第18話

 みんなで遊園地に入場し、入口そばのウェルカム広場に集まった。

 土産物屋やグッズショップが、広場を取り囲んでいる。

 平日の朝ということもあり人影は疎らだった。

 さてこれからどうする、というところで、秋川が言いたいことがあるらしく皆で静聴する。


「オレから提案なんだけど。せっかく男女同数いるんだし、午前中だけペアで行動しないか?」


 それを聞き、女子達は、まあそれぐらいならという感じで同意する雰囲気だった。

 男子のほうには何の異存もなかった。

「それじゃ、そのペアの決め、あ。」

 秋川がまだ話してる途中で、早速行動し始めたペアがいた。


「じゃ、お兄ちゃん何から乗ろうか。」

「ま、待って。雪奈さん。」

 背の高い雪奈が、優人の首根っこを腕で挟み、引き摺るような感じで皆から離れて行く。

「早くしないと、全部乗れないかも。」

「だから待って。まだ秋川が話してるから。」

 優人が抵抗するが、そのまま引き摺られている。

「ええ?先輩はペアで行動って言ってたよ。」

「だから、まだなんだって。」

 二人の姿が段々と小さくなっていく。


「えっと、どうしようか。」

 雪奈と優人が居なくなって、秋川が困惑している。

 他の者は、去りつつある二人をまだ見ていた。

「あ、立ち止まった。」

「雨宮が何やら言い聞かせていますな。」

「雪奈がしゅんとしてるね。」

「お、帰ってきた。」

 優人が雪奈の手を引いて皆のところへ戻ってきた。

「妹が先走ってご迷惑をおかけしました。」

 皆の前で、優人がペコペコと頭を下げた。

「秋川、続きを頼む。」

 優人が秋川にバトンを返した。


「えー、それじゃ、改めて。ペアの決め方は、このクジを引いてもらって決めます。」

 秋川が肩に掛けていたバッグから封筒を二通取り出した。

「中に数字の紙が入っているので、同じ数字の人がペアになります。女子は右手のほう、男子は左手から引いて下さい。」

 いつもの秋川からは想像がつかない丁寧な説明だった。

 皆が順番に、封筒の中の紙を取り出す。

 午前中に行動を共にするペアが決まった。


 一組目は咲良さくら丸山まるやま

 二組目は雪奈ゆきな下谷しもたに

 三組目は春香はるか秋川あきがわ

 四組目は秋名あきな優人ゆうと


「それじゃ、12時にイタリアンレストランの前に集合ってことで、ペアでご自由にどうぞ。」

 秋川の説明が終わり、みんなそれぞれペアの相手に挨拶している。

「それじゃ、下谷さん。今日はよろしくお願いします。」

 雪奈も丁寧にあいさつしている。

 挨拶が終わったペアは、それぞれ乗りたい物のあるところへ散らばって行った。


 優人と秋名は、自己紹介を始めていた。

「雨宮優人です。今日はよろしく。」

「秋名です。下の名前はちょっと言えません。すみません。」

 いきなりそう言われて、優人は戸惑った。

「あ、いや。それじゃ何から乗ろうか、秋名さん。」

「わたしは何でもいいですよ。」

「それじゃ、観覧車に乗ろっか。」

「えっ、何で観覧車?」

 優人の提案が、いきなり却下されそうだった。

「やだなあ。遊園地と言ったら、まずは観覧車でしょ。」

「そんなの初めて聞きましたよ、先輩。」

「えっと、それじゃ何に乗るの?」

「やっぱり、最初は定番のジェットコースターだと思いますけど。」

「だ、誰が決めたの?」

「観覧車なんて一番最後に乗るものでしょ。」

「たまには、観覧車からでいいんじゃないかな。」

「もしかして。」

 秋名が何かを確信したような笑みを浮かべていた。

「な、何その顔は?」

「先輩怖いんだ。」

「何を言ってるんだね。」

「ジェットコースターが怖いんでしょ。ふふ。」

「ば、馬鹿なことを。高校二年生だぞ。こ、怖いことなんてないぞ。」

「なら行きましょう。」

「ど、どこへ?」

「ジェットコースターですよ。先輩は怖くないんですよねえ。」

「あ、当たり前だ。ち、ちっとも怖くないぞ。」


