第142話~遺恨を遺して、新天地へ~

 その後、僕と江部一香さんはすぐに病院を後にする準備を整え始める。水葉を連れて帰ることも考えたが、さすがにお世話も出来ないし、多分それは過保護すぎるよな?


 父さん母さん、それとも離れないように一日中、腕をロープで結ぶぐらいの方が……ダメだ俺、頭がおかしくなってる!?



「そういやお前、お世話になった人らに挨拶は済ませねぇで良いのか?」



 江部一香さんがそう尋ねてくる。お世話になった人ら……お医者さんと、回復系探索者の男性か? 別れを告げるなら翔馬もだな。あいつ、江部一香さんと僕がこんな変な契約したと知ったら驚くぞ~。



「そうですね。行ってきます!」



 僕は江部一香さんに告げてその場を離れる。すぐに翔馬は見つかる。



「翔馬」


「ん? あぁ、空か……。なんか、元気そうだな?」



 翔馬とは昨日、トイレに行った際にばったりと出会った時に一言二言会話した程度だけどな。


 僕の事を元気呼ばわりする翔馬は、なんだが元気が無いように見えた。僕の方も空元気と言った方が良いけどね。



「まぁ、ぼちぼち。それよりも、僕は知り合いのツテが出来たんだ。その人に水葉と共に着いていくつもり」


「はぁ? 一体誰だよ? 空は僕の親友だから、父親に頼んでみようと思ってたけど……」


「江部一香さん」


「……なんだって?」


「江部一香さん」


「……(パチパチ)」



 翔馬は僕の回答がありえないと思ったのか、何回も瞬きをして驚きを表現してくる。いや、事実なんだよ。何回も説明してやっと、翔馬は落ち着きを取り戻してくれた。



「はぁ……空は僕に遺された唯一の親友だと思ってたけど…… S級探索者なら安心安全だな。……でも、無理したりするなよ? きつい時には相談にも乗る。……穂乃果も、きっとそれを望んでるから」


「おう。あと、穂乃果って誰だ?」


「…………はぁ?」



 翔馬が最後に呟いた女子の名前に聞き覚えがなく、僕が尋ねると目の色と、声のトーンが変わった。僕は知っている。これはガチでキレた時のトーンだ。なんでだ?



「っ!?」


「空、冗談でも言って良いことと悪いことがあるぞ?」



 頭の中で誰か知っている人物か? と思い探してみるも該当はしなかった。すると、翔馬が襟を掴んで、怒った顔でそう言ってきた。訳が分からなかった……。



「冗談じゃねえよ。誰なんだ、その穂乃果って人は?」


「嘘つけ! 穂乃果だよっ、小鳥遊穂乃果! 小学校からずっと一緒に遊んだりした女の子だよ!」



 翔馬にすごい剣幕でそう言われても、僕は全く覚えがなかった。翔馬は僕の表情を見てその考えを察したのだろう。信じられない、と言いたげな顔をした。



「そんな……! これじゃあ、穂乃果が可哀想すぎるよ……! 君の事が好きだった、本当に大好きだった女の子だよっ? 覚えて、ないの……?」



 翔馬に力説されるが、先程と同じく覚えていない。分からない……その言葉を告げると、翔馬は頭を抱えてうずくまった。



「……ご、めん」



 僕は逃げるように、小さく一言だけ断ってその場を後にした。……なんなんだよ、知らない人の名前なんて分かんねぇよ!


 ……なんで、あんなに言われなきゃいけないんだよ。……なんで、知らない名前なのに、こんなに胸が苦しいんだよ……っ!?



「……ん? どうした?」



 江部一香さんの元に戻ると、僕の顔色を見て違和感を覚えたのか問いかけてくる。



「いえ……なんでも無いです」


「はっ、言いたくねぇならまぁ良いや。挨拶も済ませたならさっさと行くぞ」



 江部一香さんが車の助手席をポンポンと叩いて勧めてきた。若干遠慮しながら乗り込み、シートベルトを閉める。



「よろしくお願いします、江部一香さん」



 出発する際に一言告げる。



「はっ、これからは何回も乗ることになるんだ。あんま緊張すんな。だが、その礼儀の良さは父親譲りだな」


「父さんと母さんのお陰ですよ」


「はっ、どんだけ言われても私みたいな口調の奴もいるんだ。謙遜することはねぇぜ? 所で……本当に良いのか?」


「えぇ、今は……まだ」


「そうか……」



 今の会話は、本当に今から住む場所を移すが、自分の荷物を取りに自宅に帰らなくても良いのか? という問いかけだ。


 僕は帰ることを拒否した。あそこには……今の僕が行ったら泣いてしまう。良い思い出が、多すぎて……だから……。



「でも、いつかは戻ります。鍵はありますし……」


「はっ、お前がそう思ってるなら別に構いはしねぇよ」


「家といえば、僕が住む場所はどこなんです?」



 自宅は無し、江部一香さん名義で賃貸とかでも出来るのかな? 法律とか全くもって分からないので謎だ……。



「ん? 言ってなかったか? お前は私の家で一緒に住むんだぞ?」


「は?」


「これからよろしくな」


「ま、待ってください」


「そうそう、これからは江部一香さん、なんて堅苦しい呼び方はやめてくれ。私は空と呼ぶから、空も一香とでも呼ぶように。命令な」


「だから話を……あ、はい……では一香さんと」


「んじゃ決定! さぁ行くぜ! 空!」


「ぜんそくぜんしーん」



 幸先から変な肩透かしを食らった、僕の無機質な掛け声が車の中に響いた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



次回から3日に1度更新に戻ります。隔日更新に慣れた読者さんからの悲鳴や落胆の声が聞こえますね~(聞こえてくれ)。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る