【勇者Side】魔法使いからの手紙

 私は、顔に度重なる殴打を受けて意識を無くした勇者を病院に預けて、ロズさんとエルトさんのお二人と共に宿屋へ向かっていました。初めて訪れる街だと言うことで、はぐれてしまわないようにまとまって行動する必要があったのですが、私達の間には沈黙が漂っています。理由はもちろんあの甲冑についてです。一戦一戦対策を立てて挑んだと言うのに未だに倒せないどころか、回数を重ねるごとに勝ち筋が見えなくなって来ています。唯一の希望であった勇者も、私の支援魔法が無い状態だと剣を交えることすら叶わないと先程の一戦で分かってしまいました。


 3度目となると、私も馴れてきてしまったのか、今回も勇者は死なないだろうという確信を持つことが出来ました。と言うのも、あの甲冑は勇者を傷つけはするものの、明確な殺意は無いことが数回の戦闘の中で分かって来たからです。勇者の動きを負傷させて止めたのなら、簡単にその命を奪えるのにそうはしなかった。しかも、全ての戦闘において勇者だけにしか危害を与えていないのです。何の目的で、勇者だけを狙っているのでしょうか。


 日が落ちてしまった空を見上げ、甲冑の正体とその目的を考えますが答えは出ません。少し前を歩いていたお二人が振り返り、足を止めた私に向けて声をかけてきます。


「先輩、どうかしましたか?」

「アリシア嬢、あの甲冑のことだろう?歩きながらでいいなら話を聞くぜ」

 お二人に駆け寄ってから先程まで考えていたことを伝えます。

「あの甲冑がどんな目的で私達、いえ、勇者のみを襲うのかが気になっていたのです」

「とりあえず宿屋に向かいながら話そう。往来で立ち止まってちゃ邪魔になるだろうしな」


 ロズさんはそう言って歩き出します。私たちもその後に続くと、エルトさんが口を開きます。


「私が思う不可解な点は、なぜ勇者を殺さないのかです。今までの戦闘では必ず勇者は動けなくなるほどの大怪我をし、殺そうと思えばいつでも殺せる状態でしたが、あの甲冑はそれをしませんでした。目的は勇者の排除ではなく、足止めでは無いでしょうか?なぜ足止めではないといけないのかは分かりませんが……」


 3人で頭を捻りますが一向に考えはまとまりません。そんなことをしているうちに宿屋が見えて来ました。木製のドアを開けると、来客を知らせるベルが優しく鳴ります。その音でこちらに気付いた宿屋の主人であろう女性に声をかけようとするも、先に声をかけられました。


「もしかして、勇者様御一行ですか?先程あるお方から手紙を渡して欲しいと頼まれていたのですが言っている事がいまいち要領を得ないもので……『ごく普通の魔法使い』からの手紙だと言えば分かると仰られていましたがご存知ですか?」

 そう言って、彼女は一枚の手紙をこちらへ差し出しました。差出人を見なくても、先程の言葉で誰からの手紙かは分かります。彼の足取りを追うために、彼女へ質問をぶつけます。


「すみません!その魔法使い、いつごろここに来ましたか⁉︎」

「え⁉︎ええと、10分ほど前です……手紙を預けたらすぐに出ていかれましたよ」

 急がないと。なりふり構っていられません。

「お二人とも!追いかけますよ!」

 そう言って出口に向かって駆け出します。

「お、おい!アリシア嬢!説明してくれ!」

「そうですよ!なんでそんなに慌ててるんですか⁉︎」

「説明は後です!とにかく急ぎますよ!」

 けたたましいベルの音色と共に、宿屋を後にします。


 宿屋からは伸びる道は二つ。先程私達が来た大通りへの道と、正反対に伸びる裏通り。彼がここに来ていたのであれば、どちらに向かうかは火を見るより明らかでした。宿屋に向かうまでにふと視界に入った張り紙は、彼が追われている事を意味しています。そんな状態で大通りに向かうほど、彼は愚かではありません。

 裏通りに向けて駆け出します。すぐに息が上がってしまいますが、彼が近くにいるのであれば足を止めている暇なんてありません。


 裏通りを進んでいくと、やがて一つの人影が見えてきました。こちらに背を向けていて顔を確認することはできません。その足元には転移魔法特有の陣が形成されています。あと数秒で彼はいなくなってしまうでしょう。言葉をかけるにしても良くて一言。言いたいことはいくつもあるけれど、本当に彼なのか確認するために言葉を投げかけます。

「カテラ……だよね……?」

 彼は何も答えませんでしたが、我慢するかのようにその拳を固く握っていました。返事がなくても、それだけで本当に彼なのだと確信を持てます。


 そして、白い閃光を残して彼は居なくなりました。



 言えなかったことは、あなたの前に立ってから伝えます。だから、待っていてください。何年かけてでも、必ず探し出してみせます。



 そう決意をして、手紙の中身を確認するために宿屋へと踵を返すのでした。


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