第80話 私よりあざとくなるなんて…


「リオレッドは、慢性的な人不足に悩まされています。きっと糸を作るとなっても、人手不足に悩まされることでしょう。」



私がそもそもこの世界に転生したのだって、人手不足だからと天使は言っていた。あまり信ぴょう性ないけど。実際私がいたころだって人手不足は事実だったし、なんなら貿易黒字が拡大しているってことは、もっと深刻化してもおかしくない。




「テムライムでも少し前までは同じ状況でしたが、今は失業者がチラホラ現れている状況です。ですので、テムライムから労働力を派遣する交渉も、同時にしたいと考えています。」



テムライムでも昔は同じ状況だった。でも今は違う。

今すぐにでも働ける労働力が、ここに残っているんだ。



「労働力を派遣するという事は、すなわちその方たちはリオレッドから円をもらうことになります。言い方は悪いですが…、労働力を売るというイメージです。」



本当はそんな言い方はしたくない。人の力に価値を付ける言い方は、本当によくないと思う。でも分かりやすくするためには、そういうしかなかった。



「そうすることで、表面上はプラスマイナスゼロでも、実はテムライムがリオレッドより多く"売る"という状況を作れます。それだけではなく、失業者を救済することも出来るようになるんです。」

「な、なるほど…。」



私の目論見通り、大臣たちは小さく何度もうなずきながら納得した顔を見せてくれた。私の心配事と言えば、あと一つだけだった。



「私から一つ、よろしいでしょうか。」



するとその時、気持ちを読んだみたいにしてエバンさんが言った。王様は少し不思議そうな顔をしながらも、「もちろん」と言った。



「妻はいいと思ったらどんどん前に進んでしまう性格でして…。本日も一方的にお話をしてしまい、申し訳ございません。」



え、どうしたどうした。


なんだか急に裏切られたことに驚いて、私はエバンさんの方を見上げた。するとエバンさんが目配せで"お前も頭を下げろ"なんて言ってくるもんだから、私も急いで小さく頭を下げた。



「勝手にお話させていただいておりますが、労働力を売るという事は、オルドリッジ家が管轄されているトムナ地方の失業者達をリオレッドに派遣するという事になります。」



そこでようやく、エバンさんの意図が見えてきた。

なるほど。話の進め方はとてもいいと思うけど、だったとしたらそうやって話すよと先に言ってくれなければびっくりするじゃないかって、心の中で文句を言った。



「本来この場で王にお話させていただく前に、グレッグ様に先に許可をいただかなければいけないお話です…。大変申し訳ございません。」



エバンさんはすごく申し訳なさそうな顔で言った。

そして、私は思った。もしかして人に対してこう思うのは、転生してから初めてかもしれない。



――――お主、なかなかあざといな。



「いかが、でしょうか…。」



あざとさ全開のエバンさんは、すごく困った顔で言った。

恐る恐るグレッグさんの方を見て見ると、彼はすごく真剣な目で、まっすぐエバンさんの方を見ていた。



――――怖い、怖すぎる。



もしこの話を私が切り出していたとしたら、恐怖で自信をなくしていたかもしれない。でもエバンさんはと言うと、まだあざとい顔でグレッグさんを見続けていた。エバンさんに任せて本当に良かったなと、そう思った。




「いいも何も…。」



するとグレッグさんは、笑顔で口を開いた。その笑顔はとても胡散臭く、冷酷なものだった。



「私が反対する権限などございません。王の決定に、従うまでです。」




あくまでもお前たちに従うわけではないぞという、頑固な意志が見えた気がした。やっぱり笑顔がすごく冷たくて私には恐怖だったけど、エバンさんはグレッグさんの言葉ににっこり笑った後、「ありがとうございます」と答えた。



そして私の方に目線を移して、大きく一つうなずいた。私もそれにこたえるようにしてうなずいて、今度は王様の方を見た。



「いかがでしょうか。」



ここまで黙って聞いてくれていた王様に意見を聞くのは、少し怖かった。その怖い気持ちを抱えたまま見つめていると、王様はすぐに大きくうなずいた後「ありがとう」と言った。



「とてもよく、考えられていると思う。自分が交渉をされる側だったとしても、言う事を聞いてしまうと思うよ。みんな、いいね。」



王様の問いかけに、反対する人はいなかった。私は話し終わった達成感と承認を得られた満足感でいっぱいになって、まだリオレッドとの交渉が始まったわけでもないのに、少し泣きそうにすらなった。



「ですが王様。」



そんな嬉しい私の気持ちを邪魔してきたのは、やっぱりあの男だった。さっきまで泣きそうになっていたはずの私は、半分にらむみたいな目をして彼の方を見た。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る