吐露、そして決意

 俺が深呼吸している間、目の前のルウシアは固唾を飲んで俺の一挙手一投足を見守っており、彼女の後ろにいるレリフは俺の事を心配するような目で見ている。そして更に後ろには、先程まで治療を受けていた怪我人達が十数名おり、その半数が俺に視線を注いでいた。早まる鼓動をどうにか押さえつけ、俺は重い重い口を開いた。


「その様子だとレリフから聞いていると思うが、俺は自分にしか魔法が使えない。まずはこの事実を隠していたことについて謝る。済まなかった。俺がなんの役にも立たないプライドを守るために事実を隠し、結果として君に誤解を与えてしまった事を、許して欲しい」


 そう言い切り、許しを乞うために頭を下げる。だが、数秒たっても返事は返ってこない。やはりダメか――そう思った瞬間だった。

 しゃくりあげる声が聞こえてくる。何事かと下げていた頭を戻すと、ルウシアが大粒の涙を流して泣いていた。そして、彼女は途切れ途切れに語る。


「陛下……わたくしは、貴方様のご事情も知らず『この方なら出来るはず』と無茶なお願いをした挙句……出来ないと知れば『義務を果たさないなどどうかしている』と勝手に憤慨して……ああ……どうかわたくしに罰を……」


 彼女は語りながら徐々に落ち着いてきたが、その体には力が入っておらず、今にもくずおれれそうだった。その体を抱き留め、彼女が謝る必要はないことを今一度口に出す。


「それも俺が事実を語っていれば起きなかった誤解だ。だから、君が謝る必要はない。済まない。そんな思いをさせてしまって……」


 それを聞いた彼女は、涙に濡れた顔に笑顔を咲かせる。


「ありがとう……ございます」


 そう言う彼女が一人で立てるか確認した後、抱き留めていた手を離す。そして、俺はレリフに視線を向けてこれからの決意を語る。


「レリフ。ルウシアに事情を説明してくれてありがとう。おかげで決心がついた。俺はこれから先、『自分にしか魔法が使えない』事を隠さずに、出来ない事は出来ないと言って生きていく。だから、俺に出来ない事があったら、その力を貸して欲しい。この通りだ」


 再度頭を下げる。彼女は今まで俺に様々な物を与えてくれた。寝床に食料、知識に機会チャンス。今現在だって、過去に出来なかった『真実を隠さず話す』機会をこうして与えてくれている。俺は人から奪うだけではなく、彼女の様に、人に『与える』王、優しき魔王になりたい。今回の森人の都への訪問で、理想の自分になるには自尊心プライドが重荷になっている事がよく分かった。


 彼女の様になれるのであれば、役立たずの自尊心プライドなんざくれてやる。その決意を乗せたのが、先程の言葉だった。


「よく言ったの。それにしても、『力を貸せ』ではなく『貸して欲しい』か。お主は魔界の王で、魔族への命令権をも持っていると言うのに謙虚な奴じゃの。まぁ、今まで通りという事じゃろ?」


 からからと笑いながら、彼女は快諾してくれた。なんとも懐の広い前魔王だろうか。


 一通り彼女達に言っておきたい事を話し終えたことからくる安堵がそうさせたのか、俺の腹の音が響く。思い返せば、寝起きで大蜘蛛討伐に向かった為に朝食すら取っていなかった。そんな状態で飛び回っていれば腹の虫が騒ぎ立てるのも必然だった。その音を誤魔化す為に食事にしようと切り出した。


「俺から言いたいことは以上だ。長らく待たせて済まなかった。好きなだけ食べてくれ。足りなくなったらまた取りに行くからな」


 左手に持った袋代わりの漆黒のローブには怪我人達の為に持ってきたスコートの実が三十個ほど詰まっている。彼らに分け与えた後で残っていたらそれをいただくとしよう。


 俺に近づき、ローブを覗き込んだルウシアは、驚きの言葉を口にする。


「陛下?これほどあれば十分に足りるどころか十個ほど余ると思われます……にしても数分でここまで集めてくるとは流石としか言いようがありません」

「え?一人二つはいるかと思って採ってきたんだが、これ一つで足りるのか?」


 彼女とのやりとりを聞いたレリフがやれやれ、といった表情で語る。


「カテラ、お主はまず魔界の常識から学んだ方が良さそうじゃな。丁度いい、彼らと話でもしてくるかの?」


 彼女はそう言って十数人の森人エルフ達を見る。老若男女が入り混じる集団だったが、共通点が一つあった。全員の目に俺への好奇心が浮かんでいる。そこにはレリフから聞かされていた『魔王すら下に見る目』はどこにもない。彼らの輪に入ろうとお伺いを立てると、邪険に扱われるどころか歓迎された。


「あの化け物を退治してくれてありがとうございました!」

「レリフ様、ルウシア様も良かったらどうぞ」

「ねぇねぇ魔王様の魔力ってどれくらい?手繋いでもいい?」

「魔王様はどこの出身ですかな?良ければお話しを……」

「いやいやそれよりも魔王様の体質についての話をした方がいいんじゃないか?」


 あれよあれよと彼らの輪の一部に入れられ、質問するどころか質問攻めにされてしまい、目の前の赤い果実を食べる暇もない。そんな俺を見かねてか、レリフが助け船を出してくれた。


「スコートの実はな、一気に齧り付くのが一番美味いぞ」

「そうなのか?試しにやってみよう」

「お待ちください陛下!それは……」


 ルウシアの制止虚しく、俺は齧り付いた後だった。口の中に放り込まれた赤い果実は酸味の効いた甘さを広げ、酸味が苦手な俺は思わず涙目になってしまう。


「ふはははは!引っかかったのう!」

「レリフてめぇ……後で覚えてろよ」


 そんなやりとりを見て森人エルフ達は笑う。あたりを見渡せば凄惨な現場が広がるが、このあばら家の中には笑顔の花が確かに咲いていた。


 俺はこの甘酸っぱさを生涯忘れないだろう。自尊心かことの決別と、優しき魔王みらいへの決意の味を。



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