第78話 来て初日からお仕事しちゃいます


「失礼いたします。」



王はしばらく私をジロジロと見たり触ったりした後、やっと部屋に帰してくれた。このまま部屋にいてもキモさの連続攻撃がフラッシュバックして悶絶した末死にそうだと思った私は、早速ヒヨルドさんの元に行くことにした。



「アリア様。」



するとヒヨルドさんは、前より丁寧にルミエラス式の敬礼を私にした。



「やめてください、前と同じでいいです。」



慌てて私がそう言うと、ヒヨルドさんは「そんなわけにいきません」と言った。



「あなたは…。私たちにとっての希望です。ルミエラスに来る決断をしてくださり、本当にありがとうございました。」



ようやく私は、聞きたかった言葉を聞けた。

さっきまでキモ死にしそうだった毛羽立った心が、すっと落ち着いていくのが分かった。



「いいえ。まだこれからです。」



私はまだ、この国で何もしていない。

アイツはキモいし帰れることなら帰りたいとも思う。でも私は固い決意を胸にここに来たんだ。だったとしたら自分の決意を無駄にしないために、ここで出来ることをするしかない。



揺らいでいた心が固まり始めたのを感じて、私はヒヨルドさんに自分の考えを伝えることにした。



「ヒヨルドさんだけに、お伝えします。」



席について、部屋にいた人たちをみんな外に出してもらった。

この国にきてまだ間もないから、信頼できるのはこの人しかいない。徐々にもっと味方を増やしていかないとなと思った。



銀行ダンデムで使っていらっしゃる、円を運ぶケースがありますよね。」

「はい。」



小声で話す私の言葉を、ヒヨルドさんは聞き洩らさないように聞いてくれた。目を見ていればなんとなく、この人が本当に信頼できる人なんだろうなって分かる気がした。



「あの素材を使って、船に置く大きな箱を作れないかと思っているんです。」

「大きな、箱…。」



リオレッドでもコンテナを作る話をしてきたけど、技術をすでに持っているルミエラスで作ってもらって試してみるのが、完成への一番の近道だと思った。

いずれは共同開発みたいに出来たらそれを口実にしてリオレッドから資金援助ができるし、早くできればそれだけ早く、テムライムにもその技術を渡せるようになる。



「船の上ではどうしても商品が雨風にさらされてしまいます。食料品は特に顕著にその影響を受けてしまうので、テムライムとリオレッド間ではたくさんの食べ物が無駄になってしまっています。」



ヒヨルドさんはひたすら「なるほど」と言って、私の話を聞いてくれていた。



「ルミエラスでも今後、同じことが起こりえます。それを出来る限り防ぐためにも、あの素材で大きな箱を作って、商品を守りたいんです。あの小さなケースを応用して大きな箱を作ることは、技術的に可能でしょうか。」



そこがまず一番大切なポイントだった。ヒヨルドさんは私の質問を聞いて少し考えこんだ後「出来ると思います」と言った。



「あれは材料を溶かして固めているだけなので、不可能ではないと思います。しかし…。」

「人手、ですか?」



きっとどの国だって問題は同じだ。

そう思って食い気味に聞くと、ヒヨルドさんは驚いた顔で私を見た。



「よく、お分かりで…。」

「それはリオレッドでも同じことですので。」



ヒヨルドさんは「そうですか」と言いつつ、まだ驚いた顔をしていた。私はそんなヒヨルドさんを置き去りにして、話を続けることにした。



「先ほど王にはリオレッドでは話していないと申し上げましたが…。」

「いいんです。あのように言わなければならなかった状況だと、充分理解しております。」



すべて理解した様子で、ヒヨルドさんは言ってくれた。やっぱりこの人は信頼できる人だなと再確認して、「ありがとうございます」とお礼を言った。



「私はリオレッドでその大きな箱を作ること、そして階級外の方たちにそれを作る仕事をしてもらうことを提案してきました。」

「階級外…を、ですか。」

「はい。」



ヒヨルドさんはとてもいい人だし政治的にも長けた人なんだろうけど、この人だって生まれは貴族だ。もしかして身分に対してプライドを持っていたとしたら、今すぐに王のもとに連れて行かれて殺されてしまうかもしれないって思った。



「手が足りないなら、空いている手を使えばいいと思います。きっと反発もあると思います。ですがこれは、将来の暴動を抑える一つの方法でもあるんです。」



この国は貧困の差が激しく、暴動が今起きてもおかしくないとウィルさんは言っていた。もしその貧困層と呼ばれる人たちに仕事が出来て、貧困を脱することが出来たんだとしたら、そもそも暴動が起きる火種を消せる。



「ウィルはこの国に学びに来ていたはずですが、学びに来ただけでなく、色々な進歩をもたらしてくれたんです。すごく賢く、いつも正しい青年でした。」



するとヒヨルドさんは、全く関係のない話をし始めた。いきなりなんだろうとは思ったけど、何となく口がはさめなくて、おとなしくその話を聞くことにした。



「そのウィルが、あなたのことをこう言いました。"出会った人の中でも一番賢く、そして平等な人"だと。」



ウィルさんが私のことをそんな風に言ってくれていたことが、純粋に嬉しかった。私なんかよりいい家に生まれたのに平等な視点を持っているじぃじやウィルさんの方が、よっぽどすごいのに。



「本当にその通りだと、私も今実感しました。この国は発展しているように見えて、それは表面だけの姿なんです。基盤がしっかりしていない分、いつ崩れてもおかしくない状態なんです。」



きっとすべてを目にして一番にそれを実感しているだろうヒヨルドさんは、本当に真剣な目をして言った。この人がいればこの国はきっと大丈夫だと思うと、自然と笑みがこぼれ落ちた。



「王には私からこういいましょう。」



この国にだってたくさんの希望がある。

その希望を妨げているであろうアイツを手のひらで転がす事こそ、今の私に出来ることなんだ。



「もっと儲けて王が豊かになるためには人が必要で、階級外の人たちを使うと。そして使うにあたって身分の高い人々に害を及ぼさないよう、みんなの病気を治しましょうと。」

「ありがとう、ございます…っ。」



感極まった様子で、ヒヨルドさんは言った。

すぐには無理かもしれないけど、これできっとザックやティエルみたいな子どもたちも減る。


初日でしっかりと仕事をしている私の切り替え能力は、意外とすごく高いのかもしれない。私は何度も「ありがとう」と言って顔をあげてくれないヒヨルドさんを見ながら、ぼんやりとそんなことを考えた。

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