 二人はジェットコースター乗り場へ向かった。

 並んでいる人も少なく、ほとんど待ち時間無く乗れそうだった。

「何だか、雨が降りそうな気がしない?」

「こんな快晴の空で何言ってるんです。」

「ボルトが外れるかも。」

「ちゃんと点検してるでしょ。」

 乗車口までの階段を上る途中で、優人が乗らないための言い訳を何度も口にしていた。

 階段を上り切ったら、すでに車両が止まっていて、いつでも乗れる状態だった。

 優人は腹を括って乗り込んだ。

 この遊園地のジェットコースターは、水平ループやサイクロンは勿論、垂直ループまであった。スリルやスピードが味わえて、遊園地で人気のアトラクションだった。

「なんか、変な機械の音がしない?」

「もう。これが普通ですって。」

 車両がゆっくりと、レールの頂上まで進んで行く。

「焼いたあとの骨は海にばら撒いてね。」

「何を言ってるんですか、先輩。ほらほら、行きますよ。」

 頂上から、一気に車両が下降する。

「いっやああああああああああああああああああああ。」

「あはははははははははははははははは。」

 優人は絶叫を、秋名は楽しそうに笑い声を上げていた。


「お、雨宮の声か?」

「すごい声だね。」

 秋川と春香が側に引かれているレールを見た。ちょうど車両が猛スピードで走り去るところだった。


「今の声は雨宮かな?」

「これは断末魔ね。」

 丸山と咲良が立ち止まって、ジェットコースター乗り場を見ていた。


「これほどの悲鳴は聞いたことが無いですね。」

「お兄ちゃん、大丈夫かな。」

 下谷と雪奈は空中ブランコに乗ろうとしていた。


 凄まじい加速と旋回を繰り返していた車両が、出発地点まで戻ってきた。

 手前で急制動がかかって、優人の体が前のめりになる。

 秋名は満足気な表情をしていた。

「ま、まあ、あまり大したことはなかったな。」

「あー、楽しかった。」

 出口の階段を降りながら、二人はそれぞれ感想を述べた。

 優人の足はガクガクと震えていた。

「さて、次はどこに行こうか、秋名さん。」

「決まってるでしょ、先輩。」

 ジェットコースター乗り場の近くで、優人は次の予定を考えていた。

「え、決まってるの?」

「もちろんですよ。さっ、行きましょう。」

 秋名が、ジェットコースター入口の係員に乗り放題のパスを見せる。

「う、うそ。」

「ほら、そんなとこに突っ立ってないで、早く早く。」

 秋名は、少し離れたところに立っていた優人の腕を掴み、再び乗車口までの階段を上り始めた。

「ど、どうして二回も乗るの?」

「空いてるからでしょ。」

「で、でも、他のも空いてるよね。」

「せっかくだからいいでしょ。」

「やだ。」

「だめ。」

「秋名さん。こんなことしたら、ご両親が悲しむと思うの。」

「優人くんこそ、こんな怖がってることを妹さんが知ったら悲しむよ。」

「い、いや、それは。」

「お兄ちゃんとしての威厳はどこ行ったのかなあ。」

「うっ。」

「ほれほれ、早く上るよ。」

 二人は、再びジェットコースターを味わった。


 優人は、手すりに掴まりながら、出口の階段を何とか降りることが出来た。さっきから足の震えが止まらない。

「お兄ちゃん、汚されちゃった。」

「これぐらいで大袈裟だなあ。」

「ちょ、ちょっと休憩しない?」

「まだ大丈夫だから、ほら行くよ。」

「ど、どこへ?」

「もう一回乗るの。」

「いっやだああああああああああああああ。」

「そんな駄々をこねても連れていくから。」

 秋名が、優人の腕をがっちり掴んで離さない。

「秋名さん、秋名もうやめて。」

「いいから行くの。」

「手を放して、秋名。」

「絶対、逃がさないからね。」

 秋名が恍惚の表情を浮かべていた。

 くふふ。

 男子の怯える姿がこんなに楽しいとは。

 秋名の内に何かが芽生えつつあった。

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