第16話

 家に着くと、雪奈が急いで二階に駆け上がって行った。

 優人は、いつも通りに着替えてリビングに行く。

 昼食がまだだったので、雪奈と相談して決めようと考えていた。

 とんとんという足音と共に、雪奈が二階から降りてリビングに入ってきた。

 雪奈を見て、優人は眼を見開いた。

「おおっ、すっごく可愛い。雪奈、無茶苦茶可愛いな。」

「そ、そんなに、可愛いかな?」

 雪奈は、優人の最大限の賛辞に照れて真っ赤になっていた。

「あっ。」

 優人は、今まで禁句にしていた言葉を声に出したことに気付いた。

「ん?どうしたの?」

「あはは、ちょっとね。」

「笑って誤魔化そうとしても駄目だから、お兄ちゃん。」

 雪奈が、優人に詰め寄る。

「いや、なんでもないから。」

「隠してないで、全部話して。」

「えっとね。雪奈に可愛いと言って褒めると、あとが怖いなあと思ってさ。」

「怖い?何が怖いの?」

「無理難題を押し付けられそうだし。」

「え、あたし何かしたっけ?」

「うん。雪奈が中二のときに。」

「中二のいつ頃?」

「夏休みに、雪奈が部活で疲れて足を揉めって。」

 そこまで言われて、ようやく雪奈が思い出した。



 陸上部の練習が終わって帰ってきた雪奈が、何も言わずにリビングに入ってきた。

「おかえり。」

 ソファに座ってゲームをしている優人が声をかけた。

 雪奈は何も答えず、優人が座っている横に、ソファの背もたれから仰向けになって傾れ込んできた。

 カバンは放り投げて、床に転がっている。

 よほど疲れているのか、胸の近くまでまくり上がったTシャツをそのままにしている。

 雪奈の引き締まった白い腹が見えた。

 そのままの恰好で、今にも寝てしまいそうだった。

「可愛い妹が、そんな恰好をしていると、お兄ちゃんは悲しいぞ。」

「あたしが可愛いの?」

「うん。可愛いぞ。」

「じゃ、筋肉が強張ってるから足を揉んで。」

「しょうがないな。」

 そう言って立ち上がり、優人が雪奈の足のふくらはぎを揉み解す。

 優しく、痛くないように丁寧に揉まれて、雪奈は気持ち良かった。

 だから、両足が揉み終わっても優人を放さなかった。

「次は、太腿をやって。」

「ええっ。それは無理だ。」

「妹が可愛いんでしょ。」

「そうだけど。」

「なら、揉んで。」

 困った顔をしながら、抵抗できない優人が雪奈の太腿を揉み始めた。

 くすぐったいがやはり気持ち良かった。

 雪奈は、疲れていたせいで歯止めが効かなくなっていた。

「えっと。終わったから、シャワーでも浴びて来たら。」

「まだ終わってない。」

「えっ?でも、走ってきたんだから、凝ってるのは足だけなんじゃ。」

「胸とお尻もやって。」

「えええっ。絶対無理。」

「あたしが可愛いんでしょ?」

「でも、それはちょっと。」

「妹が可愛くないんだ。」



 確かにそんなことがあったな。

 あのあとも言い合いが続いて、帰ってきた母に雪奈は注意された。

「それで、あれからあたしに可愛いって、言わなくなったんだ。」

「うん。あとが怖いから。」

「あのときはごめんね、お兄ちゃん。」

 雪奈が、優人にちょこんと頭を下げた。

「雪奈が分かってくれたなら、もういいよ。」

「じゃあ、これからは、またあたしに可愛いって言ってくれる?」

「雪奈が言って欲しいならそうする。」

「言われると嬉しくなるから、いっぱい言ってね、お兄ちゃん。」

「うんうん。可愛い妹のお願いだしな。」

「それで、どうかな?セーラー服似合ってるかな?」

 雪奈が手を後ろに組んで、体を左右にくねらせていた。

 一目しか見ていなかった優人が、改めて雪奈を見つめる。

 雪奈は、夏用のセーラー服を着ていた。

 冬服は全身濃紺で重苦しい印象があるが、夏用のセーラー服は袖や胴の部分が白いので軽やかな感じになる。

 また、雪奈はスカートの丈を自分で短くしているのか、膝が隠れるほどの長さがあったのに、今は膝上が10センチほど見えてる。

 それらが、セーラー服姿の雪奈をより一層可愛らしく見せていた。

「似合ってて、とっても可愛い。雪奈のセーラー服姿は最高だな。」

「そんなに似合ってて可愛い?」

「うん。中学のときとは全然違って、ホント可愛いな。」

 優人の頭に思い描く雪奈のセーラー服姿は、中二の頃のものだった。

 優人が高校生になると、登下校の時間が違うため、雪奈の制服姿を見ることは家の中でもあまりなかったためだ。

 中二のときの雪奈は、今よりも髪が短く胸も大きくなかった。

「いっぱい褒めてくれたから、ご褒美をあげるよ、お兄ちゃん。」

 雪奈が両手を広げて、おいでおいでしている。

「えーと。」

「ほらほら。お兄ちゃん、早くおいで。」

「そうだ、お腹が空いたのでパスタでも作りますね。」

 優人は、痛い思いをしたくないので、そそくさとキッチンに逃げ込んだ。

「もうっ!お兄ちゃん、どうしてあたしを抱き締めないのよ。」

「えっと、パスタのソースはっと。」

 優人が聞こえない振りをした。

「せっかくのご褒美なのに。」

 はあ、と溜息を吐いて、雪奈が床にぺたんと座った。

「雪奈はパスタのソースは何がいい?」

 キッチンから、優人がリビングを覗いている。

「お兄ちゃんと同じでいいよ。」

「ゆ、雪奈さんっ。だめだめ着替えてっ。」

 優人が顔を背けた。

 雪奈は、リビングでいつもするようにストレッチを始めていた。

 両足を水平に開いて両手を上げ、上体をピンと反らしている。

「あっ。そっかスカートだった。」

 陸上部に入って久美にストレッチを教わってから、家ではジャージかスウェットばかりだった。

 顔を下に向けて下着が見えているか確認する。

 下着は見えていないが、太腿の大半が見えていた。

「お兄ちゃん、あたし着替えてくるね。」

「目のやり場に困るから頼むよ。」

「はーい。」

 これから家で短いスカートを履くときは気を付けないと。

 雪奈はひとり言を呟きながら二階に上がった。

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