12.ダンジョン第3階層黒エリア

「…ここって…ひょっとして黒エリアなんじゃないの?」


 周囲を見渡しながらナナが心配そうな声をあげた。


「黒エリアって確かその階層で一番難易度の高いエリアのことだっけ?」


「それだけじゃないの」


 翔琉の言葉にナナはダンジョンの壁を調べながら呟いた。


「黒エリアはマップに未記載のところも多いの。黒エリアは他の白、赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の全てを合わせたよりも広いと言われているからまだまだ探索されてない場所がたくさんあるんだって」


 そう言うとナナは翔琉の方を振り向いた。


「どこにもジオタグがないでしょ。だからここは黒エリアの中の未踏地帯ってこと」


「でもオットシさんの地図はここから近いって…」


「それはオットシさんのプライベートマップだから。高価な素材がたくさん採れる場所とかをオープンソースのマップに公開しないで自分だけのマップに持っておくのは冒険者の間じゃ常識だしね」


「なるほど~そういう裏技もあるのか」


 翔琉は感心したように相づちを打った。


「裏技というか冒険者を生業にしてる人にとっては当然のことなんだけど…逆にそれを良しとしないでマップは常に一般に公開すべきだという主義の人もいるけどね。そういう冒険者はマッパーと呼ばれていて、ダンジョン内のジオタグはそういう人たちが付けて回ってるの」


「冒険者って色々いるんだな」


「まあね。あたしだって冒険者と言っても他の冒険者やダンジョン内の人たちを治してお金を稼ぐ治療士なわけだしね」


「それで思い出した!早くキュアリングハーブを取りに行かないと!」


 ナナの言葉に慌てたように翔琉は目の前の坂を下り始めた。


「ちょ、ちょっと待って!第3階層はここよりも遥かに強いモンスターが出るんだから気を付けないと…」


 ナナも慌てて翔琉を追う。


 しばらく坂道を下るとやがて平坦な道へと出た。


「ここから先が第3階層か…」


 翔琉はごくりと唾を飲み込んだ。


「気を付けてよ。あたしだって黒エリアに来るのは初めてなんだから」


 ナナの声にも緊張が含まれている。


「でもナナってレベル5治療士なんだろ?ってことは第5階層まで下りたことがあるんじゃ…?」


「それはそうだけど、黒エリアは他のエリアとはレベルが違うのよ。まだ見たことのない新種のモンスターだってうじゃうじゃいるという話だし」


 二人はそんなことを話しながら用心深くダンジョンの中を進んでいった。



「その角を曲がったところが目的地だ」


 しばらく歩いて二人はようやく目的地へと辿り着いた。




 少し開けた場所に少し青みががった不思議な草がうっそうと生えている。


「凄い…第3層にキュアリングハーブがこんなにあるなんて…」


 ナナが驚いて目を見張っている。


「そんなに珍しいのか?」


「キュアリングハーブって普通だったら第5層以下じゃないと生えてないの。あたしだって自生してるのを見るのはこれで二度目だよ。これだけあったら本当に100万以上になるかも」


 ナナが魅了されたようにフラフラと前に出た時、翔琉の脳裏に殺気が突き刺さった。


「危ない!」


 とっさにナナを抱きかかえて横っ飛びで飛び退る。


 その直後、ナナのいた場所がキュアリングハーブもろとも切り裂かれた。


「きゃあっ!」


 ナナの叫び声と共に二人はゴロゴロと地面を転がる。


「な…なんでこいつがこんな所に…」


 翔琉は信じられないというように言葉を漏らした。


 そこにいたのは…オットシを襲っていたギガントカマキリだったからだ。


「な…なんなの、こいつ…?」


 ナナが怯えたように目を見張った。


「ギガントカマキリ、オットシさんを襲った奴だ」


 翔琉はナイフと山刀を構えながらナナの前に立った。


「こいつが…」


 ナナが呟いた瞬間、ギガントカマキリが襲い掛かってきた。


 3メートルという体躯とは思えないほどの俊敏な動きだ。


「クッ!」


 翔琉はナナを突き飛ばしすとナイフと山刀をクロスさせてその鎌を受け止めた。


 しかしギガントカマキリの膂力にあっさりと弾き飛ばされて壁に叩きつけられた。


「ぐはっ!」


「レベル5治癒!対象はカケル!」


 目の前が真っ暗になったと思ったら急に体が楽になった。


 見上げるとナナの両手から光が零れ落ちている。


「助かったよ。ありがとう」


 翔琉が礼を言いながら上体を起こすとナナがその手を強く握ってきた。


「ねえ、いったん引き返そうよ。レベル10相手じゃ歯が立たないって!」


 ナナの表情はいつになく真剣だ。


「そうしたいのは山々なんだけど…」


 それでも翔琉は再びナイフを構えながら立ち上がった。


「あいつを倒さないことには帰れないみたいなんだ」


 吹き飛ばされたはずみでギガントカマキリが道に立ちふさがることになり、背後にキュアリングハーブ、前方にギガントカマキリという構図になっていた。


「そんな…」


 ナナの顔が絶望に染まる。



「来るぞ!」


 翔琉の言葉と同時にギガントカマキリが鎌を横なぎに払ってきた。


「ぐうっ!」


 何とか防ぐものの衝撃で山刀が真っ二つに折れる。


「クソッ!」


 ナイフを構えながら翔琉は距離を取りながら片膝をついた。


 とてもじゃないけど相手にならない。


 体格差で言えば熊を相手にしているようなものだ。


 どうする?どうすればこいつに勝てるんだ?


(あ~あ、見ちゃいられねえな)


 その時頭の中に再びリングの声が響いてきた。


(そんな奴ちゃちゃっと倒せねえのかよ)


(無茶言うんじゃねえ!こんな化け物どうやって倒せるんだよ!)


 翔琉は必死になってギガントカマキリの攻撃をかわしながら毒づいた!


 隙を見て切りかかるもナイフは分厚い甲殻に阻まれて刃すら立たない。


「クソ!こんなナイフでどう戦えっていうんだ!」


(スキルを使えばいいじゃん。なんで使わないんだ?)


(スキル?俺はなにかスキルを身につけているのか?)


(そりゃ999階層の俺様が憑依してるんだぜ?運び屋のスキルだったら何でもお手のものだっての。そうだな…それじゃあ感覚拡張なんてどうだ?)


 リングがそう言った途端、ナイフが翔琉の手から消えた。


 いや、消えたのではなくまるで手の一部になったように感じたが故に存在感がなくなったのだ。


(な、なんだ!これは?)


(それが感覚拡張だ。お前さんは運び屋なんだから自分の荷物は自分の身体と同じように扱えるってわけ)


 その途端目の前に鎌が降ってきた。


「うわああっ!!」


 思わず手をかざすとその鎌がナイフに触れ…まるでバターのように切り落とされた。


「んなっ?」


(ついでに言うと感覚拡張は付帯物を自分のレベルに引き上げる作用もあるんだ。だからそのナイフも今はレベル999の武器って訳だ)


「マジかよ…」


「ギシャアアアアアアアッ!!」


 鎌を切り落とされたギガントカマキリが鉄をこすり合わせるような叫び声と共に残りの鎌を振り上げた。


(クソッ!詳しい話は後で聞かせてもらうからな!)


 翔琉はナイフを構えてギガントカマキリに飛びかかっていった。

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