第159話~手紙~
一香さんの訃報の翌日、世間は荒れに荒れた。日本に5人しかないS級探索者の1人が、迷宮で命を落としたのだ。
探索者組合本部が今日、声明を国民に向けて発表した。僕はそれより先に知らされたが、改めてニュースを見て情報の補足や確認をする。
まず、当初国民には知らされていなかったが、日本にS級迷宮のゲートが発生していた。難易度はS級の中でも最低クラスだった事から、探索者組合本部と政府は秘密裏に攻略することにしたそうだ。
選ばれたのはS級探索者の4人に、A級の中でもトップクラスの探索者数人。秘密裏にしたのは国民に下手な不安を覚えさせて、世界経済へのダメージを減らすためだろう。
むしろ攻略すれば、一気に株価なども上昇するとの事だ。だが結果、一香さんは死亡した。今も探索者組合と政府はネットで叩かれている。
ちなみに4人だったのは探索者組合本部長のS級探索者が最初不参加だったからだ。この人がいれば、一香さんが死ぬことも確実に無かった事も、叩かれている要因の一つでもある。
確かに運営をしている本部長を含めた全員を迷宮攻略に投入するのはどうかと思う。何か起こるかもしれないし、国の方が無理やりにでも止めるはずだ。
そして近しい人にしか知らされていないが、一香さんはA級の1人を庇って死亡したそうだ。探索者組合と政府のA級投入という判断が、一香さんを死亡させた事が叩かれている要因の一つでもあるな。
白虎組合は解散した。元々一香さんが集めた人達で出来上がっていた組合だし。元白虎組合って事で、中小組合で高待遇でも受けているんだろうか?
葬式は知らされた次の日にすぐに終わらせた。家族葬って奴で、僕の他に白虎組合の人や、一瞬だけS級探索者の方たちも来た。
けど、そんな人たちの顔なんて覚えるどころか見ることすらしなかった。国民のスター、S級探索者なんて、どうでも良かった……。
そうそう、涙は流していない。約束したからな。……いや、違うな。多分、泣き疲れたんだろう。呆れたよ、大切な人が亡くなっても、僕は流す涙すら無かったんだなって……。
遺産分配はよく分からないが、探索者組合の人が雇った専門の弁護士にしてもらった。保険や財産などが、ほとんど僕のものになった。
一香さんの家族はいなかった。昔から絶縁状態で、戸籍とかも全て移した赤の他人らしい。一香さんと住んでいたマンションは引き払った。ここは思い出が多すぎる……。
家の所有権も僕に移ったけど、そこに住もうと思えないし、京都の適当に安いアパートを借りた。身元保証人については、僕の元に駆けつけた翔馬のツテでとうにかなったらしい。怖っ……。
とにかく、大量のお金が手元に残った。一香さんの命と引き換えに……。死にたいなぁ……僕には何も無い。でも出来ない……水葉がいるから。
お金は使わない。これは一香さんの物だ。……僕は僕の力だけで水葉を助ける……これ以上、惨めな思いはしたくない。
あれから何日が経っただろうか? 学校は翔馬と同じ所に通っているけど、登校してないな。……何もしてないな……。
一香さん……一香さん……なんで、いなくなっちゃったのさ……。帰ってくるって行ったのに、僕まだ、恩を返せてもいないよ。
これ、絶望……両親を失った時と同じ感覚だぁ……。ドス黒い塊が、胸の中に住み着いてるよ……。変な感覚、言葉にするのが難しいなぁ……。
あれ、僕って一香さんが死んでから何してたっけ? あはは、思い出せないやぁ……。何も……考えたくない。
ピンポーン!
「こちら、宅配便でーす」
「? ……ども」
ある日の晩、宅配便が届いた。ネットで注文した訳でもないから、何かしらのお届けものだろう。差出人は……。
「一香、さん……」
頭が理解するよりも先に手が動いた。袋ごと無理やり破き、中身を確認する。そこに入っていたのは木箱と一通の手紙だった。すぐに読み始める。
『空へ、お前がこれを読んでいる頃、私はこの世に居ないだろう』
「その通りだよ! ネタが本気になっちゃってるよ!? ゲホッゲホッ……」
声出したの、久しぶりだったからか? 喉が変な感じがする。水で喉を潤してから、改めて読み進めた。
『実はS級迷宮に潜る前に、遺書を書かされたんだ。これがそれな。探索者組合の本部長に届けるように伝えてある。でも渡すタイミングは遅くするようにしといたぞ。だってその方がありがたみがあるだろ?』
「そんなのないよ!?」
『──ってお前はツッコんでるはずだ。当たりだろ? とりあえず元気は出たか?』
「~っ! お見通し、かよ……」
『じゃあ本題行くぞ。……お前とのセッ○ス、あれ痛かった』
「それが本題!?」
『ってのは冗談だ。……私は不安だった。だからお前を求めた。本能って奴かな? 神社に行ったのも同じ理由だし、お前の家を片付けたのは、私が居なくても帰れる場所を作ってあげたかったから』
「いらないよ、そんなの……僕の帰る場所は一香さんのいる場所だけだ!」
『やべぇ、時間が無いから必要なことだけ急いで書くわ』
ここから字が汚くなった。本当に時間がなかったのだろう。一香さんの事だ。書く内容を悩んでギリギリまで時間を浪費したに違いない……。
『一緒に入ってる木箱、開けてみろ』
指示通りに開けると、そこに入っていたのは1本の短剣だった。人目見ただけで、高価な獲物だと理解出来る。美しい……。手入れの得意な一香さんでも、この短剣の美しさは引き出せないと思わせられる……。
『16歳の誕生日おめでとう、空……。今年は手紙と短剣、2つもプレゼントに選んでやったぞ』
……あぁ、そっか。今日は、僕の誕生日だったな。その文字を目で捉えた瞬間、手紙が僕の涙で濡れた。
……いや、よく見ると手紙の所々にシワシワの部分がある。これって……一香さんも泣いたって事……?
『その短剣に見合う男になれ。魔力を使わない中で1番高かった奴だから大切に使えよ。そう、女性の体を労わるようにな!』
「……うん、ゔん……。でも、痛かったの根に持ってるんだね。初めてだったから仕方がないじゃん……」
『本当はさ……強くなったお前が私の贈った短剣を片手に、後ろで私がお前を《強化》して、一緒に迷宮に潜るのが夢だったんだ。残念ながらこれを見てるってことは無理だったけどな……はは、なぁ空、生まれ変わりってあるのかな? ……もしあるとしたら、今度こそはお前の力になりたいよ、私は……。おっと、そろそろ時間だ。……空、私を愛してくれてありがと。私は忘れられたくないからちゃんと覚えておけよ。……大好きだぞ……』
「くっ、う、ぁ……あぁぁ……」
『追伸──ちなみに私は処女だったから、これって3つ目のプレゼントにならないかな?』
「な、ならねぇよぉ……僕だって、初めてだったんだから、お互い様じゃないかぁ……あぁぁぁ、うあぁあぁああぁぁぁっ!!!」
枯れたと思っていた涙が、自然と溢れ出た。……違うな、枯れたわけじゃ無かった。ただ、我慢してただけだったんだ。
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