二十七歳 貿易戦争
第82話 不法入船って、まじ?
あの会議から約半年。私は27歳になった。
予想通り、あの後しばらく関税のかけ合いが続いた。
そしてこう着状態にやきもきした私が一人リオレッドに乗り込んでしまおうと思ったくらいのタイミングで、ようやくリオレッド側から会合の要請が来た。王様はそれをもちろん受け入れて、そして今回は自分自身が直接行くことをリオレッド側に伝えてくれた。
きっとリオレッド側から会いたいと要請があったのだって、パパやウィルさんが何らかの形であのクソを説得したからなんだと思う。
「それでは、行って参ります。」
そして今回ももちろん、エバンさんと私、そして子どもたちもティーナも一緒に行くことになっている。なんだかこうやって玄関でラルフさんたちに挨拶するのも恒例になりつつありなと思いながらも、なんとなくいつもより丁寧にあいさつをした。
「ああ。気を付けて。」
「無理なくね。」
2人も今までで一番心配そうな表情で私達を見送ってくれた。
ここで待ってくれている人たちがいるからこそ、私達はまたこうやって「行ってらっしゃい」という言葉を言えている。
「任せてください。」
だから私は今回もちゃんと地に足を付けて、自分の出来ることをやりに行こう。
"いつも通り"でいいというエバンさんの言葉を思い出しながら、馬車に乗って港へと向かった。
「ねぇ、ママ。またリオレッド?」
「うん、そうよ。」
そしてケンとカイは5歳に、ルナは3歳になった。
最近ではケンとカイは騎士になるための訓練と言えるか分からない訓練を始めて、それと同時にお勉強もし始めている。新しいことをはじめさせたら、意外とケンの方が本に食いついたりカイの方が剣術のセンスみたいなものがあったりするらしい。子育てって難しくて、そして面白いもんだなと思う。
「今回はじぃじと一緒?」
「ううん。別なの。」
「ええ~?またぁ?」
「ルナ、じぃじがよかったぁ。」
5年帰らないこともあったのに、最近は半年に一度ほどこの子たちに旅をさせてしまっている。別に悪い事ではないんだろうけど、親の都合でこんな風に振り回すことに関しては、少しだけ申し訳なく思っている。
今回もリオレッドに行くのにパパやママと一緒に寝泊まり出来ないことを、子どもたちは大げさに悲しんだ。
「今回は王様じぃじも一緒だよ。」
するとその時、後ろの方からそんな声が聞こえた。
まさかなと思って恐る恐る振り返ると、にこやかな表情で王様が立っていた。
「お、王様!」
急いで姿勢を正すと、子どもたちは「じぃじ~!」と言いながら走り始めた。「こら!」と言って挨拶させようとすると、王は片手を上げて「大丈夫だ」と言った。
「ルナ。また大きくなったんじゃないか?」
「うんっ!ルナ、お姉さんだもん!」
「す、すみません…。」
どうしてか子どもたちは王様に本当によく懐いていて、ルナは今だって彼の首に両手を回してハグをしている。見ているこっちがヒヤヒヤすると一度エバンさんに言ってみたら、「君に似たんだよ」なんて言ってあしらわれてしまった。まあでも、大きな声で否定はできない。何なら私の方がひどかった気がする。
「さあ、行こうか。」
丁寧に礼をしている人たちにそれをやめるように伝えながら、王様は船の方へと向かった。私たちもそれの後を追うように、船へと乗り込んだ。
今回は王様も同行するとあって、荷物を運ぶためではない船が用意された。帰省の時やこの間の遠征の時は違う船に乗ったから、この船に乗るのは初めて…のはずだった。
「あれ…?」
でもその船の上に何となく見覚えがある気がした。
疑問に思って首を傾げていると、エバンさんが「どうした?」と聞いた。
「いや、初めて乗るのに、見たことがある気がして。」
「ふふっ。」
するとその言葉を聞いたエバンさんは、楽しそうに笑った。笑われるようなことを言ったかとムッとしていると、そんな私を見て彼は「ごめん」と気持ちのこもってない謝罪をした。
「この船は君がいつか、不法入船した船だからね。」
「不法……。あっっ!!!」
そうだ。これはルミエラスに帰らなくていいと知ったあの日、エバンさんからプロポーズを受けたあの日、私がフラッと立ち寄った船だ。あの時は朝日に照らされてシルエットしか見えなかったし、それに熱で意識が半分朦朧としていたから、"見覚え"程度にしか思い出せなかった。
「不法入船か…。聞いてしまったからには、見逃せんな。」
すると話を聞いていたらしい王様が、こちらを振り返って言った。するとそれを聞いたカイが、「王様?」と小さな声で言った。
「ママ、悪いことしたの?」
「うん、そうらしいんだよ。」
足元にいるカイに目線を合わせるようにしゃがんで、王様は言った。
え、7年前の罪で罰せられるとかまじ?と動揺していると、王様はにっこり笑って不安げにしているカイの頭に手をポンと乗せた。
「ママは悪いことをしたらしいから、じぃじのために頑張ってもらわないとな。」
そう言って王様は今度は私の方を見て笑った。
私も同じようににっこり笑って、「もちろんです」と答えた。
「ママは強いんだぞ~!」
「ちょっと、ケン。ママは弱くて可愛いでしょ?」
「可愛いけど強いんだってじぃじが言ってた~!」
楽しそうに笑いながらそう言い残して、ケンは甲板の上を走り始めた。
多分彼の言う"じぃじ"は、ラルフさんのことだろう。みんなに強いと言われることが良い事なのか悪い事なのかよく分からなくなった私は、「はぁ」と大げさにため息をついた。
「さ、行こうか。」
「はい…。」
王様の号令で、いよいよ船が出発した。
今回も憂鬱な旅になりそうだ。てきぱきと動いているエバンさんや楽しそうに遊びまわっている子どもたちとは反対に、私は鈍い動きのまま部屋の方へと向かった。
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