14.ダンジョン第2階層藍エリア アズライトタウン
「カケル君、本っ当にありがとう!君は命の恩人だ!」
すっかり元気になったオットシが翔琉の両手を握りしめた。
「いやそんな…おおげさですよ」
「そんなことはない!君がいなければ私はどうなっていたか…傷自体は治っていたかもしれないが莫大な借金を背負っていただろう。そういう意味でも恩人だ!」
そう言うとオットシは改めて翔琉を見た。
「この大山敏夫、改めてカケル君に礼を言おう。この借りはいつかきっと返す」
「え…冒険者が本名を言うのはマナー違反になるんじゃ…」
「恩人相手なら話は別だよ。ナナ君、君にも世話になった。このお礼は報酬という形で返させてもらうよ」
「別にいいけどね。こっちは貰うものもらってるし」
ナナは笑いながらキュアリングハーブで一杯のバックパックを叩いた。
「すいません、秘密の場所だったのにたくさん採ってきちゃって」
「いいよ、命には代えられない。なくなったのならまた探せばいいんだ」
オットシはそう言って大きく笑った。
そこへ町長がやってきた。
「お三人方はこれからどうするつもりですか?泊まっていかれるなら宿を用意しますが」
「あたしはもうしばらくここにいようかな。キュアリングハーブを売りたいしね」
「私は一旦帰らせてもらおうかな。家族が待っているからね」
「オットシさん結婚してるんですか?」
「失敬な、娘だって二人いるんだぞ」
オットシが苦笑しながらスマホを取り出した。
待ち受け画面に二人の女の子が写っている。
「…可愛いじゃないですか!意外だ…」
「重ね重ね失敬だな!でもこの頃は本当に可愛かったよ。今は中三と高二ですっかり相手にされなくなっちゃってね。これだけ苦労して稼いできてるってのに口を開けばスマホ代がどうだと遊びがどうだのと…」
「じゃ、じゃあ俺も帰るとしようかな!明日はバイトも入ってるし!」
オットシの愚痴が長くなりそうなのを察して翔琉は慌てて会話を打ち切った。
「それでは残ったキュアリングハーブはいかがいたしますか?なんでしたらこちらで買い取らせていただきますが」
その言葉に翔琉とオットシは顔を見合わせた。
「どうします?」
「できることならそうしてもらった方が良いだろうね。キュアリングハーブは確かに高価な薬草なんだけど今持って帰ると二束三文で買い叩かれることになってしまうから」
「そうなんですか?」
不思議そうに尋ねるとオットシが眉をしかめて頷いた。
「ダンジョンから地上に戻ると不思議なことにこちらの生物は全て死んでしまうんだ。それは植物でも虫でも例外じゃない。生きて行き来できるのは地球の生き物だけなんだよ」
「そういえばそういうことを講義で言っていました」
「だからこのキュアリングハーブを持って帰ると完全にしおれてしまい、薬効が十分の一以下になってしまうんだ。本来こういうものはきちんと処理したうえで持って帰るんだが…」
「じゃあそうしてもらいますか。価値が下がるくらいならここで別のものに変えた方がいいだろうし」
「それでは現金での取引になりますがよろしいですか?なにせここにはインターネットが来ていないから電子決済ができないもので」
「構いませんよ。確か異港には銀行窓口もあったはずだし」
「それではキュアリングハーブの重量は3キロと言ったところですね。ちょっとお待ちください」
町長はそう言って奥の部屋に引っ込み、小さな鞄を持って帰ってくると翔琉の目の前に札束を3つ重ねた。
「ではキロ100万計算で300万円です」
「さ、さんびゃくまんっ!?」
「ちょっと、声大きすぎ!」
驚愕する翔琉の口をナナが大慌てで塞いだ。
「で、でも…300万って…」
「実際相場はそんなものだよ。きちんと処理をして薬効を高めたものはもっと高くなるくらいだ」
オットシが当然というように頷く。
「そ…そうなんですか?」
そう言われてもすぐには信じられなかった。
それほどに意外な金額だった。
「そんなに意外なものでもないぞ。地上でだって例えばサフランなんかは同じ位の額で取引されている。キュアリングハーブの効果を考えればこれだって安いくらいなんだ」
翔琉は差し出された札束をこわごわと手にした。
今まで見たこともないような大金がいきなり自分のものになってしまったのだ。
まるで世界がひっくり返ったような気分がしてくる。
「そ、そうだ!そういえばオットシさんの報酬は7割でしたよね!?」
「いや、それは受け取れない」
しかしオットシがきっぱりと断った。
「私の報酬はもう受け取った。治療という形でね。さっきも言った通りそれは私が君に依頼した仕事の報酬だ」
「で、でも…」
しかしオットシは頑として受け取ろうとしない。
「じゃ、じゃあこうしましょう。俺はあなたから秘密の地図を買い取った。これはその報酬です!」
そう言いながら翔琉は札束を1つオットシに押し付けた。
「お願いです。もらってください。そうしてくれないと突然すぎて眠れなくなりそうなんです」
「わかったよ…」
しばらくしてオットシはため息をつくとその札束を受け取った。
「でも忘れないでくれ、これは借りだ。いつかこの借りは必ず返させてもらうからね」
「わかりました!」
「…ああ、もう!」
二人のやり取りを聞いていたナナが頭を掻きむしって叫んだ。
「そんなこと言いだしたらそっくりそのままもらっていこうとするあたしが悪人みたいじゃん!」
そう言いながらスマホを取り出して画面を操作する。
「ほら、あたしもおじさんに地図の代金振り込んだからね!」
「別にいいんだけど…」
オットシがスマホの画面を確認しながら苦笑する。
「まあまあ、良いではありませんか。これでお三人方全員200万ずつの儲けという訳です。三方よし、いや私も入れて四方よしですな」
町長はそう言いながらからからと笑った。
「それじゃあそろそろ帰りますか」
オットシがそう言ってポケットからマーカー石を取り出した。
「またいつでも寄ってください」
町長がにこやかに微笑む。
「ええ、きっと来ます」
そう言う翔琉の頭には何かが引っ掛かっていた。
なんだろう、何か重要なことを見落としているような。
― 地球に戻る時にダンジョンの生き物は全て死んでしまう ―
オットシの言葉が蘇ってきた。
それはつまり翔琉の体内にいるリングも同じなのでは――?
「ちょっと待っ――」
翔琉が叫ぶのとオットシがマーカー石を叩きつけたのは同時だった。
「――った!」
叫び終わった時、翔琉は異港の入国ゲートに立っていた。
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