第152話~空の進む道~

「はぁ…………僕、間違ってたのかな? いやいや、さすがに間違っては……う~ん」



 ソファーで寝転がり一香さんとの会話を思い出していた僕は、そんなことを呟き唸っていた。あ、シャワーは白虎組合で浴びたから問題ないぞ!


 ……一香さんには本当に感謝してる。でも施しを受けてばかりじゃダメだと思った。だから自分に出来る程度で恩返しを考えたんだけど……。


 一香さんへの恩返しが、僕の自立を妨げる行為ってのは不味いよな? だってその喜びは、一香さんが自らを犠牲にする事で得られるんだから。


 でも、僕は一香さんに生涯を掛けても返せるかどうかの恩を貰ってる。だから車内での最後の命令にも、僕は言い返せなかった。



「な~もうくそ、とりま家事でもするか」



 この解消することの難しいモヤモヤ感を少しでも紛らわすため、僕は掃除を済ませて夜ご飯を作っていた。



「ただいま~~!」



 数時間後、一香さんが陽気なテンションで帰宅した。



「おぉ! すっげー家綺麗になってんじゃねぇか! いい匂いもするし最高だな!」



 そんな声が響き渡る。一香さん、もしかして今日の出来事全然気にしてないのか? だとしたら安堵した気持ちとショックが2:8の割合なんだが。



「一香さん、おかえりなさい」


「ただいまー!」


「うっ、一香さん、お酒飲んだんですね?」



 普段よりもハイテンションな姿、赤い顔、お酒の臭いですぐに分かった。それと同時に、僕との会話を引きずっていることも理解している。


 一香さんはたまにお酒に逃げるからな。一時的にでも、嫌な事や苦しみを忘れられるんだろう。つまり、僕との会話もそこレベルだったってことだ。



「一香さん、今日の会話ですがすみませ──」



 一香さんを改めて見て思った。命の恩人の一香さんを悲しませる訳にはいけない、と。彼女を頼ることで一香さんの負担は増えるし、僕自身もダメになるだろう。


 だが、それが一香さん自身の願いなら甘んじて受け入れるべきだったのだ。そう考え直し、僕はすぐに謝罪をしようと口を開いたが、それを他ならぬ一香さん自身に遮られた。



「ふぁほ、ひぃひぃふぁふぁん(あの、一香さん)?」



 僕はそうされたことに混乱して名前を呼んだ。すると先程までの、言っちゃ悪いが能天気そうな表情は無くなり、いつぶりかの真剣な表情へと変わっていた。それと同時に口元の手が離れる。



「あの……?」


「…………ごめん」



 一香さんは俯きながら小さく呟いた。え? ……なんで、そんないきなり? 僕は何故謝罪をされたのか理解できなかった。



「空、謝らないでくれ……悪いのは、私なんだ」


「一香さん? いや、悪いのは恩人に対して楯突いた僕の方であって──」


「空の人生だ! 恩人だとか関係ない! 私が口出しできる問題じゃなかった!」



 ……やめてくださいよ、そんなの。僕は僕が悪かったと認識を改めたのに、今更そんなこと言われても……。



「私は……空には私が居なきゃいけないと思ってた。それは当然の責任であって、そうしたいと私も思っていたから……空も同じなんだと思ってた」



 うん、知ってる。一香さんが僕をとても気にかけてくれることを……ちょっとガサツで、不器用で……でも、優しくて……。


 だから一香さんが僕と一緒に居たいと言うなら、僕はそれを受け入れる心の準備がちょうど出来たというのに。


 普通に考えて、負担を被る一香さんが良いと言っているんだから、それに甘えれば良かっただけなんだ。そうすれば僕も強くなれて、水葉の治療法が見つかった時にもお金も貯まっているだろうから助けやすかったはずだ。


 でも、自分でも生きていける力を、家族を自ら守れる力をつけようと、一香さんからの誘いを蹴った。恩人に対して、僕は自分のために……。


 でも、それは間違いだと思い直し、一香さんが正しいと思った矢先になんで……なんで?



「なんで、そんなこと言うんですか?」


「悠斗に言われた……お前は過保護すぎるって。空の成長の妨げになってるって。親の代わりになるなら甘やかすのは良い。でも、厳しく育てる事も必要だ……って。だから……ごめんな」


「あ、謝らないでください!」



 やめてくれ、親になるって決めたなら謝らないでくれ……母さんを思い出してしまうから……。



「いいや、悪い事をしたら謝る。当然のことだ」


「悪くありません!」


「空……私はもう、お前を縛ったりはしない。お前の好きな道を選んでくれ。私にはそれぐらいしか言えないから……」


「話を聞いて…………っ!」


「っ!?」



 僕は埒が明かないと判断し、パチンと大きな音が鳴る程度に手のひらを叩いた。ビクッと一香さんの体が震える。



「ちゃんと話し合いましょう、一香さん……お互いの意見を擦り合わせるためにも」



 その後、僕が作った夕飯を食べさせる事で張り詰めたような空気を一旦リセット……までは行かなかったが、緩めることには成功する。



「私はな……空の親代わりになりたかった」



 食事を終えた一香さんが、ポツポツと話し始めた。親の代わりに……さっきも聞いたセリフを繰り返して、そこまで参ってるのか……。



「でも無理だった……所詮、モンスターと戦うことでしかお前を養えない、社会経験も子育てもした事の無い、おままごとがお似合いな21歳の女さ……。今日だって間違えた。お前を幸せにしてやりたかった。それなのに、なんでこうなっちまったのかな……?」



