8.ダンジョン第2階層藍エリア

「カケル君?なんであなたがここに?ここは藍エリアであなたは青エリアに行ったんじゃないの?」


 ナナは突然の出会いに訳も分からず唖然としていた。


 青エリアと藍エリアは隣同士とはいえ今ナナがいる位置は青エリアとの隣接地帯から遠く離れている。


 辿り着くだけで1日がかりになるはずの距離だ。


「そんなことはいいから!この人を助けてください!」


 翔琉はそう言うとオットシを床に下ろした。


「その人はたしか君と一緒に…って凄い怪我じゃない!」


 オットシの様子を見てナナは驚いてしゃがみこんだ。


「モンスターに襲われたんです!お願いです、助けてください!」


「わかった!わかったから!ちょっと落ち着いて!」


 抱きつくように詰め寄る翔琉を無理やり引きはがしてナナはオットシの様子を確認した。


「酷い傷…こんなことができるモンスターがこの階層にいたなんて…」


 まるで信じられないというようにナナは顔をしかめた。


「第10階層のモンスターだと言ってました」


「10階層!?」


 翔琉の言葉にナナは驚いて聞き返した。


「うん、そんなことがあり得るんですか?」


「ない話じゃない。はぐれと言ってたまに別階層のモンスターが迷い込んでくることがあるから。でも10階層のモンスターが2階層まで来るなんて…」


 信じられないと言いながらナナはオットシのシャツを引き裂いて血をぬぐった。


 上半身を袈裟懸けに刺突痕がついていてそこから血が流れている。


「大丈夫なんですか?」


 翔琉が傷から顔を背けながら不安げに尋ねた。


「なんとかやれることはやってみる。それにしてもあたしのところに来るなんて運がいいよ」


 ナナはそう言いながらスマホを取り出すとオットシの耳元で叫んだ。


「あなた、意識はある?ダンジョン保険には入っている?」


「は…入ってる」


 苦しげな顔と共にオットシが呟き、震える手でスマホを取り出した。


「あたしは協会に登録している治療士。これからあなたを治療するけど保険を適用する?それとも自費で払う?」


「ちょ、そんなことしてる場合じゃ…」


 抗議の声をあげる翔琉をナナが手で制した。


「これはあたしにとってもこの人にとっても大事なことなの。ちょっと黙っていて」


 有無を言わさぬ口調でそう言うと再びオットシの方を向いた。


「ほ…保険で頼む」


 オットシが震える手でスマホを操作する。


「オーケー、保険の適用申請を確認した。じゃあ今から治療を開始するから」


 自分のスマホを確認したナナは満足そうに頷くとそのスマホを翔琉に投げてよこした。



「それで私たちを録画しておいて。カメラのマークを押したら録画開始するから。あとでレポートする時に動画があると手続きが早いの」


 翔琉がスマホで録画を開始するとナナはオットシの上に手をかざした。


「レベル五治癒開始。対象ユーザーはオットシ、ジョブはレベル八商人」


 声と共にナナの手が淡い光を放つ。


 光が水のように滴り落ち、オットシの傷へとふりかかるとその傷がゆっくりと塞がっていった。


 治療を開始してからわずか5分ほどでオットシの傷は完全に塞がった。


 オットシの顔に浮かぶ苦悶の表情もずいぶんと和らいでいる。


「す…凄い…」


「ひとまず応急処置だけどね」


 思わず感嘆の声をあげる翔琉に額の汗をぬぐいながらナナが振り向いた。


「ありがとうございます。本当に怪我が治るなんて…そういえばさっき教会って言ってたけど、ゲームに出てくるような僧侶なんですか?」


「違う違う」


 ナナが笑いながら手を振った。


「そっちの教会じゃなくて協会、あたしのジョブは治療士で異世界探索者安全維持協会という組織に登録してるの。あたしが治療するとダンジョン保険に入ってる人は保険で治療ができて私は治療費をもらえるって訳」


「なるほど」


「でもまだ完治はしてないんだ」


 ナナは険しそうな顔でオットシの方を見た。


「この傷が10階層、つまりレベル10のモンスターにやられたということはあたしのレベル5治癒では完全に治せない。レベル10のモンスターに付けられた傷はレベル10の治癒スキルじゃないと治せないの」


「そんな!」


「残念だけどそれがこのダンジョンの法則ルールなの。とりあえずもっと充分な治療のできるところまで移動しないと」


「あ、それならマーカー石で地上に戻るというのは?そこで病院に行けば…!」


「それは無理」


 しかしナナは首を横に振って否定した。


「冒険者になるとダンジョンでモンスターに受けた傷は人間の医療技術では治せない。これもダンジョンの法則ルールで、冒険者になることのリスクの一つでもあるの」


「そ、そんな…」


 翔琉は膝をついた。


 それじゃあこのままオットシさんの怪我は治らないのか…?


「ひとまず町に行かないと。こんなところで座り込んでいてもどうしようもないから」


「町?」


「あなた何も知らないのね。ひょっとして初心者?」


 ナナが呆れたように翔琉を見た。


「実は…ダンジョンに入ってまだ2日目なんです」


「嘘!?だってこの人はレベル8…?」


「オットシさんにはガイドをお願いしてたんです。まさかこんなことになるなんて…」


「待って、つまりあなたはまだ冒険者にもなってないってこと?なのになんでレベル8のオットシさんが怪我をしてあなたは無事なの?」


 驚いて目を丸くしていたナナだったが、やがて考えるのを諦めたように首を振った。


「とりあえずそれはいいか。このダンジョンには地上に出ずに中で暮らしている人たちがいるのよ。そういう人が集まっている場所が町と呼ばれているの。そこにいけば治せるかもしれない」


「本当ですか!」


「ここから一番近いのはアズライトタウンね。そこならレベル10の治療士がいたはず」

 ナナがスマホの地図を開きながらそう告げた。


「じゃあ早速行きましょう!」


 翔琉はオットシを担ぎ上げると歩きはじめた。


「ちょ、ちょっと、場所はわかってるの?ここは藍エリアなんだけど?」


「大丈夫!道順はわかってます!」


 翔琉はナナの返事を待たずに足を進めた。


 不思議なことに頭の中にはアズライトタウンまでの道がはっきりと浮かんでいる。


 何故そんなことができるのかはわからないが今はオットシをそこまで運ぶことが先決だ。


「ちょ、ちょっと待ってってば!私も行くから!」


 すたすた歩きだした翔琉をナナが慌てて追いかけていった。

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