第87話 ここは"ホーム"なのか


「いこっか。」

「はい。」


そして次の朝。慣れ親しんだリオレッド式の朝ご飯を食べた後、会議が行われることになっている場所へと早速向かうことになった。来る前まではあんなに不安に思っていたはずなのに、私の気持ちは予想に反してとても穏やかだった。



「リア、大丈夫?」

「うん。」



エバンさんは私がいつも通り緊張していると思ったのか、小声でそう聞いてくれた。でも私があまりにもあっさり「うん」と返事をしたことに、ちょっと驚いた様子でいた。



自分でも自分がこんなに冷静なことにびっくりする。いつもなら心臓が飛び出そうになっているだろうし、昨日だって不安で寝られないんじゃないかって思った。それなのに疲れていたってものあったと思うけど、昨日は記憶がないくらいすぐに眠りにつくことが出来た。



どうしてこんなに、落ち着けているんだろう。

今回は王様が来てくださったからだろうか。それともまだ、実感が湧いていないからだろうか。



そんなことを考えながら、しっかりと前を見て歩いた。

会議室までの道のりで、王城で働いているたくさんの人たちとすれ違った。今日先頭を歩いてくれている案内役の人は知らない方だったけど、ところどころに立っている騎士の方たちには見覚えがある人がたくさんいた。私は歩きながら見覚えのある人たちみんなと目を合わせて、心の中で「ただいま」を言った。



みんな仕事中だから反応は出来ないだろうけど、目で「おかえり」を言ってくれている感じがした。私が勝手にそう思っているだけかもしれないけど、確かに私は暖かい視線をしっかりと感じられていた。今日、私はこの人たちの"敵"としてここに来ているはずだ。でもその視線を見ていたら気が付いた。


私にとって"敵地"なんかじゃない。まぎれもなく"ホーム"だってことに。



――――そうか、ホームだからだ。



きっとここは私にとってホームだからっていうのも、こんなに穏やかな気持ちでいられている理由の一つな気がした。それに気が付いたら穏やかな気持ちがもっと穏やかになっていく感覚がして、思わず笑いそうになるくらいだった。



「失礼します!」



そして私たちは、私にとってまさに"ホーム"となる会議室へたどり着いた。思えばテムライム王と初めて出会ったのも、この部屋の中でだった。


そう言えばあの時、いきなりじぃじに隣国の王様に会ってくれなんて言われた時は、本当に嫌がっていた気がする。そして当日になったらますます行きたくない気持ちが大きくなって、永遠とパパとママ、メイサに駄々をこねていたっけ。


そして馬車に乗って王城に向かっている時ですら何度もため息をつく私に、確かパパはこう言った。



"王様がいてくれるから大丈夫"



あれから約10年たって、私はまさか客人としてこの部屋に入ることになった。あの頃いてくれたじぃじやパパは隣にはいてくれないし、あの頃みたいに破天荒な振る舞いも出来なくなった。



でも、今日だって私の前には"王様"がいてくれている。

軍人さんみたいにたくましくて、誰に対しても腰が低い。いつだって国民のことを考えて、自分が"王"として何か出来ないかと考えてくださる、素晴らしい王様が私達の先頭を歩いてくれている。


だから大丈夫、きっと全部うまく行く。



――――ね、じぃじ。

     そうだよね?



「テムライム国御一行が入られます!」



大きな声でそう言った案内人の方の声を合図にドアを開けた門番のおじさんは、私が小さい頃からそこにいたおじさんだった。今までで一番見覚えのある人に出会えたことが嬉しくて、ダメと分かっていても私は思わず目を合わせて小さくうなずいてしまった。



おじさんは私を見て、口角を少しだけあげて笑ってくれた。

私もそれを真似して口角を少しだけあげて、今度はしっかりと王様の背中を見つめた。



大丈夫、きっと、大丈夫。

いつも通り、やればいい。



大きな背中と優しい心で、必死で私達のことを守ろうとしてくださるこの人のために、私もいつも通り自分に出来ることをしよう。心の中でもう一度自分に言い聞かせて、行き慣れた会議室へと一歩足を踏み入れた。

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