 惨めだな……と、最後に小さく一香さんが呟いた。僕はその言葉で、少し頭に血が登り始める。



「なんでこうなっちまったのかな……だって? そんなの僕にだって分かりませんよ!」


「そ、空?」



 一香さんの独り言のような質問に、僕は大きな声で言い返す。一香さんは僕の反応を驚き、パチパチと瞬きを繰り返す。



「僕は一香さんにこれ以上迷惑をかけたくなかったから探索者組合に入るつもりだったんです。それだけなのに、一香さんは何度も何度も白虎組合に入れって、そんなコネ入社みたいなのは嫌だから入らないってずっと誤魔化してたのに、ずっと諦めずに言ってきて……しつこいんですよ! 子供ですか!?」


「え? え!?」



 一香さんは僕をギョッとした目で見てくる。なんだよ文句あんのかよ! 構わず続ける。



「いいえ子供ですね! 料理はできない。家事も全然。口も悪い。勝手にベッドに潜り込んでくる。僕をお人形のように着替えさせてからかう。etc……ほら、例を上げればキリがないです! それなのに、なんで僕がここにいるか分かります?」



 急に自分の悪口を言われ、一香さんは口を開き唖然としていた。続ける。



「……まず、僕を助けてくれました。居候もさせてもらってます。忙しいのに訓練も付けてくれます。他にも色々僕のことを気遣ったり……まぁ、色々空回りしたりもしますが……つまりですね、僕はとっても幸せなんですよ!」


「しあ、わせ……?」



 一香さんは、僕の言葉を繰り返し自分で呟く。僕の言葉が理解出来なかったからだろうか? まぁ、良い。続ける。



「えぇ、じゃなきゃ僕は一香さんからお金を大量に貰って資金を集めて、魔力を増幅させる素材を買わせてから、マスコミにS級探索者が実はショタコンだった!? みたいな記事を売って慰謝料をたんまり奪って逃げてますよ」


「ぇ…………!?」



 一香さんが今まで見た中で一番大きく口を開き絶句する。顎外れないよな?



「そもそも間違えたからなんだって言うんです? 人間なんだから間違えることだってありますし、こんな喧嘩、実の親子や兄妹だって普通にしますよ?」



 いやまぁ、僕はあんまり喧嘩した記憶は無いけど、普通の家庭はするよな? だから間違ってはいない。



「ともかく、です! 一香さんは僕をずっとそばに置きたいようですけど、それはさすがに無理なので諦めてください! でも別に、もし会える時間が減ったからって、居なくなったりしません。だから僕達の関係は一生変わらないですよ!」


「一生……?」


「一生です! 僕達はもう、家族なんですから! 共に生き、苦楽を共にし、助け合う……いえ、僕の方が助けられっぱなしですがそれは置いておきますが」


「……はは、ははははっ」


「何笑ってるんです? まぁ良いです。一香さん、僕達は家族です。その上で改めて聞きます。僕は、僕の選んだ道を進んでいいですか?」



 一香さんは親代わりになろうだとか、何を的はずれな事を思っていたんだろうか? 僕達はとっくの前に、家族だった。


 幸せにしたかったとか、何を的はずれな事を思っていたのだろうか? 僕はもうとっくの前から幸せだった。


 一香さんは親の代わりに愛情を与えようとして、僕を引き留めようとした。そばに置こうとした。


 でも、僕の思い……そんなものは十分すぎるほどに貰ったと……僕はもう、あなたに守ってもらってばかりの何も出来なかったあの頃の僕とは違うと……そう、はっきりと伝えた。


 一香さん、あなたは今の僕をどう思っているんですか? その答えを、聞かせてください……。



「……んなの、当たり前だ。空は自分の道を進め! 大空を自由に羽ばたいて、何者にでもなっちまえ!」



 一香さんが先程の半笑いとは比べ物にならないほどの笑顔を浮かべ、僕の無限大な未来の後押しをしてくれた。



「……はい! 僕は探索者組合に所属します!」



 こうして僕は探索者組合に所属することを決めた。



「にしても家族か……おらっ!」


「ちょ、一香さ──!?」



 さっきまでの空気など嘘のように明るくなった一香さんが、急に僕に抱きついてきた。しかも僕の頭をボールのように抱え込み、自身の胸へと引き寄せる感じに。


 いつもの訓練でも見てきた硬い腕には似合わない、柔らかい物が顔に押し当てられる。その突然の抱擁に僕は当然狼狽えた。



「なぁに照れてんだ? 家族なんだろ?」



 ニヤリと笑う一香さんの顔が視界に入る。その際に少しだけ拘束を緩められたことで息が出来るようにもなる。窒息することかと思った……。



「家族だからって恥ずかしいものは恥ずかしいですよ! べ、別に問題はありませんが……」


「問題ある方が問題だっつうの!」



 多分顔が紅くなっている僕に対してそう断言する一香さん。その抱擁の温もりを僕は改めて感じとる。そして……。



「一香さん」


「なんだ?」


「お酒臭い……」



 事実を指摘すると一香さんからの抱擁が首絞めへと変化した。



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今回はいつもの倍ぐらいの量ですが、これを途中で切るのはさすがにダメだと思ったのでちょっと長くなりました。

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