第179話~へ、変態っ!~

***



 俺が握っていたヘレスの手がピクリと動く。



「動いたっ」


『っ! へ、ヘレスっ!』



 アムラスの奴が必死に呼びかける。それからしばらくはシーンと静まり返っていたが、ゆっくり目を覚ましたヘレスの吐息が聞こえた。



『こ、こは……あれ、あたしは、確か……』



 ゆっくりと起き上がったヘレスが片手で頭を抑える。まるで二日酔いの時の一香さんのようだ。……それよりも、手を離すタイミングを見失ってしまった。


 こっそり離したらヘレスを不快にさせるかも。いやでも、勝手に掴んでいた方が不快にさせるからやっぱ離した方が良いか? う~ん……。


 俺がそうこう考えている間にヘレスは意識を徐々に回復させていく。自分でさきほどまでの過去を見た気持ちの整理が付けられるように、他の人も自分から声をかけるような真似はしない。



『──ってそう言えば白霊草モーリュはっ?』



 しっかりと意識を取り戻した様子でヘレスが最初に口にした言葉がそれだった。



『ってか何勝手に手を繋いでるのっ!? へ、変態っ!』



 次に俺が手を繋ぎっぱなしだったことに気づいて思い切り振り払われた。そこまで嫌がらなくても……いや、理不尽に殴られなかっただけまだマシか?



『ヘレス、モーリュはソラ達が持ってきてくれた。あとは帰ってララノアちゃんに煎じて飲ませるだけだぜ』


『そ、そう……? なら良かったわ。それよりも、あたしが最後、だったのね。迷惑かけてごめんなさい』



 アムラスが代わりに答えると、ヘレスはホッと一息ついた後に謝罪を言葉を述べてくる。



「そんな、ヘレスちゃんが謝ることじゃないですよ。悪夢から目覚めてくれてありがとうございますっ!」



 さきほどまで黙っていた琴香さんが急にヘレスに近づき、肩を抱いて慰めた。


 ヘレスは憧れの精霊様にそんなことを言われて感激していたが、俺は琴香さんがこっそり俺が握っていた方のヘレスの手をハンカチで拭いているのをしっかりと目撃している。



「ねぇ空。つまり……一件、落着?」


「そうなるね」



 いつの間にか俺の前からヒョコッと現れた氷花さんからの問いかけに肯定する。この中で氷花さんだけ言葉通じないもんな…………そう言えば、里に置いてきた他の7人って大丈夫かな?


 ……いや、だって誰も俺と琴香さんが両方行くの止めなかったし、誰も何も言ってこなかったし……きっと覚悟してたはずだよ、うん! 絶対にそうだよ!!! そうに違いないって!!!



「ヘレス、体調とか大丈夫? もう少し休んだ方が良い?」



 若干……いや結構心配になって早く帰ろうと思い、起きたばかりのヘレスに尋ねる。問題なさそうなら早く帰った方が良い気がする。



『そうね……。問題ないと思うわ。それより早くララノアに白霊草モーリュを使ってあげないと……!』


「了解。サリオンさんも問題ないですね?」


『うむ、無いぞ』



 ヘレス自身がララノアちゃんのために早く帰ることを望んだので、サリオンさんに確認を取ってから里に帰ることにした。



「ねぇ、空……」


「どしたの?」



 多少疾走しながら帰っている最中、氷花さんが話しかけてきた。



「悪夢で、見た内容……聞くのは、タブー……。ぁ、見たとは、限らないけど。えっと、ね……一香さんは、どうだった……? 最期に何か、あったり……とは」



 氷花さんが申し訳なさそうにしながら尋ねてくる。そう言えば氷花さんも弟子を名乗っていたが、彼女は一香さんとあまり交流が無かったのかもな。


 だからこうした沈黙を破ってまで、一香さんの最期を知りたがったと。俺の傷を抉るかもしれないから聞づらいのに、すげぇ度胸。



「大丈夫、問題ないよ。一香さんの最期は……俺が見た顔は笑顔だったよ? 多分、俺の事を心配はしてても後悔はしてないんじゃないかな?」


「そ、そう……なら、良かった……良かった、うん」



 俺の言葉を聞いて頬が緩んだ氷花さんを見て、俺も自然と頬が緩む。



『なぁソラ、そのイチカさんってのは誰なんだ?』


「っ!?」



 すると話を聞いていたアムラスが問いかけてくる。氷花さんはびっくりして後ずさってしまった。


 アムラスは予想以上に距離を取られたことにショックを受けていたが、氷花さんもちょっと距離を取るつもりが思った以上に取ってしまってこの後どうしよう? って考えてる顔をしてるな、ウケる。



「俺の師匠だった人」


『あ、やっぱソラにも師匠とかいたんだな。だってよヘレス』


『は、はぁ? あたしは別に、一切、全然、全くもって、これっぽっちも、気にしてなんかいないんだけど!?』



 アムラスが納得した様子でヘレスに話を振るが、当のヘレスは腕を組み、顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまった。ん、なになに? どゆこと?



『…………なるほど、そういうことじゃな!』


「……?」


「「『…………』」」



 サリオンさんが閃いたと言わんばかりの笑みを浮かべて納得していたが、俺は頭に? を浮かべるばかりだった。それを見た全員から白い目を向けられる。え? 何その視線にこの空気、俺なんかした?



「空君て本当にもう、なんというか……残念な頭をしてますね!」


「っ……!?」


『ちょ、ちょっと! 全員変な勘違いしてんじゃないわよ!!!』



 琴香さんが笑顔で毒を吐いてきたことに驚いていると、ヘレスがも〜! と言いながら声を荒らげる。そんな会話を繰り返して数時間後、俺たちはエルフの里に戻ってきた。



「さっ、早くララノアちゃんの元に──っ!?」



 すぐに白霊草モーリュをララノアちゃんに煎じて飲ませようと口を開いた直後、巨大な何かがとんでもない速度で迫ってくる。


 その巨体で普通では考えられない速さは、里に帰ってきていた俺の虚を完全に突いていた。故に、俺はその巨体が眼前に近づいてくるまで反応出来なかった。



「空……言葉、大切! 覚えた!」


「…………」


「言葉大切! 覚えた!」



 そして目の前で立ち止まり、虚ろな瞳でエルフの子供たちに腕やら足やらを絡まれた姿の巨体は……いや、最上のおっさんはそう呟いた。何があった、おっさぁぁぁんっ!?!?



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 新年明けましておめでとうございます! 今年最初の更新はヒロインの罵倒から始まりです。

 今年も『作者:どこにでもいる小市民』と『本作:9人の王』をどうぞよろしくお願い致します!

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