぬっと現れた一人の女性が、捲し立てるように話をしていた母さんの後頭部を丸めた資料で思い切り叩いた。ど、どちら様……?
「やれやれです。多少の予想はしていましたが、まさか娘さんの事になるとここまでダメになるとは……呆れを通り越して感心しますよかちょー」
「て、テメェ!?ヒメの前でなんて事しやがる!?痛いわバカ!?」
「バカはこっちの台詞です。何しれっと社外秘情報をリークしようとしてるんですか。ヒメちゃんの職場体験や会社説明会は私が受け持つので、かちょーは速やかに仕事に戻ってくださーい」
何やら親し気な、遠慮のない様子で母さんと一人の女性が問答し合う。私はただ二人の間でオロオロするだけしか出来ない。
「いやだね。断る。何故ヒメをお前なんぞに託さなきゃならん?案内なら母親であるこの私が適任だろうが」
「ナチュラルにとんでもない事を口走ってた人に任せられるわけ無いじゃないですか。いいから課長はこの前の三者面談で丸一日会社休んだ分の仕事を終わらせてくださいよ。てなわけで―――みんなー、このバ課長の事宜しくー」
「「「りょうかーい」」」
「ぬぁ!?て、テメェら何しやがる!?は、離せ!?私はヒメに会社案内を…………はーなーせーぇ!!?」
その一言に従って、周りのお姉さん方が一斉に母さんを取り囲む。しばらく頑張って抵抗していた母さんだけど、数には勝てなかった様子で……そのままお姉さん方に何処かへ連れられて行ってしまった……
その様子を呆然と見ていた私に、何事もなかったかのように母さんと問答していた女の人が話しかけてくる。
「ささ、気を取り直していきましょー!ヒメちゃん、今日は宜しくね♡」
「は、はい……」
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